第十話1
8月31日。
その日、俺は結局一睡も寝ることができなかった。リディアと過ごす日々も今日が最終日、どこで何をしようかデートプランを考える傍ら、どうやってリディアを救えるかあらゆることを模索していたのである。
こんなの、夏休みの宿題より難題すぎる……。
時計は午前5時、カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んでいる。カーテンをさっと開けると少しオレンジがかった太陽が照らしてくる。
「今日で夏休みが……」
さてどこへ行くべきか。県内はあらかた遊んできたし、夏休みっぽいイベントも大体は体験してみたし、あとやることは……ん?
ふと庭に目をやると、竹ぼうきを持って掃除をしているシスカの姿が見えた。それはまるで昔ちょこっと読んだことのあるマンガに出てくるアパートの大家さんみたいな、ご近所の名物お姉さんみたいだった。いつもメイド服だからもう定着してるみたいだけど……。
「あら、今日は随分早起きですね」
「まあな、いつもこんな早く掃除してるのか?」
「いつもではないですけど、お世話になってる身としてこれぐらいはしておかないと。でもそれも今日で終わりですね」
と、シスカは少し寂しそうにこの家を見つめている。
「不思議なものですね。あなたたちを征服するつもりで来たのに何度も何度もあなたたちに助けられ、仕舞いにはスギに恋をしてしまいました」
「初めの頃は「あなたたちは奴隷です」とか言ってたもんな。やけにツンツンした態度で」
「あの時は!?……まあそれもいい思い出です」
「それで、アイツとはどれぐらい進展したんだ。スギのやつ、シスカちゃんガード堅いって嘆いてたぞ?」
この夏休み、スギは何度もシスカとデートしていたらしいがどうしても「好き」までで止まっていて中々その先に発展していないらしい。いつも落ち着いた素振りを見せているスギだが俺と電話で話すときかなり落ち込んでいた。
「フフ、どうでしょうね。本当は想像以上に進展してるかもしれませんよ?」
と、シスカは悪戯な笑みを浮かべる。
「まあそういうことにしておくよ。それよりも……」
「お嬢様の課題についてですね」
俺は静かに「ああ」と答える。当然彼女も何も考えていないわけではなく、色々と打開策を考えているらしい。
「わたしもお嬢様の側に付いて何か不穏な動きがあればすぐに庇うつもりです。ただ向こうがわたしを引き離してしまえば打つ手はありません。そもそもお嬢様のメイドになってからもわたしを怪しむ者もいましたし、最悪隔離する可能性も……」
確かに突然現れた人間に信用しろと言われても何の説得力もない。まして同行してる人間など側にいたら改竄なんて余計難しくなってしまう。
「ミコト様は本当にタルーヴァに行こうとしているのですか?」
「当たり前だろ?ここまで聞いてアイツのことほっとけるわけないじゃないか。俺は意地でもアイツと一緒にタルーヴァに行ってやる!」
「うまくいけばいいのですが……」
と、シスカは心配そうになりながら俺を見つめる。
「そんな心配すんなって、俺だって無鉄砲で戦おうなんて思ってないよ。いざとなったらリディアを連れて逃げ込んで、う~ん、とりあえず世界の果てまで……いや、俺の財力がすぐ底を突いちまうし……」
う~ん、と悩む俺を見てシスカはついプフッと笑い出した。
「まったくどうしようもないですね!その時はわたしも手伝います。この星の言葉でえっと『死なば諸共』です!」
「いや死んじゃダメだろ」
そう二人して笑っていると突然玄関のドアがバンと開いた。
「リ、リディア……?」
玄関の前で仁王立ちしているリディアは「むふ~ん!」と何か自信満々な顔で俺を見るやタッタッタと駆け出し、俺の眼前に立つ。
「ミコトさん!わたしといちゃいちゃらぶらぶデートしましょう!」
と、彼女が俺に差し出したのは一冊の小さな本だった。
「は……はぁ?」
俺たちはぽか~んと立ち尽くした。リディアの口からめちゃくちゃダサい死語が出てきたのである。
「だぁかぁらぁ~~!いちゃいちゃらぶらぶ……」
「あ~~わかったからわかったから!頼むからそのダサいフレーズやめてくれ」
「あの、お嬢様?具体的には何を?」
と、シスカが問いかけると、リディアは持っているその小さな本をペラペラとめくりだし、あるページを見せつけた。よくよく見るとその本は以前由衣が地球の暮らしの勉強のためにとリディアに貸した少女マンガで、そのページにはヒロインと彼氏が街でショッピングを楽しんでいる絵が描かれていた。
「つまり、街でショッピングしたりおいしい食べ物食べたり思わぬハプニングに見舞われるんです!」
…………いやハプニングあっちゃダメだろっ!?
