第七話1
午前0時、皆さんが寝静まるこの時間になっても街はこんなに明るいものなのか。
わたし、シスカはお嬢様の就寝を確認した後、黒い翼を広げ光り輝く街の上を飛翔していた。ただの空中散歩ではない。ある者に呼ばれたので仕方なく出掛けている。本当はキャンプの後片付けの疲れもあり今日はすぐ寝たかったんだが……。
「ふあぁ~……」
わたしを呼んだのは他でもない、マリアだ。あの祭りの日から数日後、彼女はわたしの持つ通信装置にハッキングし、この日にここに来いと連絡してきた。
「それにしてもヤツめ、そんな所に潜伏していたとは……」
マリアが送りつけた地図のデータを見るとわたしたちの住んでいる町から山を一つ挟んだ先の森の中にある。こんなに大きい星なんだから他の島にでも拠点を構えればいいのに、と思ったが状況が変わった今、近いことに越したことはない。この速さで行けば30分ぐらいで着く。
「あれか」
真っ暗な森の中、一つだけぽっと明かりが灯っているのが見える。正面にスタッと降りてみると、なるほどヤツの好きそうな不気味な建物だ。要塞のように堅牢な建物には長く伸びるツタが張っており、窓にはぼんやりと明かりが灯っている。
上を見上げるとテラスで寝ていたドラゴンのジーナが物音に気づき、入り口に立ち塞がるようにわたしの目の前にドシンと飛び降りた。
「…………」
「グルルゥ……」と喉を鳴らしながらわたしを睨む。きっとジーナは門番の役割なのだろう。ジーナには勝てなくはないがここで体力を削りたくない。どうにかここを通してくれないだろうか……。
「すまない、お前と相手する時間はないんだ。邪魔するのならお前とて容赦しないぞ?」
するとジーナの顔がゆっくりとわたしの顔まで近づく。やるしかないか……。
細剣の柄に手をかけ、いざ抜こうとしたその瞬間……、
「ひゃんっ!?」
わたしの頬をジーナがペロッと舐めたのだ!?
「じ、ジーナ!?何するんだ!?やめっ……!?」
「キュゥンキュウン!!」
この大きな体躯から想像できない小動物のようにかわいらしい鳴き声で、わたしの身体をすりすりと頬ずりし始めたのだ。まるで甘えている子どものように。
「……そ、そういえば、お前はいつもわたしに懐いていたな。悪かったな、こんな形になってしまって」
思えばアズールを離れる前までジーナはわたしに懐いていた。理由はわからないが、好きな匂いでもあるのだろう。ジーナは主であるマリアには絶対服従で、彼女曰く他の星で捕まえ服従させたのだという。「威厳を見せるのも大事ですもの」と語っていたのをよく覚えている。
そんな主の命令で敵になってしまったわたしをジーナは今こうして子どものように懐いている。数日前まではわたしを殺そうとしていたのに。
「ってコラ!?どこ触ってるんだ!やめっ……ひゃいっ!?」
ジーナは嬉しさのあまり胸や股関節のところまで顔をグリグリし始めた。嬉しいのはいいけどくすぐった……ひゃああああああああん!?
ーーーーーーーーー。
「はあ……はあ……」
ようやく治まってくれた……。わたしとしたことがつい変な声を上げてしまった。誰かに聞かれてなければいいんだが……。
そんなわたしを気にしてか、ジーナが心配そうな目で見つめている。わたしはそんなジーナの鼻の上を優しく撫で、「嫌いになってないから安心しろ」と呟くと喜ぶように尻尾を左右に振っていた。
「また時間が出来たらお前と遊んでやる。だからどうか、お前の主の所に行かせてくれないか?」
と、続いて顎の下をゴロゴロとくすぐっていると、ジーナは寂しそうにゆっくりと塞いでた入り口から離れてくれた。
「ありがとう、ジーナ」
ジーナの鼻先を優しくさすり、わたしは薄暗い要塞の中へと入っていった。
中は赤い絨毯で敷き詰められ、壁には蝋燭の灯りが照らされ、所々に大きな絵画が飾られている。元々ある物だろうか。
とりあえず目に付いた扉を開けようとするもどれも鍵が閉まっていて入れない。カツカツと足音が響くぐらい静かすぎる廊下を歩いていると、他の扉より少し大きめの扉に突き当たった。明らかに怪しすぎる……。
「まるで誘導されてるみたいだな……」
まあその方がむしろ有り難い。変に色んな部屋に行って迷子になったら余計面倒くさいからな。
扉のドアノブを少し引いて鍵がかかってないのを確認する。やはりこの部屋か・・・・・・。
ギイィィィ……と音を立てゆっくりと開く。扉の陰から中を覗くと、そこは大広間だった。灯りが点いておらず、月明かりが窓から差し込んでかろうじて中がわかる程度だった。飾りが豪勢なテーブルに座れば立ち上がれなさそうな一人用の大きなソファーのセットが点在し、壁際にはこの星の甲冑が何体か立ってある。
「ここにはいないのか……?」
恐る恐る部屋に入り、辺りを見渡すが人の気配がない。ここも外れなのか?
