第七話3
「へえ、こっちに来日して困ってたところをミコトくんが助けて居候することになったんだ。兄から大体のことは聞いてはいたけど正直驚いてたよ」
「まあそうですよね。俺も正直親父があっさりOK出してくれたことに驚きました」
結局俺の両腕にリディアと舞姫ちゃんに抱きついたまま家まで帰ることになった。さすがの正宗さんも少し苦笑いはしてたけど……。
「お姉ちゃんてひょっとして外国のお姫様なの?」
「う~ん、お姫様ではないけどね。ここからず~っとず~~っと遠いとこから来たんだよ」
おっ!さりげなくオブラートに包んでくれてる。
「遠いとこ?どんなとこなの?」
「そうですねえ、ここと違って気候が管理されていて科学もかなり進歩したところですよ。みんなそれぞれ特殊能力が与えられてて、わたしもこんな風に……」
「ちょ~~っとタ~イム。あのリディアさん、俺何回も言いましたよね?それバラしちゃいけないって。どうしてすぐ口滑らせるんですかねえ?」
と、俺は彼女のそのゆるゆるな口を塞ぐべく、人差し指でほっぺをぐりぐりした。
「い~ひゃ~い~で~ひゅ~ご~め~ん~な~ひゃ~い~!?……えっとね舞姫ちゃん。ここから先はもう少し大人になってからまた教えてあげますね!」
大人であっても教えちゃダメだけどな……。
「ん?何の話だい?」
「いや、その、何でもないんです!コイツちょっと不思議なとこあるんで。あはは……」
ホント、さらっとバラしちゃうとこ、治んねえかなぁ。
「あの、深雪様……。まだ続けるんでしょうか?」
そしてあちらでは深雪さんがシスカのメイド服が気になって仕方ないらしく、さっきから色んな部分をまじまじと観察していた。
「そりゃあもちろん!この衣装今まで見たことない独特なデザインになってるからどうなってるのか細部まで見てみたいの。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからスカートめくってもいい?」
「それ以上上げると容赦しませんよ?」
「あはは……冗談冗談」
シスカの殺気だった睨みに負けたか、深雪さんはそっとスカートの裾をそっと下ろした。
「それはそうと、随分大荷物ですよね?もしかして深雪さんの仕事道具とかですか?」
と、正宗さんが海外に行くような大きめのキャリーケースを転がしているのを見て疑問に思う。
「ああいや、昔と違って今はデスクトップのパソコンで仕事やってるから持ってきてないんだ」
実はほんの数年前まで深雪さんは手書きで原稿を描いていた。こっちに帰省してたときも締め切りに間に合わないとわざわざ仕事道具を持ち込んで原稿を必死に描いていた。
「じゃあ何が?」
「彼女がマンガのネタのために描くスケッチ用の紙と鉛筆。それと絵の具。群馬を随分気に入ったらしくて、過去に描いたあの榛名山の風景をたまに背景として採用してるよ」
そういえば数年前に新婚旅行で先にうちに寄ったとき、かなり大荷物だったのを思い出す。俺たちにとっては見慣れた当たり前の風景でも、知らない人にとっては素敵に映るんだろうな。前にリディアもこの景色が好きって言っていたし。
「そうなんですか。俺たちにとっては当たり前の景色なんですけどね」
「そう、でも東京に出てみるとその有り難さがよくわかるものだよ?」
「やっぱそうなんですかね」
「そういうもの。ミコトくんがもっと大人になればわかるはずさ」
「…………」
大人になる……か。
「おおっ、お帰り。悪かったな、迎えに行けなくて……って、どうしたお前たち?」
何とかうちに到着し、迎えてくれた親父は俺のこのハーレムに目が点になっていた。
「あ、ああ・・・・・・。ちょっと色々あって」
「ただいま、お世話になるよ兄さん」
「お帰り。ってお世話も何も、お前の家なんだからそんなかしこまらなくていいよ」
「いいんだよ、兄さんは立派な神社の宮司なんだから」
「何言ってんだ。学生の頃はお前宮司になって山の上の社を再建するんだって張り切ってたくせにころっと違うのに興味持ちやがって」
「自分で決めた道なんだからいいじゃないか。それにちゃんとその資金も集めてるし」
改めてみると親父と正宗さんやっぱり似てるな。性格は違えど何となく雰囲気が似ている。
親父は家業を継ぎ、正宗さんは東京へ。全く別の道でもちゃんと帰る家を大事にしてるんだな。
「深雪さんも舞姫ちゃんもこんにちは。ここまで来るの疲れたでしょう。夕飯準備してるからそれまでくつろいでいてよ」
「あ、ありがとうございます!じゃあ舞姫、夕飯までお兄ちゃんたちと一緒に遊ぼっか!」
「うんっ!舞姫、お兄ちゃんたちとゲームして遊びたいっ!」
「よしっ!じゃああっちの部屋でゲームしよっか。リディアも遊んでるやつだからみんなでやろう!」
「じゃあリディアお姉ちゃん!一緒に行こっ!」
さっきまで浮気相手と言ってたリディアの手を繋いで舞姫ちゃんが駆けていく。よかった、一時はどうなるかと思ったけど仲良くなれて何よりだ。
……と、思っていた時もありました。
最初の頃はパーティーゲームで仲良く遊んでいたんだけど、だんだんとヒートアップしいつの間にか二人とも俺の腕を掴み引っ張り合いになってしまった……。
ああ、大丈夫なのかな……これ?
