第九話6
「わたしが選んで難だけど、やっぱりここのパスタは量がハンパないわね……」
二人のテーブルに置かれた山盛りの二つのパスタ。俺は慣れていたから気づかなかったけどどうやら群馬のパスタは他県より量が多いらしい。元々少食だった由衣にとってちょっとこの量はやはり堪えるみたいだ。
「俺は慣れてるけど確かにガッツリだよな。ほら、俺が半分食べてやるから貸しな」
と、俺は取り皿に由衣の分の半分を盛った。
「ありがと。久々に来たからここの普通の量が多いのすっかり忘れてたわ」
「そっか。まあ俺も久々に外で食べに行ってるから少し驚いてるよ」
「まあこのわたしがわざわざ作りに行ったりしてるからね。それにミコトも大分食事作るのうまくなったでしょ?」
「おかげさまで。由衣から色々教えてもらってホント助かったよ。ありがとな」
「お、幼馴染みなんだから当然よ!たまには早く起きてわたしにも朝食振る舞いなさいねっ!」
「わかったよ、少しは早起きする努力するって」
なんてたわいもない話を弾ませながら久々に由衣と二人っきりのランチを楽しんだ。そういえば、こうして二人でランチするなんて何年ぶりだろう。これまでは大体スギと三人で遊んでたし、この夏休みに入ってからはリディアもシスカも加わってより一層にぎやかになっていた。ずっとこのままでいられたらって思うぐらい毎日が充実していた。
こんな日々がずっと続けばいいのにって。
「ねえミコト。ミ~コ~ト!」
「えっなに?」
俺はついぼおっと考え込んでいて由衣の呼びかけに気づかなかった。
「何食事中にぼお~っとしてるのよ。外に何かあった?」
「あ、いや。何となくこのままこんな日が続けばいいなって思っただけ」
「何よそれ。それじゃ今の状態が壊れるみたいじゃない。……んまあ、リディアちゃんたちはそろそろタルーヴァに帰っちゃうけど」
そう言って由衣も少し影を落とす。恋のライバルとはいえやはり大事な友達が帰ってしまうのは由衣も辛いのだろう。
「ねえ、アンタはリディアちゃんのことどう思ってるの?」
「急になんだよ」
「この際だからはっきりしてもらおうって。あの娘とわたし、付き合うとしたらどっちを選ぶの?」
由衣の真剣な眼差しに言葉が詰まる。俺はコトっとフォークを置き、躊躇いを捨てて口を開いた。
「由衣、その前に聞いてほしいことがある」
「何よ改まって。まさかここでエンゲージリング登場?」
「茶化すなよ。真面目な話だ」
そして俺は思い切ってこの前の軽井沢でのマリアとの一件を打ち明けた。このまま何もせずにいたらリディアは幹部の手によって抹殺されること。その前にアズールが彼女を誘拐し計画を阻止しようとしていること。そして俺はリディアとともにタルーヴァに乗り込みその両方を阻止しようとしていること。
「…………」
沈黙は数十秒続いた。無理もない、この事実は誰が聞いても狼狽えるぐらい想像を遙かに越えた展開なのだから。
そして、その沈黙を打ち破ったのは由衣がフォークを置いたコトンという音だった。
「知ってた」
「…………えっ?」
今、何て言った?
「その話、全部知ってた。あの、フリードさん?って人に全部聞いたの」
その瞬間、俺の脳内であらゆることが駆け巡った。そうかつまり、クソ!あのキザ野郎!!
狼狽えたのは俺の方だった。これじゃさっきまで神妙に話してたのがバカみたいじゃないか!?