「っ!?」
すると突然、真横からピンク色の光の球が襲い、すぐさま細剣で弾き返した。
「誰だっ!?」
「そこまでよっ悪のメイドさん!ここでの悪事はこの月の魔法戦士、マジカルリリィが許さないんだからっ!!」
と、わたしの前に現れたのはピンク色したドレスのような服を着て、ヘンテコなステッキを持った女の子だった。
「…………どちら様ですか?」
わたしはとても戦闘には適なさそうなその変な格好の女の子につい呆気に取られてしまった。そういえば、たまたま見てたテレビでこんな格好の女の子を見た気が・・・・・・。
「しらばっくれないでっ!あなた、マリアさんの計画の邪魔をするためにここに来たんでしょ!?」
「いえ、わたしはヤツに呼ばれただけで……」
「問答無用っ!」
彼女はわたしの話など聞かず、ヘンテコステッキを上に振りかぶりながら飛びかかってきた。
「っく……!?」
左に避けるも彼女は間髪入れず先ほどの光の球を打ち放つ。打ち返すことは出来るが連発してくるのでところどころかすり傷がつく。
「ちょこまかと動いてないで当たりなさい!!」
当たれと言われて「はい当たります」と言うバカはいないでしょう。それにどうやらまだ彼女は戦闘に慣れていないらしく、命中率も著しく低い。わたしを追っかけて無鉄砲に連発しているみたいだ。
「あなたは一体何者です?マリアに何を吹き込まれたんですか」
「マリアさんは僕に勇気を与えてくれた!だからあの人を護るんですっ!」
その勇気というものはそのヘンテコなステッキのことだろう。まったく、ヤツは素人になんてものを渡しているんだ……。
「そうですか、ならば手加減は必要ないですね」
「っ!?」
彼女が光の球を打ち続ける中、わたしは一瞬で彼女の背後に回り、頸椎に手刀を繰り出し気絶させた。
バタッ。
「素人相手に本気でやるわけがないでしょう。あなたにはこれぐらいで十分です」
気を失った彼女を近くのソファーに寝かせると、突然体が光り出しピンクのヘンテコなドレスから見覚えのある白いシャツと黒いスカートに変貌した。
「この服、確か由衣様が学校に行くときに着ていた……」
ということは、彼女はミコト様たちと同じ学校の子……。この星の人間を誘拐してきたというのか!?
「あら、もうやられてしまいましたの?」
部屋の奥から聞こえる声、それは紛れもなくこの要塞の主、そしてわたしを呼びつけた張本人でもあるアズールのリーダー、マリアだった。
「マリアッ!貴様、この星の子を誘拐して何をしようとしてるっ!?」
「何って、人手が足りないから連れてきただけですわ?」
と、悪びれもなくクスクスと笑いながら答える。
「安心なさい、役目を終えたらあの子たちはちゃんと返してあげますわ。よっぽどじゃない限り死ぬようなことはさせませんし、それにあの子たちは同意の上で来てますの」
あの子たち……、ということはこの子の他にまだ何人かいるのだろう。そして役目というのはやはり……。
「ここで話すのも難ですし、部屋を変えましょ。あの二人も会いたがってますわ」
その言葉を聞いて一瞬だけ体が凍り付いた。やはりあの二人も来ていたのか。
わたしは警戒心を悟られまいと平静を装いながらマリアに促された部屋へと移った。
そこは壁一面に本がぎっしりと並ぶ書斎だった。この国とは違う言語も書いてあり、翻訳していないので何と書いてあるのか理解できていない。
中央には木製のどっしりとした机があり、マリアはそこにある革張りの黒いイスにちょこんと座ると得意げな顔でこちらを見つめる。
「どうです?この新しいアジトは。アズールの名に相応しい作りでしょ?」
「ああ、いかにもお前の好きそうな要塞だ。どうやってこんなのを奪い取った?」
「アタシはこの星の人間に対しては平和的よ?ちょっと催眠をかけて無償でもらえるよう吹き込んだだけですわ」
そんなことだろうと思った。彼女がこの要塞のために交渉なんて無駄な時間を裂くわけがない。
「それで、まさか建物自慢のためにわたしを呼び出したわけじゃないだろう?今日は眠いんだ、早く本題に入ってくれないか?」
「そうでしたわね、昨日はこの近くの山で随分楽しんでたみたいですし。じゃあ目が覚めるような話をしなきゃですわね」
わたしたちのことを監視していたことは何となくわかっていた。そんなことはともかくと彼女が本題に切り出そうとする直前、わたしの背後から誰かが抱きついてきた。
