第十話7
高崎市役所21階に真っ赤な夕陽の光が射し込む。
俺たちを取り囲む数人の怪しい男たち。黒いスーツの上に白いトレンチコートを羽織り、頭には白いハット。これでもかってぐらい怪しさを醸し出している。
間違いない、リディアを狙っている連中だ。
「なぁおっさんたち、俺たちに何か用か?真夏にそんな厚着で、見ているだけで汗がかきそうなんだけど」
「お取り込み中すまないね。そこにいるリディアくんに用があるんだ。部外者は席を外してもらえないかな?」
日陰になって顔がはっきりと見えないが何となくわかる。何も知らないだろう俺たちをあざ笑っていることを。
「悪いな、見ての通り俺たちデートの真っ最中なんだ。邪魔しないでくれないか?」
「ほう、君たちは恋人同士ということか。リディアくん、これは一体どういうことだい?他の惑星の住人と接触は禁止していると教えたはずだが?」
「そ、それは……」
リディアがたじろぐ。きっと彼女には本物のミカドの監視員が来たと思っているのだろう。
「ルールを破ったとすればこれはタルーヴァとしても問題だ。悪いがリディアくん、君はここで強制送還しなければならない。我々と一緒に来てもらうよ?」
男は淡々と言いながら俺たちに詰め寄る。
「おいおい待てよ。期限は今日の夜中12時だろ?たった数時間ぐらい待ってくれないのかよ」
俺はリディアの前に立ち彼らを制止する。
「ほう、期限の時間まで把握しているのか。では我々が行おうとしていることも理解しているということだね?」
彼らはニヤリと笑みを浮かべながら俺を見つめる。間違いなくこの地球を侵略する話だ。
「どうやら君は色々知りすぎたようだ。悪いがここで消えてもらうとしよう」
「っ!?」
リーダーと思しき男が左手を挙げると他の男たちがカチャッと一斉に拳銃のようなものを俺に向けた。
「ミコトさん……!?」
「……行くぞリディア、絶対離れんなよ」
俺はすぐさまリディアの手を掴み、壁に向かって走り出す。その先には火災報知器があり、ボタンを強く押した。
ジリリリリリ……!!
けたたましくフロアに鳴り響く火災報知器のベル。これで少しは彼らも動揺するはずだ。
「な、何だこの音はっ!?」
案の定何が起こったのか認識できず慌てふためいている。その隙に俺たちは階段のところへと走っていった。エレベーターを待っていたらすぐに追いつかれてしまう可能性があるからだ。
だが、階段の入り口に入ろうとした時、シュンっと一つの光線が俺の顔スレスレに掠めていった。
「っ!?」
振り向くとリーダーが拳銃を構え俺たちに近づいてくる。ちっ、コイツだけは騙せなかったか。
「小賢しいマネを。もう逃がしませんよ?」
「……リディア、ここは俺が何とかする。先に行け」
「ミコトさん!?」
「いいから。狙いは間違いなくお前だ。アイツらは俺たちのこの夏休みのレポートを横取りしようしている。アイツらはミカドの監査員なんかじゃない」
「どうして、ミコトさんがそんなこと……?」
「説明してる時間はない。いいから早く安全なところに」
「何をコソコソ話してるんですか。無駄な抵抗はよしなさ……」
パリイイイィン!