そんなしょうもないツッコミが口に出せないほどまだ思考回路が整っていなかった。要点をまとめよう、要するに……。
「あ、デートか」
「だからさっきからそう言ってます!!」
「そんな怒るなって。いいんじゃないか?最終日なんだしリディアの行きたいとこ連れてってやるよ。どこ行きたい?東京とか横浜とか、あっ思い切って海外に飛んでみるのも!」
「実はもう行きたい場所は決めてるんです。その時までのお楽しみにですっ!」
と、ニヒヒと笑い場所を明かしてくれなかった。どこだろう、リディアが決めている場所って……。
「さっ!もう今日しかありませんよ!早速行きましょう!!」
リディアは早く遠足に行きたい子供のようにすぐに踵を返し俺を連れ出そうとした。
「待て待て待て!まだ顔も洗ってない!?それに、こんな早く行ったって店どこも空いてないぞ!?」
「そ、それもそうですね。じゃあ朝ご飯食べてからにしましょうか」
そうして、場所も全く聞かされないまま最終日は二人っきりでデートすることに決まった。
午前九時、高崎駅改札前。まだ夏休みだけあってちらほらとこれから遊びに行く学生がちらほらと目に付く。ここは前から待ち合わせの定番スポットで電車が到着すると皆キョロキョロと人を探している。
「う~ん、遅いなぁミコトさん。何してるんでしょう。わたしリディア、どこにでもいる普通の高校生。でも誰にも言えない秘密があるの。実はわたし、惑星タルーヴァから来た宇宙人だったのです!それを知っているのは幼なじみのミコトさんだけ。今日はその幼なじみのミコトさんとデートなの。でもまだ駅に来ていないみたい……。う~ん、ミコトさんいつ来るんだろう?」
「り……リ~~ディア!」
「きゃっ!?突然わたしの視界を誰かが覆い被した!?」
「だ、誰~~!?」
「ふふ~ん、誰でしょう」
「あっ!その声はミコトさんだ~~!」
「だいせいか~~い!お待たせ、リディア」
「もう!遅れるならちゃんと言ってよね!」
「わ~るいわるい!ちょっと驚かせようと思ってさ。きょ、今日もかわいいよリディア」
「そうしてミコトさんは後ろからぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。ミコトさん、だ~いすきです!!」
「……あの、もういいか?リディア」
「あとこの3ページのとこまでです」
大体気づいた人もいるだろう。俺とリディアはそこそこ人通りの激しい高崎駅の改札前でリディアのセルフナレーション込みの少女マンガの再現をしていたのである。本来なら夢のようなシチュエーションが出来て嬉しいはずなんだが、いざこの場でやれってなるととんでもなく恥ずかしい。
何故俺たちがこんなことをしているかと言うと、リディアは「地球的なデートをしたい」と注文してきたのである。
「じゃあカットで」
「え~~~~!?ここからか面白いシーンなのに~~!?」
「いやムリだって!こんなベッタベタなカップルのやりとり数世代前の話だからな!?」
「そうなんですか?てっきりこれが地球のスタンダードかと」
ああ、リディアにとって俺たち高校生はこんな風に学生生活送ってると認識してたのか……。てかどんだけベタベタな話書いてんだこの少女マンガは。
「とにかく、普段通りやってればそれなりに地球人の学生ライフできるんだから、台本とかそういうのなし!」
「わかりましたぁ……。でも、ミコトさんのセリフも中々良かったですよ?今日もかわいいよリディアって」
「あ~~もうやめろ~~~!?」