「お姉ちゃんっ!」
「オ、オルティア!?」
全く気付かなかった……。背後から抱きついてきたのは今のマリアと同じぐらいの背丈の赤髪の少女、オルティアだった。
「ティアね、お姉ちゃんに会えるのすごい楽しみにしてたの!ねえねえ、また昔みたいに遊んでくれる?ねえねえ!」
オルティアはわたしに抱きつきながらピョンピョンと体を揺する。
「す、すまない。今日はオルティアと遊んであげる時間はないんだ……」
「やだ……」
ぎゅうぅぅっと彼女の華奢な腕がわたしの腹部を締め付ける。
「ぅぐっ!?オル……ティア……!?」
「やだっ!またお姉ちゃんと遊びたいっ!お姉ちゃんと色んなことしたい!」
その言葉とともに彼女の両腕がギリギリとわたしの腹を締め付け、だんだんと呼吸が苦しくなる。
「ぐっ……やめ…………!?」
「ティア、ずっと寂しかったんだよ?知らない子にお姉ちゃん取られてずっと悔しかったんだよ?その知らない子握りつぶしたいぐらい辛かったんだ。ねえ、その子のせいで弱くなってたら許さないから……」
見た目とは想像できないぐらいの腕力にわたしは身動きできずどんどん締め付けられていく。まずい、このままでは……!?
「それくらいにしておきなさい」
と、オルティアの腕を掴んだのは銀色の髪の青年、フリードだった。
するとオルティアは腕の力を緩め、そっとわたしから離れた。
「っはぁ……はぁ……」
迂闊だった。このまま締め付けられていたら肋骨を折れるだけでは済まなかった。オルティアは身体能力を何十倍にも増幅させる特殊能力を持っており、場合によっては殴るだけで相手の体を粉砕するほどにもなる。
「ねえお姉ちゃん、今度は死なないようにね?」
オルティアのその屈託のない笑みにあの頃の記憶が蘇る。わたしが寡黙に標的を殺めるように、彼女は楽しそうに笑いながら標的を殺めてきた。まるでつまらなくなったおもちゃを壊すように。
「ありがとうございます……、助かりました」
「いえ、しかしあなたも随分丸くなってしまいましたね。昔なら我々の存在にすぐ気付いたはずなのに」
「そうですね……、わたしも大分勘が鈍ってしまいました」
呼吸を整えながらフリードの方に振り向く。彼は戦闘に特化していないが作戦を担当している謂わばアズールの参謀だ。非常に頭が切れ、その思考にわたしも彼が何を考えているかわからない時があった。
「あなたたちまでこの星に来たということは、どうやらわたしを本気で消しに来たということですね」
「何を言ってますの?そんな理由だったらあなたとっくにジーナのお腹の中ですわ」
入り口に入ることすら出来なかったのかわたし……。
「前にも言ったでしょう。あなたにはまだ有効活用させてもらうって。そのために今日こうして呼び出したんですの」
確かにあの祭りの去り際、マリアはわたしにそう告げた。もう殺す理由はなくなったのなら、やはりあのことで呼び出したのだろう……。
「先日、彼らの先陣部隊がこちらに向けて動き出しました。数はおよそ200、到着はそうね、この星で言う月末ってとこかしら」
「その情報はどこから?」
「彼らの偵察機からですわ。まぁあと一歩のところで逃がしてしまったんですけど」
マリアが獲物を逃がすなんて珍しい。よっぽどの何か理由があったのだろう。
「でもこれは十分な情報ですわ。彼らはこの星を欲しがっている。だからこの子たちも呼んでおきましたの」
「そうか、つまりわたしもその先陣部隊を蹴散らすのに一役買えと」
「いえ、あなたには引き続きいつも通りの生活をしてもらいますわ。大事な大事なお嬢様に何かあったら困りますものね」
皮肉っぽく聞こえるがきっと彼女なりの配慮なのだろう。わたしが何か不穏な動きをすればお嬢様だって気付いてしまう。ならばわたしには普段通りの生活を送らせて、何かあれば護る役目を担ってもらう。というところか。
「それで、そんなことのためにわたしをここに呼び出したのか。先陣部隊はお前たちが蹴散らすのだろう?」
「もちろんそのつもりですわ。でもここに呼び出した理由はそれだけじゃないんですの。あなたにとって大事な話」
そして彼女はわたしを見つめにやりと笑い、あることを告げた。
「そんな……、ふざけるなっ!!」