その時突然、リーダーの背後でフロアの窓ガラスが勢いよく割れ、男たちが吹っ飛ばされた。
「今度は何だ!?」
リーダーが振り向くと爆発でも起きたかのように煙が立ちこめ、床に目をやると仲間が倒れているのが微かに見えた。そして煙の中から誰かが立っているのが確認できた。
「他人のデートの邪魔をするなんて感心しないな。部外者は退散してくれないか?」
カツッカツッとヒールの音を立てて現れたのは大人モードのマリアだった。
「何で、お前が……」
「坊やたちをずっと見守ってあげてたのさ。ちゃんとお姫様をエスコートできてるかなぁって。なぁ、リ・ディ・ア・ちゃ・ん?」
と、俺の陰にいるリディアに向けてニヤリと笑った。リディアはその答えに顔を伏せた。
リディアは、彼女の存在を知っていたのか。
「き、貴様が何故ここに……!?」
白いコートのリーダーが突然現れたマリアに狼狽する。
「何故って?アタシがいたいからいるの。それ以上理由いるかい?」
「フッ、フフフ……まあいいでしょう。ここで貴様を討てばわたしも昇進は確実だ。大人しく死んでもらいますよ!!」
男はさっきまでの冷静さを欠き、狂うように拳銃を乱射する。マリアも左へ右へと駆け光線を避けていく。
「どうしましたぁ!?不死身と言われたアズールのマリアも手が出せませんかぁ!?」
すごい、まるで機関銃のように光線が発射されているのにマリアは華麗に避けていく。俺がもしあのまま無鉄砲に男に突進していったら今頃蜂の巣じゃ済まなかっただろう……。
「悪いが……」
「っ!?ぶふぉあっ!!」
マリアは天井スレスレの高さまで飛び上がり、そのまま男の顔面を蹴り飛ばす。男はまるでボールのように弾んでいき壁へ叩きつけられた。
「マジかよ……」
あまりにも一瞬の出来事に、俺たちは何が起こったか認識出来ずにいた。
「ふぅ、舐められたもんだな。お前みたいなザコ、何万と倒してんだよ?」
力は圧倒的だった。まるで赤子の手を捻るような余裕の表情だった。
「た、助けてくれてありがとう。お前がいなかったら俺たちはもう……」
「これでわかっただろ?お前がタルーヴァに行っても死ぬだけだって」
「……っ!」
何だと!?と声を荒げたかった。だが今突きつけられた現実に為すすべがなかった。
「ああそうだ。確かに何の力もない俺じゃただの邪魔者だ。それでも、それでも俺はリディアと一緒に行きたい!一緒に行って俺たちの記憶を証明してやりたいんだ!」
それでも、ここで俺が食い下がったらどちらにしろリディアには辛い未来が突きつけられる。虚勢かもしれないけれどここで俺が折れるわけにはいかないんだ。
「……フフ、怖くなって逃げてくれれば良かったけど、どうやら一筋縄ではいかないみたいだね。なあお姫様、アンタはどうなんだい?このわからず屋の坊やと一緒に行きたいかい?」
不意に問いかけられたリディアは困惑したように息を飲む。
「わたしも……、本当はミコトさんと一緒にタルーヴァに行きたい。一緒にこの課題を達成したい。でもそうしたらわたしたち、きっと殺されてしまう」
「リディア、お前……!?」
「隠しててごめんなさい。本当はあの時、全部聞いてたんです。でもそれが怖くなってずっと知らないフリをし続けてた。ミコトさんを不安にさせたくなかったから……」
タルーヴァによって自分が殺される事実、そんな事実を知りながら彼女はあんなに気丈に振る舞ってたなんて、俺は一体何をやっていたんだろう。
「アタシは初めから気づいていたけどね。珍しく面白そうなことしてるから放っておいたのさ。それで、これからどういう選択肢を選ぶんだい?」
これからの選択肢、俺と一緒に乗り込むか、マリアに拉致されるのか、そしてこのまま一人でタルーヴァに行くのか……。
「あの……その答え、ミコトさんと二人っきりで決めていいですか?時間もまだ残ってますし」
「構わないさ、二人でじっくり決めるといい。コイツ等みたいに恋人の邪魔するほどアタシだってそこまで落ちぶれちゃいないよ」
「あはは、ありがとうございます」
「ここはアタシが処理する。お前たちはデートの続きでもしてな」
「ありがとう、この恩は必ずっ!」
「ああ、いいから行き……ゴフッ!?」
俺たちが部屋を後にしようとしたその時、マリアは突然口から血を吐き膝から崩れ落ちた。
「マリア……?」




