第六話9
「向こうは大分賑やかだな」
こっちはこっちで男三人、大きな檜の露天風呂でゆったりと温泉を満喫していた。
「そうですね、シスカちゃんちょっと余計なこと言ってた気がするけど……」
そればかりは同情するよ。シスカも結構そういう話疎いからな……。
「しっかしヒサシ君も知らないうちにそんなに進んでいたなんてな。ほぼ毎日うちに来てて何してるかと思ったら。それに比べてうちのミコトはリディアちゃんと全然進展しないし」
「うるせえな、こっちはこっちで大変なんだよ」
「お前もいつまでも先延ばししてると後で絶対後悔するからな。俺が母さんに会ったときなんか一目惚れしてすぐ口説いたんだぞ。ま、そこからは色々あったけどな」
親父は昔からガキ大将みたいな性格だったが宮司という家督を継ぐ決心はしていた。ただ大変だったのは母さんの方で結婚してから家事全般が壊滅的だったことを知り、親父が家事を担うことにした。母さんは昔から一つのことに熱中すると周りが見えなくなり、他のことなど興味を持たない性格だった。なので母さんは仕事である考古学に集中してもらい、比較的家にいる時間が多い親父が家事を担うと決めたのである。
「そういえば、今朝久々に母さんの夢見たよ」
「ほう、母さんなんか言ってたか?」
「相変わらずだったよ。こっちも元気にやってるって言ったし、リディアたちのことも話したら喜んでた」
「そっか、じゃあ今度のお盆の時にもっとお話ししないとな。そうだ、お盆には正宗が帰ってくるから予定入れるなよ?」
「わかってるよ。泊まりだろ?」
「そう、今回も2泊するからそのつもりでな」
正宗さんとは東京に住んでいる親父の弟だ。都内で出版の仕事をしていて漫画家の奥さんと結婚し小学生の娘が一人いる。
「じゃあ俺は先に出るから。二人はゆっくりしてていいぞ」
と言って親父は先に風呂を上がった。
「はぁ~~~~……」
「どうしたん?そんなでかいため息ついて」
「正宗さん夫婦来るのかって思ったらさぁ……。いや、別に嫌いな訳じゃないんだよ。従姉妹のあの子が……ねえ」
「あ、ああ。そうだったね……」
スギも一回だけ従姉妹に会ったこともあり俺のため息の事情もわかっていた。その話はまた追々することにしよう。
「とりあえず、頑張りな」
「できるだけ負けないように頑張るよ」
と、お互いため息をついてると内風呂から誰かが入ってきた。
「あらあら、ここには辛気臭い男しかいないんですの?」
「「っ!!!??」」
俺たちはその誰かを見た瞬間、身体全体が凍り付いたように固まった。
目の前には見覚えある金色の長い髪を束ね、一糸纏わぬ姿のマリアが仁王立ちしていた。
「フフ、アタシのこのパーフェクトな美貌に言葉も出ないのね?いいですわ、あなたたちには特別に滅多に見られないアタシの素肌を目に焼き付け……」
「いいから出てけーーーーーっ!!」
「まったく、この星の人間は何故裸を嫌うのかしら。ありのままの姿の何がいけないんですの?」
結局マリアがちょこまかと逃げ回ったため俺たちでは追い出すことが出来ず(指一本触れることすら出来なかった……)、最終的に彼女にはバスタオルで身体を隠すことで何とか落ち着いた。ちなみに他にいた男性客は何らかの方法で風呂場から排除したらしい……。
そしてマリアは湯船の外で警戒してる俺たちなど全く気にせず、ゆったりと湯船でくつろいでいた。
「はぁ……はぁ……、お願いだからそういうところは郷に従ってくれないかい……」
「……それで、わざわざ男風呂に侵入してまで俺たちを殺しに来たのか?」
「この状態でどうやって殺せるのか逆に教えてほしいですわ。言いましたわよね?しばらくこの星でバカンスをするって。だから今のアタシには殺意なんて微塵もありませんわ」
あれだけ狂気に満ちていたマリアの口から殺意がないなんて信じ難いが、今の彼女は誰がどう見たって温泉の醍醐味をわかっている大人ぶった幼女である。
「ほら、いつまでもそこに立ってないで一緒に入りましょ?身体も隠してるんですから問題ないでしょ」
そういう問題じゃ……とは思ったがこれ以上は埒が明かないので俺たちは仕方なく湯船に浸かることにした。間を取ろうとすると彼女は人差し指をくいくいと「こっちに来い」と指図し、渋々そばまで行くことにした。
「……それで、わざわざ男風呂まで来て何しに来たんだよ」
「あなたたちとお話ししたい。それだけですわ」
「悪いが、お前を攻撃した爆弾の秘密は教えられないからな」
