第九話2
「あ~あ、あとちょっとで優勝できたんだけどなぁ」
大会が終わり俺たち三人は夕焼けに照らされながらゆっくりと帰っていた。由衣は決勝まで残ったものの、あと一歩及ばず3位という結果に終わった。
「いや、部員じゃないのに県で3位取れるのは十分すごいだろ……」
「そうですよ!由衣さんの走り、すごい輝いてて格好良かったです!」
リディアは今まで見たことのない由衣の颯爽とした走りに感動し、こうしてずっと由衣を褒めていた。
「うう~~ありがとうリディアちゃ~~ん!!やっぱりわたし陸上部戻ろっかなぁ」
「そういえば、どうして由衣さんはこんなに速いのにそのリクジョウブっていうクラブに入らないんですか?」
「あっリディアちゃんそれ聞いちゃう聞いちゃう?実はそれにはと~~~ってもふか~~~い理由があってね。それはわたしが中学最後の大会の時、目の前に巨大なUFOが降りてきてね」
「えっ!?わたし以外にも宇宙人が来てたんですか!?」
「あの時はビックリしたわ。いきなりわたしをUFOの中に連れ込んで是非とも君の走りを我々の星で活かさないかって……ちょっとミコト聞いてる?」
「えっ、何が?」
突然話を振られ俺はついきょとんとした顔をしてしまった。正直何を話していたのか全く耳に入っていなかった。
「やっぱり聞いてなかった。わたしの完璧なホラ話してたのに何も反応しないんだもん!」
「ふぇっ!?さっきのあれ全部ウソだったんですか!?」
何を吹き込まれたかわからないがどうやらリディアはあっさりと由衣のホラに騙されてたらしい。
「でも珍しいですね、ミコトさんがぼぉっとしてるなんて。何かありました?」
「あ、いや別に何でも……」
「ミコト、隠してることあったら全部言いなさい?」
由衣がギロッとした眼孔で睨みつける。俺は心折れて朱里に言われたことを告げた。
「はぁ……まったくあの子は。アンタ前にも言ったわよね?わたしはやりたいことがあるから陸上部入らないってこと。アンタん家の手伝いが負担になってるなんて一ミリも思っていないんだから!」
「それぐらいわかってるよ。ただアイツに言われてつい気圧されただけだよ」
と言いつつもやはり甘えっぱなしなところが後ろめたい。俺ももう少しきちっとしないとなって思っていたりする。
「そういえばその、由衣さんのやりたいことってなんですか?」
それは今まで俺にも教えてくれなかった。ずっとその話を振ると適当にはぐらかされてきたからだ。
「えっ?ああ、それはちょっと言えないかなぁ……」
「え~~!?教えてくださいよ由衣さ~~ん!」
と、リディアは甘えている子犬のように由衣に飛びつきうるうるした目で見つめてる。
「あ~~~この目に弱いの~……。でもわたしは屈しないわ~」
と言いながら由衣は携帯を取り出しパシャシャシャシャシャシャと連写で彼女の顔を撮影していた。
「この写真、5千円からいけるわね……」
「おいやめろ変態」
と、俺は彼女の頭に軽くチョップを入れた。
「そういえば8月ももう下旬ねぇ……」
「なんだよ、話逸らす気か?」
「ぅ……バレた。でも実際そうじゃない。いつもあれだけぐだぐだと過ごしてた夏休みが気が付けばもうこんなに過ぎてたのよ。それだけ今まで以上に楽しかったって証拠でしょ」
一部つらい記憶もあるけどな……。
「もうすぐ夏も終わりか……」
「そうでした、もうすぐ課題の期限が来るんですよね……。皆さんとの楽しかった日々がもうすぐ終わっちゃうんですよね」
そうだ、あまり考えたくなかったがもうすぐこんな日々も終わりを迎える。この夏休みが終わればリディアはタルーヴァに帰り、そして殺される……。
「…………」
「なぁんて、元々決まってたことですからしょうがないですよね。本来はこの星の調査だけでしたから、こんなステキな皆さんに出会えるなんて思ってもみませんでした。だから、最後の日まで楽しまなくちゃですねっ!」
と、リディアは変わらずポジティブな笑顔を見せてくれる。少し無理に出してる感じはあるけど。
「そうっ!8月31日まで心行くまで遊ぶわよ!少しでもいいレポートにしなくちゃね!」
「ああ……、ああ!そうだなっ!最後まで楽しまなくちゃな!じゃあ明日は!」
「あ、明日はお父様と買い物のお手伝いがあるので」
「あ、そう……」
その日の夜、溜まってしまっていた宿題を片づけているとスギからメールが届いた。またシスカのことか?と思って開くと全然違う内容だった。
『明日ヒマ?ショッピングモールで秋もの買いに行かないかい?』
そういえばリディアと初めて会ったあの日、本当はスギと服探す約束してたんだっけ。あの時は暑い中何で草むしりなんか、とイライラしていたがそれがなかったらリディアたちに会うことはなかったんだろうな。
なんてことを考えながら携帯に『いいぜ。ちょうど明日ヒマだったし』と返信する。するといつもより数倍早く『OK!じゃあ10時に入り口の時計広場のところで!』と絵文字のにっこりマーク入りのメッセージが送られてきた。
「早っ……」
それはアイツがシスカの予定を聞いてくる時よりも早かった。何でこんなにガッツいてんだ……。
まあ明日はこれと言って予定もないし、リディアたちは親父の買い物に付き合うみたいだから丁度いいだろう。買いそびれたあのブランド、まだあるかなぁ……。
なんてのうのうとそのショッピングモールに着くと、
「あれ、お前も買い物か?」
待ち合わせの時計広場に由衣が一人で待っていた。
「そういうアンタも今日買い物だったの?」
「ああ、スギと服探しに……ん?」
すると俺の携帯にメールが届き、開いてみるとスギから、
『ゴメンみこっちゃん!急用ができて今日行けなくなった!!』
と土下座絵文字を入れた文が送られてきた。
「はあっ!?何だよそれっ!!」
「どうしたのミコト、……ってわたしも電話だ。もしもし、えっ!?来れない!?もうわたし待ち合わせ場所着いちゃったわよ!?……わかったわ、お大事にね」
と、由衣は溜め息混じりに電話を切った。
「はぁ~~……」
「もしかして、お前もドタキャンされた?」
「お前もって、ミコトも?」
俺たちは事情を理解するとお互いに深~~い溜め息を漏らした。由衣もこのショッピングモールで買い物をする予定だったらしく、誘ったのは昨日会った朱里からだった。だが突然夏風邪引いちゃったと連絡が入り今に至るという。
「こんなことってある?」
「何か作為的なものを感じるけど……、どうする?」
「う~~ん、かと言ってこのまま帰るのももったいないし、せっかくだからわたしたちで楽しんじゃおっか。アンタ今日ヒマでしょ?」
「まあここに来てる時点でそうだな。俺たちで楽しむか、ほら」
と、俺は由衣にそっと手を差し伸ばす。
「えっ?」
「ほら、人多いからはぐれちまうだろ?」
「……ありがと」
由衣は少しもじもじしながらそっと俺の手を握った。その時感じた彼女の小さく震える感覚にハッとした。
ヤ、ヤベェ……、無意識で言っちゃったけどこれ、完全なデートじゃん!?
俺たちは赤くなる顔とじわりと滴る汗を必死に隠そうとしながら、少しぎこちなくお店を回っていった。




