第七話2
俺とリディア、そしてシスカは親父の代わりに親戚の正宗叔父さんを迎えるために最寄りの駅で待っていた。
「ふあぁぁ……」
駅の待合室で座っているといつも凛としているシスカから気の抜けた欠伸が漏れた。
「珍しいな、シスカが欠伸なんて。夜更かしでもしてたのか?」
「失礼しました。ちょっとやらなくてはいけないことがありまして、寝るのが遅くなってしまいました……」
「そうだったの?言ってくれればうちで休んでても良かったのに」
「いえ、居候させてもらっている身ですから、ご家族の皆様にご挨拶しなくてはいけません」
「そうですね、住まわせてる身としてわたしも失礼のないようにしなきゃっ!」
侵略する宇宙人が失礼のないようにって……いや考えるのやめよう。
「ミコトさん。その正宗さんて方はどんな方なんですか?」
「そうだな、親父の弟だからやっぱりそっくりなとこあるかな。まあ違うところはかなり真面目なとこぐらいだな。マンガ雑誌の編集やってて締め切りとか厳しいらしいって話は聞いてる」
「マンガ……?」
「あ、え~っと絵を使った物語の本だよ。俺の部屋の本棚にも置いてあっただろ?」
「あ~~!あの裸の女の子の絵がよく出る本のことですかっ!」
「ぶふぉっ!?」
ちょっと待て!?俺えっちな本はベッドのマットレスの下に隠してるはず!?
「ミコト様!お嬢様に何てものを見せてるんですか!?」
「待て待て待て!?俺の本棚には健全なマンガしか置いてない!!」
じゃあ何だ?俺が隠し忘れ……ああ、もしかして、
「それ、もしかして深雪さんの本かも……」
「深雪さんて、正宗さんの奥さんの?」
正宗叔父さんの奥さん、深雪さんは漫画家をやっており担当編集と漫画家が結婚した形なのである。
「そう、深雪さんはその漫画を書いてる仕事をしてるんだよ。ちょっとお色気のある温泉ドタバタラブコメディの」
深雪さんは少年誌でたまにある所謂お色気系の漫画を連載している。何故温泉かというと新婚旅行で群馬の温泉に行ったときインスピレーションが降りたからだとか。
「恋愛のお話なんですか!あの、それ参考にするんで貸してくださいっ!」
「えっ、ああ。帰ったら渡すよ……」
ただあの漫画たまにすごいきわどいシーンとかあるけど……。
「あと叔父さんには一人娘がいてな。舞姫ちゃんって言って確か今小学三年生だったような。二人とも、仲良くしてくれ」
「舞姫ちゃんて言うんですか。はいっ!もちろんです!」
正直言うと二人には家にいてほしかったなぁと思っていた。そりゃあ駅に着いて目の前にエメラルドグリーンの髪のお人形のような美少女とガチのメイド服の美少女が並んでいたら何事かと思うし、それに何より問題なのが……。
「あっ!電車着いたみたいですよ!」
改札にちらほらと客が通っていく中、もの凄い速さで跨線橋を駆け下りる足音が聞こえてきた。
「何ですか、この音」
「来たんだよ、あの人が……」
えっ?とリディアがこちらに振り向く刹那、彼女は何者かにタックルされ倒れ込んでしまった。そしてその寸前、シスカがさらりと避けたのを俺は見逃さなかった。
「きゃーーーっ!写真で見たけどホンットにかわいいわぁ!アニメから飛び出したんじゃないかしら!?」
「きゅううう……」
突然何者かに押し倒されたリディアは既にのびていた。
「ミコト様、何なんですかこの方は!?いきなりお嬢様を押し倒して」
主を護らずさらりと避けたアンタが何言ってんだ。
「この人が正宗叔父さんの奥さんの深雪さんだ。漫画家をやっていてその……、美少女や美少年を見るとデッサンのために全力で捕まえるんだ」
正宗さんの話では最初はかなり暴走していたが、今は旦那というストッパーがいるので自制しているみたい。
