第七話6
「ちょっとシスカちゃ~ん、少しぐらいリアクションしてよ~……」
俺とシスカは次の刺客、スギの仕掛けた吊された火の玉を表情一つ変えず見つめ、細剣であっさりと吊してる糸を断ち切った。
「ここにいらしたんですね。ちょっと邪魔だったので退かしてしまいました」
普通なら女性が悲鳴上げる定番のおどろおどろしい火の玉を邪魔って……。
「すまないスギ、さっきコイツの飛ばしてた監視カメラで全部見てた」
「それ、肝試しで一番やっちゃいけないやつじゃん……」
俺の傍らには監視カメラのもう一人の被害者である由衣が涙目になりながら歩いていた。
「ねえ、そもそもシスカちゃんに怖いものなんてないんだからやる意味なかったんじゃない……?」
「そんなことありません。さっきの変な顔のお面怖かったですよ。きゃー」
人生でこれほどまでやる気のない悲鳴は初めて聞いた……。
これじゃなんだか夜道をただ友達と歩いているだけみたいになっちゃったな。まあ先行したリディアたちはある意味楽しんだみたいだけど……。
「それで、ゴールはこの先ですか?」
「ああ、この竹藪抜けたところにお堂があるから多分そこで座って待ってると思うよ」
と、シスカはもう一度ホログラムを立ち上げ、リディアの様子を眺めていた。
「おや、どなたかと一緒みたいですね?」
「えっ、こんな時間に誰かいるの?」
と、俺もホログラムを覗いてみる。犬の散歩でもこんな時間にしてる人なんていないはずなのに……。
「この人、どこかで見たことあるような……」
隣で怪訝そうな眺めているシスカをよそに、俺はその人物を見た瞬間目を見開いた。
「嘘、だろ……?」
「ミコト様?」
いや、そんなはずはない!けどあの容姿は紛れもなく……。
「くっ!?」
夢であってほしい……。俺は真相を確かめるべく三人よりも先にリディアたちのいるお堂へ駆け出した。
「ミコト!?」
「どうしたのでしょうか、あんなに急いで……」
シスカがその人物をクローズアップすると、何故か画像がブレる。調子が悪いのだろうか?だがその人物が一瞬こちらを見た途端、ホログラムは一気に乱れだしてフッと消えた。
「これは……、お嬢様!?」
身体中に電流のように走る危機感、シスカは翼を広げ主の元へと飛翔した。
「えっ!ちょっと、どうしたのシスカちゃーん!?」
「どういうことだよ、これ……」
目の前にいたのは紛れもなく俺の母さんだった。羽を使って飛翔したのだろう、先に到着したシスカは母さんに細剣を突きつけ、睨みつける。
「あら、探したわよミコト。今までどこ行ってたの?」
と、シスカのことなど気にならず俺の方に振り返り優しく微笑む。亡くなる前と変わらない、そしてキャンプの時に見た夢と同じ格好の母親の姿がそこにはあった。
「やはりこの方は……」
「ずっと前に死んだ俺の母親だ……」
認めたくはなかった。だが容姿、仕草、そして声、全て俺の中に残る母さんの記憶そのものだった。
「この子たちはミコトの友達?随分物騒ね。お母さんビックリしちゃった」
紛れもないその姿を受け入れるしかなく、俺は言葉も出せず見つめていた。
「どうして死んだはずのお母様がここに……」
「お嬢様、こやつはミコト様のお母様ではありません。こやつは……」
「あなたたち邪魔ね、ちょっと黙ってくれる?」
「っ!?」
目を疑った。母さんは突然全身が黒くなり、ぐちゃぐちゃっと水っぽい音をしながら人間の形から円柱形の塊へと変化し、まるでRPGゲームに出てきそうな3メートルぐらいの巨大なワームに変形した。
「きゃあああああああああああ!?」
突然の未知の生命体への変形に舞姫ちゃんが悲鳴を上げる。
「これって、まさか……」
リディアは怯える舞姫ちゃんをぎゅっと抱きしめ、目の前の存在に驚愕する。
「それがあなたの本性ですか。噂には聞いていましたが本当に醜いですね……」
「マズ、オマエ、タベル……」
と、巨大なワームは大きな口を開けて彼女らを呑み込もうと突進した。
「シスカっ!?」
「何故お母様の形をしていたのか知りませんが……」
ザンッ!