「ああ、あのカラフルな爆弾のこと?確かこの星では『ハナビ』と言ったかしら。随分きれいな爆弾でしたわね。まるで芸術ですわ」
と、彼女は俺に向かってニヤッと笑う。どうやらあれが爆弾ではないことなど既にお見通しみたいだ。
「偶然とはいえ、このアタシを負かしたことに変わりはありませんわ。その勇気に免じてもう襲うことはしません」
「シスカちゃんは?」
と、スギが問いかけるとチラと見てため息をつく。
「確か、あの子の恋人さんでしたっけ?フフ、安心なさい。以前にも言ったとおり彼女にはまだ有効活用させていただきます。まあ、今はあのお嬢様のメイドですから支障のない範囲で使わせてもらいますわ。もちろん、あなたとのデートの邪魔も致しませんわ。随分苦労してるみたいですけど?」
さっきのあの話を聞いていたのか、マリアは「フフ」と笑いながらスギを見つめた。
「余計なお世話だ……」
「そんな話をしに来たんじゃありませんの。ねえ、あなたたちはあの子のスクールの課題が終わったらどうなると思う?」
唐突にリディアの話題に触れられて少し驚いた。
「どうなるって、タルーヴァに提出してリディアはめでたくスクールを卒業するんだろ?」
「順当に行けばそうなりますわね。もしタルーヴァがこの星を選定したら?」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味ですわ。もしこのままこの星が選定されたらどうなると思います?」
「それはないはずだ、リディア自身もそう言ってるし。それにこの宇宙にいくつ星があると思ってんだ。この星の人間でさえまだ解明されてないぐらいなんだぞ」
小学生の頃、図書室で読んだ科学の本によると惑星は太陽系だけで約5000個。それに他の銀河系にある惑星を加えると0がいくつあるのかわからないくらい大量になるという。それを読んで俺は深入りするのをやめた。
「それぐらいアタシも知ってますわ。実際宇宙を飛んできたんですもの」
それを言われるとすごい納得できる……。
「でも大体は石ころや砂や気体の固まりで、とてもタルーヴァの民が生活できる空間ではありませんわ。まあたま~にこの星のように生命が存在する星もありますがどれも醜くて餌にするには少々抵抗ありますわ」
餌……つまりあのキスのことか。やはりタルーヴァの人間は生物であればエネルギーを吸収することができる……ん?今さらっと他の星に生物がいるっていう歴史的事実を言わなかったか?
「それに比べこの星の民はタルーヴァと酷似し、かなり劣ってるとはいえそれなりに文明も発達し、かつ環境が整っている。こんな好条件な星なかなかありませんわ」
地球のことをまるで好立地のマンションみたいに語っている……。やはり地球という存在は宇宙から見ても希有な存在であるみたいだ。
「つまり、地球が侵略地に上がる確率が極めて高いと言いたいのかい?」
「その通り。仮にアタシがミカドの長だったら間違いなくこの星を選びますわ。今こうして満喫してるように」
マリアがもしミカドの長だったら、きっと全人類の支配など造作もないだろう。惑星破壊ミサイルをミサイルも向けられ、花火が上がる直前にマリアが出したあの白い光(シスカ曰く相当ヤバいものらしい)を見せられれば地球サイドも服従せざるを得ないだろう。
「アンタがミカドじゃなくて良かったよ……」
「フフ、ホント残念ですわ。アタシがミカドだったら生意気なあなたの顔を足で踏んで服従できたのに」
と、俺の目の前でマリアは誘うように片足を見せた。
「悪いが、俺は女の子にいじめられる趣味はないんでね」
「あら、あの時鞭でなぶってても抵抗しないからてっきりこういうのが好きなんだと思いましたわ」
と、クスクス笑いながらマリアは答える。
「みこっちゃんマジか……」
「お前も本気にすんな!?」
すると、ざばっとマリアは立ち上がり湯船から上がった。
「さて、少し熱くなってきたからもう出ますわ。あの子たちとの残り僅かな生活、悔いの残らないよう楽しみなさい」
「そんなの、お前に言われなくたってわかってるよ」
「あ、そうそう。これだけは言っておかなきゃですわね」
マリアは何かを思いだしたかのように振り返り、俺の顔まで近づいた。
「な、なんだよ……?」
「せいぜい死なないことね……」
そう言い残し、彼女は突然俺にキスをした。その言葉の真意を問う間もなく、去っていく彼女を目に映しながら俺の意識はすうっと消えていった。