「あなたが居候してるリディアちゃんとシスカちゃんね、大五郎さんから話は聞いてるわ。今日からよろしくね」
思いっきり押し倒しておきながら普通の挨拶をする。そして改札には遅れて正宗叔父さんが到着した。
「……まったく、到着早々何をしているんだ君は。久しぶりだねミコトくん。それとリディアちゃんとシスカちゃんだっけ?話は聞いてたけど二人ともホントにマンガから出てきたような美少女なんだね」
「あはは……、やっぱそう見えますよね」
「正宗様、深雪様、今日はよろしくお願いします。お荷物お持ちいたします。おや?」
シスカが正宗さんの荷物を受け取ろうとしたした時、彼の後ろにいた一人の少女と目が合った。
「ほら舞姫、お姉さんに挨拶は?」
と、正宗さんの後ろに隠れていた子、娘の舞姫ちゃんがじ~っとシスカを見つめる。
「お兄ちゃんが二人も浮気した……」
「…………はいっ?」
「舞姫という人がいながらお兄ちゃん浮気した~~!!」
舞姫ちゃんはそう叫ぶと俺の腹部めがけて飛び込んできた。
「ぐはっ!?」
「お兄ちゃんは舞姫だけのものなのっ!だから浮気しちゃダメ!!」
そう、俺がずっと気が重くなってた理由、それがこの子、舞姫ちゃんだった。
「み、ミコトさん!わたしという人がいながらこんな幼い子にも手を出してたんですか!?」
「するわけないからっ!?あ、あのな舞姫ちゃん、この子たちはうちの居候なんだ。だから仲良くしてくれるとお兄ちゃん嬉しいなぁ……」
とりあえず宥めようとはするものの、舞姫ちゃんは一向に俺から離れようとはしなかった。舞姫ちゃんは昔っから俺のことが好きで、こっちに来る度にこうしてべったりと張り付き他人を寄せ付けなくなるのである。
「やだっ!お兄ちゃんは誰にもあげないもん!」
う~ん、どうしたもんかなぁ……。
すると、シスカが彼女に近寄り同じ目線で座ると優しく撫でてあげた。
「初めまして。わたくし、メイドのシスカと申します。今日は舞姫お嬢様にお仕えしたく参りました。なのでどうか、その美しいお顔をわたしにお見せください」
と、満点をあげたいぐらいのメイド用語を駆使し舞姫ちゃんを口説くシスカ。すると少し涙目になりながら舞姫ちゃんはシスカの方に振り向いた。
「舞姫のメイドさん?」
「はい、あなたのメイドさんです。それにご安心ください。わたしにはこやつより遙かに素敵な殿方がいるので、奪いはしませんよ?」
フォローしてるつもりだろうけどさらっとバカにしてません?
「そう……なの?」
「ええ、それとあちらのリディアお嬢様とも仲良くしていただけませんか?舞姫お嬢様と同じくらいわたしの大事な方なのです」
「わたしも舞姫ちゃんと仲良くなりたいな。いっぱい遊んで、いっぱい思い出作りましょ?」
と、深雪さんから解放されたリディアが舞姫ちゃんに駆け寄り、ニッと笑顔を見せた。
「でも、お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと……」
「大丈夫、ミコトさんはずっと舞姫ちゃんのものですよ。わたしたちは舞姫ちゃんの味方です!」
と、俺を取り囲みながら繰り広げられているこの光景にちょっと恥ずかしくなっていた。
「ミコトくん、見ない間に随分モテるようになったんだね……」
「そ、そりゃどうも……」
俺的にはあまり望まなかったこの光景を早く収拾してほしかった……。
「ほ、ほら舞姫ちゃん。そろそろうちに行こうか。さすがにこれじゃちょっと歩きにくいんだけど……」
「やっ!このままで行くっ!!」
「じゃあわたしもぎゅってして行きます!」
「リディアも張り合うなっ!?」
「あ、わたしは荷物がありますので」
「そこはボケてくれよ……」




