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侵略者の夏やすみ  作者: 碓氷烏
第九話
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第九話7

 ショッピングモールを出るともう夕陽が浅間山に沈もうとしていた。少し離れたバス停まで歩いていると、目の前に朱里が立っていた。

「朱里……」

「由衣センパイ、お疲れさまです」

 朱里はわたしに深々と頭を下げた。わたしはすぐに塗れた頬をハンカチで拭き、無理矢理表情を笑顔に切り替えた。

「ごめんね、せっかくの休日なのにこんなこと頼んで。昨日の今日で大変だったでしょ?」

「いえ、センパイのためならわたし何でもするので!」

「ありがと、お陰で今日は助かったわ」

 そう、今日のデートの取り付けはわたしが朱里に頼んで仕込ませたものだった。わたしも気が焦ってたのかな、あの日あんなこと知らされて正直冷静なんてできなかった。だからミコトの気持ちを知りたくてこんなデートの計画を立てたのだ。それに昨日の今日でアイツに「デートしよ」って直接言ったら変に警戒されそうだし、そもそもわたしもそんな勇気はなかった。

「あの、進藤センパイは……」

「フられちゃった。もう完膚なきまでにやられちゃった。あはは……」

「やっぱり、リディアっていう娘のことが?」

「ん、まあそうね……」

「実は、たまたまその娘にバッタリ会ってなりゆきで一緒にセンパイたちを尾行してたんです」

「えっ?」

 そういえば今日おじさんと買い物に行くって言ってたけどここだったんだ……。

「ごめんなさい!ホントはセンパイたちから離れようと思ってたんですが……」

「いいよそれぐらい。ねえ、リディアちゃんと一緒にいてどうだった?」

「えっと……なんていうか、不思議な女の子でした。目の前でセンパイたちがデートしてるのに嫉妬どころか感心していたし、由衣センパイのことも気にかけてましたし……」

「あはは、リディアちゃんらしいな。あの娘は優しいんだけど優しすぎてこっちが心配になっちゃうんだよね」

 ホント、心配になっちゃうぐらい……。

「でもいいの。リディアちゃんとはちゃんと勝負しようって決めてたから悔いはないわ!」

「由衣センパイ……」

「ということで、わたしの恋はこれでおしまい!今日はホントにありがとね、こっからは一人で帰るから」

 そしてわたしは踵を返し、一人バス停へと向かおうとした。けれどすぐに朱里のところに戻り、彼女の小さな胸元にぎゅっとしがみついた。

「センパイ……!?」

「ごめん朱里、ちょっとだけあなたの胸貸して」

 彼女は最初少し動揺したけれどわたしの震える手ですぐに把握し、優しく頭を撫でてくれた。

「無理しなくていいんですよ。そんなセンパイも含めてわたしは好きなんですから」

「ぇぐっ……うわーーーーーーーーーん!!」

 まるでダムが決壊したかのようにわたしは泣き崩れた。何とか家まで我慢しようと思っていたけど、ダメだった。こんな姿、誰にも見られたくなかったのに。

「…………」

 彼女はそれ以上何も言わず抱擁してくれた。ただひたすらにわたしの泣き声を聞いてくれた。彼女の小さな体躯が優しく受け止めてくれるようにとても温かかった。

 わたしだって、わたしだって小さい頃から頑張ったのに!料理も家事も一通り覚えてミコトのお嫁さんになるって決めてたのに!アイツと一生いたいって決めてたのに!あんなかわいいヒロイン出てきたらわたしなんて敵うわけないじゃない!ただの凡人のわたしが、宇宙人相手に敵うわけないじゃない!?

 わたしがずっと堪えていた気持ちが涙となって流れていく。このまま流れて忘れてしまえればいいのに、そう願いながら。


「あ、ミコトさ~ん!おかえりなさ~い!」

 俺は一人家に帰るとリディアが外で庭の水やりをしていた。ここ最近彼女は植物にも興味を持っているらしく、夕方になると家にいるときは決まって水やりをしてくれている。

「ああ、ただいま。今日も水やりしてたのか」

「はい、今日もとても暑かったですからね。お花さんたちにいっぱいお水をあげないと」

「その気持ちはわかるがやりすぎたら逆に枯れるぞ?」

「えっ!?そうなんですか!!さっきひたひたにお水あげちゃいました!?」

「やっぱりか……。まあ何事も適度な量がいいんだよ」

 実際俺も小学生の時、夏休みのアサガオ観察日記で毎日植木鉢にいっぱい水を与えすぎて腐らせたことがあった。

「そうなんですね、あとで昨日書いたレポート修正しとかないと……」

 俺は彼女のレポートという言葉にぴくりと反応してしまう。

 リディアが惑星に帰ったらそのレポートはいずれ……。

「そういえばリディア、今日は親父と買い物行ってたみたいだったけど何か欲しいものでもあったのか?」

「あ、いえ。今日はおじさまと同行してもっと皆さんの日常の様子を観察しようと思ったんです。以前から思っていたんですがこの星の人たちは自分で考えて自分で選んでるじゃないですか。それがとてもすごいなって思ったんです」

「タルーヴァは違うのか?」

「わたしたちの星は自動的に選ばれたものを支給されるのがほとんどですね。だから初めてこの星に来たときは何度も驚かされていたんです」

 そんな意味で驚いていたなんて知らなかった。全てが未知の領域だからずっとそれで驚いていたのかと思っていたから。

「やっぱすげえなリディアの星は。この地球の倍進んでるんだもん」

「そんなことないですよ。この星だって独自の文化もありますし、なにより色んな個性の人たちに出会えてもう毎日が楽しいですもの!もちろん、ミコトさんに出会えたことが一番嬉しかったです!」

 リディアは俺に屈託のない笑顔を見せながらそう言ってくれた。

「でも、この星とももうすぐお別れなんですよね……。できることならずっとミコトさんたちと一緒にいたかったな」

 と、珍しく寂しそうな顔を見せる。

「な、なあ。何とかしてずっとこの地球にいられるようにできないのか?そしたら何も気にせず俺たち……」

「そんなの無理ですよ。期限が来れば自動的に転送装置でタルーヴァに送られちゃいますもん」

 彼女は無理して笑顔を作ろうとするもやはり寂しさは拭いきれないでいた。

 俺が間違えて転送装置を作動させてしまった時は偶然誤作動を起こして難を逃れたけど、次はそうもいかないのはわかっている。

 いや待てよ、俺も一緒にあの光に巻き込まれればタルーヴァに行くチャンスはあるんじゃないか?

「じゃあ俺がタルーヴァに行けば……」

「あはは、そんなのできませんって。行ったところで怖~い人たちに捕まっちゃいますよ?」

 と、どこで覚えたのかお化けのように手の指を下にして「うらめしや~」的なポーズを見せた。

「で、でも俺は!?」

「ミコトさん、最終日わたしとデートしましょ」

「…………えっ?」

「デート!考えてみればちゃんと二人っきりで一日いたことってないですよね?だから最後の日はわたしと二人でデートしましょ?」

 言われてみればいつもアイツらとつるんで色んなとこ回っていたから気づかなかった。リディアが好きだと言いながら一回もデートしてないなんてとんだ笑い話だ。

「あ、ああっ!行こう!リディアがもうお腹いっぱいって言うぐらいいっぱい楽しんでやろう!!」

「はいっ!お願いします!!」

 そうだ、最後の最後まで俺が楽しまなくちゃリディアを楽しませられない。まだ方法は見つからないけど何とかしてお前を救い出してやる!8月31日、23時59分59秒ギリギリになっても!

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