シスカは迫り来る黒いワームを横一文字に一閃した。
「誰であろうと容赦しません」
ワームの体は二つに切り裂かれ、そのまま彼女の目の前でドシンと大きな音を立て倒れ込んだ。
「……終わったんですか?」
「わかりません、これで終わってくれればいいのですが……」
「シスカ、これって一体……」
俺はこの状況を理解できず、母さんだったものの亡骸を見てやっと口を開けた。
「…………」
シスカは俺の問いに俯き、答えを躊躇っていた。これの正体が何なのか、何故母さんの姿をしていたのか、母さんに関係しているのか……。
「答えろっ!!」
「これは……」
その時、死んだはずの黒い塊の一部が触手のように伸び、シスカの足首に巻き付いた。
「しまっ!?」
触手は軽々とシスカを持ち上げ、上空へ一気に放り投げる。そして切り裂かれた体はあっという間に修復され、巨大なワームは大きな口を開け彼女を捕食しようとしていた。
「シスカっ!?」
俺は咄嗟にヤツの方へと走り出す。ダメだ、間に合わない!?
その時、俺の真横をロープのようなものが高速で伸びていき、ワームに巻き付くと絞殺するように勢いよく引っ張られた。
「かはっ!?」
シスカは何とか捕食は避けられたものの突然のことに受け身を取れず、そのままどさっと地面に叩きつけられた。
「なんだ……?」
「ダメじゃないかシスカ。敵には最後まで油断するなって言ってただろ?」
声の先に振り返ると、そこには大人の姿をしたマリアが立っていた。
「お前、どうしてここに!?」
「久しぶりね少年、悪いけどこの獲物はアタシが頂くわ」
と、まるで聞き分けのない飼い犬を無理矢理引っ張るかのようにワームの身動きを止め、マリアは笑みを浮かべながら答える。
「どうして、マリアさんもここに……」
「おい、お前もあれが何か知ってるのか?どうして母さんの姿をして現れた!?教えろっ!!」
「……気に食わないな」
マリアは俺の問いに睨み返し、空いていた右手の平をこちらに向けるとぎゅっと握る仕草をした。
「ぅぐっ!?」
すると突然何かが俺の首を絞めつけ、呼吸ができなくなった。
「あ、が……っ!?」
何だっ、何が起こっている!?
「少年、口の聞き方には気をつけろよ?お前などこうして触らずに殺すことだってできるんだぞ?」
マリアの目は明らかに人を殺すときの目だった。夏祭りの駅ビル屋上での時と違う、怒りに満ちた殺気。
「そ、それぐらいにしておけ……マリア」
と、落ちた衝撃の痛みで腹部を押さえながらシスカが彼女を制止する。
「ふん、まあいいわ」
彼女が右手の平を開くと締め付けが緩くなり、呼吸ができるようになった。
「はあっ!?はぁ、はぁ、はぁ……」
「これが何なのか知りたいって言ってたわね。それはアタシよりもそこにいるお嬢様に聞いたらどう?なあ、リディアお嬢様」
と、マリアは皮肉っぽくリディアに問いかける。
「そ、それは……」
振り返るとリディアは動揺しながら目を逸らした。
「リディア……?」
俺は何故彼女が戸惑っているのか理解できていなかった。あまりの情報量に混乱していたせいか、冷静に考えれば簡単に点と線が結びつくはずだったが今の俺にはぐちゃぐちゃに絡まった糸のようだった。
だが、それはいともたやすく解れることになる。
「あれは、お母様を取り込んで擬態した惑星探査体です……」
「…………母さんを、取り込んだ?」
そう言うとリディアは小さくうん、と頷いた。
つまり、母さんはコイツに取り込まれて死んだ……?