「ウソだろ……。じゃああの時」
「うん、でもあの時はホントにビックリしたよ。乙女の部屋に突然知らない男が入ってくるんだもん。でもあの人がちゃんと色んなこと話してくれたわ。ただ、少しの間だからってわたしの膝に這い蹲って懇願されたときはちょっと引いたけど……」
アイツ、あんなイケメンでそんなことやってたのか……。
「別に騙すつもりはなかったの。ただわたしも心の整理がつかなかっただけ……。アンタだっていきなりあの人からあんなこと言われて動揺したでしょ?」
そう言われて言おうとした言葉を飲み込んだ。そんな大事な話を伝えられて由衣も動揺しないわけがない。
「それで、本当に行く気なの?」
「ああ、俺がタルーヴァに行ってリディアを救う。俺が何とかしないとアイツの夢が……」
「どれだけ心配かけるのよっ!!」
突然由衣がテーブルをドンッと叩き、辺りが静まりかえった。
「ゆ、由衣……?」
「アンタ、わたしが今までどれだけ心配したかわかってるの!?あの白い機械に追っかけられた時もそう!マリアと戦った時もそう!スライムみたいな奴に襲われた時もそう!アンタが死んだら、わたしどうしていいかわからないの!それくらい心配してるの気づきなさいよっ!!」
俺は何も言えなかった。当たり前だ、ずっとそばにいた友達が突然帰る可能性のない場所に行ってしまったら悲しむに決まってる。俺はマリアに言われたあの時からずっと周りが見えなくなっていた。それしかないと思っていたから……。
「ごめん……」
「わたしだけじゃない。アンタが死んだら、悲しむ人がたくさんいることぐらい理解しなさい!それにタルーヴァに行ったところで帰れる保証なんて一ミリもないでしょ!?」
そうだ、俺がタルーヴァから生きて帰れる保証なんて全然ない。そして俺が死んだら親父も、スギも、学校の仲間も、そして由衣も、みんな悲しむに決まっている。そんな当たり前のことを、俺は少年マンガの主人公のように気持ちが舞い上がって忘れてしまっていた。
「ああ、確かにその通りだ。俺が死んだら悲しむ人がたくさんいる。けれど、俺はアイツを護るって決めたんだ。アイツのいない未来を生きるぐらいなら僅かな可能性に俺は賭けてやる!」
それが悲しい結果に終わろうとも……。
「ねえ、ミコトはわたしとリディアちゃんどっちを選ぶの?」
「えっ……」
「答えてっ!」
由衣の語気につい気圧されてしまう。だがここで答えをあやふやにしてはいけない、そう思い俺は意を決した。
「俺は……、俺はリディアのことが好きだ。今の俺にはアイツのことしか考えられない」
由衣がリディアと出会う以前から俺のことを好きだったのは知っていた。それでも答えを出さなかったのはこの関係が壊れるのではと恐れていたからだ。
でも、このままじゃいけないってわかっていた。
「はぁ~~。やっぱりアンタはそう言うと思った」
「えっ……?」
「試してたのよ。アンタがどれぐらい本気なのかなって。でもここまでリディアちゃんへの気持ちを言われたらもう太刀打ちできないわ。やっぱりアンタ、リディアちゃんのこと大好きなんだ」
「それは、その……」
「行ってきなさい、そしてミコトの思いをあの娘にちゃんと伝えてくるのよ」
由衣は笑顔でそう答えた。堪えきれない感情を精一杯抑えて作ったその笑顔で。
「ありがと。リディアを救って絶対戻ってくるから」
「帰ったらちゃんとレポートしなさいよ?どんな感じで気持ちを伝えたかとかさ」
「……ああ、ああ!約束する!」
「じゃあわたしそろそろ行くね。今日はありがと。久々のアンタとのデート、楽しかったわ!」
と、イスから立ち上がるとこちらを見ないままその場から立ち去ろうとした。
「なあ由衣!」
「ねえ、わたしの夢教えてあげよっか」
俺の呼び止めに立ち止まると、由衣は俺にそう問いかけた。
でもどうして、このタイミングで……。
「わたしね、アンタのお嫁さんになるのが夢だったの」
「っ!?」
「今日は楽しかったわ、じゃあねっ!!」
そして由衣はその場から抜け出すようにお店を後にし、俺は身動きもせず呆然と立ち尽くした。
「…………由衣」
ずっと俺を気遣ってくれたのに、ずっと俺を心配してくれたのに、俺はそれを無碍にしてしまった。
でもどうすれば正しかった?あのまま由衣を選べば良かったのか。リディアのことは忘れて、この街で普通の高校生としていつも通りの生活を送るべきだったのか?
そんなの、もうできないんだよ……。
俺はもう、リディアのいない未来なんて耐えられない。リディアのことしかもう考えられなくなっちまったんだよ。
「ごめん、由衣……」
そして、こんな俺を好きになってくれて、ありがとう。