さすがに遠出で疲れたのか、一時間ぐらいたつと舞姫ちゃんは寝てしまっていた。リディアは起こさないようにそっと舞姫ちゃんを抱き抱え、ソファーに横にさせ、膝枕をしてあげた。
「あ、なんだ。舞姫ちゃん寝ちゃったか」
麦茶を取りに行って帰ってくると、リディアはそっと彼女の髪を撫でながら微笑んでいた。
「はい、ちょうど今さっき。長旅でしたから疲れたんでしょうね。フフ、やっぱりかわいいですね」
「あれだけはしゃいでたんだ。寝ちゃうのもしょうがないよ。それにしても舞姫ちゃん、前にあったときよりまた随分パワーアップしてた気がするよ……」
少なからずそれはリディアたちに対する嫉妬かなんかだろうな。でも一応仲良くすることができて少しは安心した。
「ありがとね、娘の面倒見てくれて。おかげでこっちも仕事がはかどったよ」
食卓のテーブルで見ていた深雪さんがたった短時間でスケッチした大量の紙の束を俺たちに見せてくれた。
二人がゲームに熱中しているところ、一緒に勝てて抱き合ってるところ、熱中しすぎて俺を取り合いにしているところ、ついでに夕飯の手伝いをしているシスカ(何故かローアングル)など、よくあんな短時間で描き上げたなっていうぐらい色んなシーンを描いていた。
「うわぁ~~!わたしがこんなにいっぱいっ!!えっ、いつの間にこんなとこ見たんですか!」
と、テーブルに広げられたスケッチの数々をリディアはキラキラした目で眺めていた。深雪さんの絵を描く速さはホントにハンパなく、まさに写真のように切り取っているのだ。
「そんなに喜んでもらえて嬉しいわ。舞姫ちゃんはもう慣れちゃってすっかり興味示さなくなっちゃったけどね」
「まあずっとやってれば飽きますよ。でもホント深雪さんすごいですよね。その速さならマンガの締め切りとか困ったりしないんじゃないんですか」
「いやいや、プロットが詰まったときとかいつもギリギリよ。でも、今月はお盆があるからちゃちゃっと済ませたわ!旦那にはこれぐらいいつも早ければいいのにって言われたけど……」
俺はいつも読んでるだけだけどやっぱり漫画家って大変なんだな……。
「それより!二人はどれぐらい進んでるの?もうやるとこまでやった?」
「はいっ!?」
急に何言い出すんだこの人は!?
「隠したって無駄よ、付き合ってるんでしょあなたたち。さっきだってリディアちゃん、わたしという人がいながら~って言ってたじゃない」
うっ……さすが作家だ、そういうちょっとした台詞すら聞き逃さないとは。
「えっと、付き合ってるかって言えばそうというか違うというか……」
「わたしと由衣さんのどっちがいいか、勝負してるんです!だからまだ付き合ってません!」
そうはっきり言われるとなんかつらいんですが……。
「由衣ちゃんて近所の子の?ふ~~ん、つまり三角関係ってことかぁ。ミコトくんも中々やるねえ」
と、お節介なおばさんよろしくクイクイっと肘で俺を小突く。
「でも、曖昧な結論は出さないでね。後々絶対後悔するんだから」
「き、肝に銘じときます……」
「ところで、どうして舞姫ちゃんはあんなにミコトさんのこと好きなんですか?」
「えっ?ああ、あれは確か3年ぐらい前のことだったかな。こっちに遊びに来たとき舞姫ちゃん迷子になっちゃったんだよ」
あの時もこんな暑い夏の日だった。当時は両親とも多忙だったようで、こちらに帰省しても仕事漬けで舞姫ちゃんに構ってあげる暇がなかった。そんな両親に怒ってか、目を離した隙にどこかへと消えてしまった。
その日俺も学校に用があり、家に帰ってくると既に両親がパニックになっていた。
俺たちは手分けして舞姫ちゃんを捜した。近所の公園、竹藪、狭い路地の住宅街、そして河川敷を泥だらけになりながら捜し、ようやく見つけたのは草むらの中のちょっとした側溝だった。転倒して膝を擦りむいていた舞姫ちゃんは動けずに涙ぐんでいたのだ。
その時助けに来た俺の姿をきっと舞姫ちゃんは絵本のような正義のヒーローに見えたのだろう。それ以来こちらに遊びに来ては俺にべったりと張り付くようになってしまった。
まあそれをきっかけに正宗さん深雪さん夫妻は家族の時間を改めて見直し、休む時は家族でちゃんと休むという決まりを設けたという。
「そんなことがあったんですか。フフ、ミコトさんはモテモテですね」
「茶化すなって」
「だって、わたしを救ってくれたとき、ついきゅんってなっちゃいましたもん。ずっと一緒にいたいんだよっ!!って」
あの白いクリオネに襲われたときのことか……。
「へえ~~、ミコトくんもそれなりに青春してるんじゃない。青春は一度しかないから大事にしなさいよ?」
一度しかない……か。
夏休みという期限まであと約2週間、俺はちゃんと言えることができるのだろうか。
すやすやと眠っている舞姫ちゃんを見つめながらそう思った。