あの日、地域の考古学の研究をしていた母さんはいつものように研究のために山の上にあるうちの祠に向かい、そこで死亡しているのが見つかった。熊などに襲われたのでも崖に落ちたわけでもなく、急に電池が切れた人形のようにそこに倒れ込んでいたのである。司法解剖の結果、原因不明の病気による突然死と診断された。
「リディアちゃんよく言えました~!そう、これは調査する星の生物や植物を取り込んであらゆる情報を吸収し、カモフラージュすることで探査することができるの。この子が危険な目に遭わないように事前調査するためにね」
そこで大体を察した。この惑星探査体は吸血鬼のようにあらゆることを吸い尽くし、そして飲み干した空き缶のように捨てていったのだろう。
「本来なら我々が来る前に回収されているはずでしたが、何かの手違いでそのままこの星に残っていたようです。話は聞いていましたがまさかバグまで起きていたなんて……」
と、シスカはゆっくりと立ち上がりながら補足する。
「……じゃあなんだ、母さんはこの課題のために犠牲になったってことか?」
リディアが俯きながら目を背ける。それがリディアが躊躇った理由……。
「その通りっ!まさか擬態していたのが少年の母親だとは思わなかったけどね」
と、マリアはにやりと笑みを浮かべながら俺を見つめる。
「なあ、ソイツをどうするつもりだ?」
「どうするって有効活用するだけだが?アハハッ!もしかしてこの母親だったものと一緒に暮らしたいのかい?」
「違う。母さんを殺したコイツを俺がぶっ潰してやりたいだけだ」
正直それはただの自己満足だ。コイツを倒したところで母さんが帰ってくるわけがないし、マリアがそんなの許すはずがない。
「いいわ。アタシが欲しいのはコイツの持ってる情報だから、少年の好きにしなさい」
「……いいのか?」
意外だった。まさかマリアがそんなことを許すなんて思いもしなかった……。
「このアタシがいいって言ってるんだ、有り難く言うこと聞きな。それと……」
と、マリアはどこからか拳銃の形をしたマーブル色の武器を取り出すと、俺の方へと投げてきた。
「これは?」
「少年の素手で敵う相手じゃないだろ。だから親切なこのアタシが手助けしてあげようってな。使い方はこの星の武器と同じだ」
俺は足下に転がってきた拳銃を拾い上げると、照準をその化け物に向け構えた。
「お前を信じていいんだな」
「ああ、何発でも気が済むまで撃ちな」
そしてちらりとリディアの方に視線を向ける。
「リディア……」
もしこの地球にリディアが来なかったら、母さんは死なずに済んだのだろうか。こんな辛い思いもせず、家族三人で穏やかにこの夏休みを過ごすことが出来たのだろうか。どこにでもいるような普通の家族に。
アイツがここに来たから、母さんは……。
「は、ははははは……」
そうだ、リディアに出会わなければこんなことにならなかったんだ。アイツがこの星に来たから全てが狂ったんだ。母さんを殺され、変なことに巻き込まれ、こんな変な化け物に殺されかけて……。
全部アイツが、全部アイツのせいで!!
「そんなわけあるかっ!!」
「ミコトさん……?」
今、一体何考えて?俺、リディアのせいにして……。
「……ったく、最低だな。俺、ホント最低だ」
俺は怒りに満ちた心を落ち着かせ、改めて銃を化け物に構える。
「リディア、後で話聞かせてもらうからな」
「……はい。あの、ミコトさんわたし」
「な~にしょぼくれた顔してんだよ。お前が母さんを殺したわけじゃないんだ。俺はただ、母さんを殺したコイツに復讐したい、それだけだ」
「ミコトさん……」
「それと、舞姫ちゃんを護ってくれてありがとな」
ずっと舞姫ちゃんを抱きしめて離さなかったリディアに怒る理由などあるだろうか。いや、あるはずがない。それにあの化け物はリディアたちを襲おうとした。
リディアを襲おうとした罪、償ってもらう!
「少年、お前の方に飛ばしてあげる!ちゃんと狙いなっ!」
と、マリアはハンマー投げをするかのように回転をかけ俺に向かってブンッ!と化け物を投擲した。
「母さんの、仇……」
俺は迫り来るヤツに狙いを定め、確実に狙える位置に来るまで構える。
3メートル、2メートル、1メートル……。
「くたばれーーーーーーーーーーっ!!!」
引き金を引こうとした瞬間、俺の目の前で化け物は母さんに変身した。
「大きくなったね、ミコト……」
「っ!?」
そして俺は、化け物に呑み込まれた。




