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侵略者の夏やすみ  作者: 碓氷烏
第六話
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第六話2

「大丈夫でしょうか、ミコト様……」

「ああいつものことだから気にしなくていいよ。それにしても二人ともあの山道よく平気でいられたね。うちでも軽く目が回ったぐらいなのに……」

 うちとシスカちゃんはみこっちゃんに見送られながら桟橋に行き、手漕ぎボートを借りることにした。正直あまり漕いだことがなかったのでうまくコントロールできるかわからなかったけど慣れてしまえば簡単に漕ぐことができた。

「わたしの飛行能力と比べたらあの程度の揺れなど問題ありません。それよりもよろしいのですか?スギに力仕事を任せてしまって」

「シスカちゃん、これは男がやんなくちゃいけない大事な仕事なの!だからシスカちゃんはそこでうちのカッコいいところ見ていてよ」

 そう、男の頑張りの様子を彼女に見てもらう。それが手漕ぎボートの醍醐味なのだ。それに今日はいつものメイド服ではなく白のワンピースに白い帽子、いつもシュッとしてるイメージから清純なイメージに変えた由衣のコーディネートに今は感謝しなきゃだね。

「ところで、さっきからずっと同じところをグルグル回っていますが……」

「えっ!?あ、ホントだ!?」

「フフ、何をやっているのですか。頑張ってくださいよ、ス~ギ」

 と、いつもと違うはにかんだ笑顔を見せてくれて、うちはつい頬がゆるんでしまった。

 マリアとの戦いが終わってから、彼女も大分表情が垢抜けたように見えた。ただ去り際にマリアが言ったことが少し気になるけど、今は二人っきりこの至福のひとときを満喫していよう。

「それにしても、ここはホント面白い星ですね。見ず知らずのわたしにこんな優しく接してくれたり、少し移動しただけで景色がガラッと変わったり。いっそここに移住したいぐらいです」

「それほどシスカちゃんも地球の暮らしに慣れてきたってことだね。最初の頃なんてあなたたちは奴隷です!とか言ってたのに」

「あ、あの時は!?まだ事情も把握しきっていなかったのもあって!?」

「大丈夫だよ、いつだってうちは君の奴隷なんだから」

「スギ……」

 正直この環境じゃなかったら絶対勘違いされそうなセリフだ。けれどこのセリフにシスカちゃんは少し顔を赤らめていた。

「じゃ、じゃあこのまま真ん中ぐらいまで行ってみようか。あそこまで行けば逆さ富士が見えるし……」

「あの、スギ……」

 と漕ぎ始めようとした時、シスカちゃんは突然問いかけた。

「ん?どうかした?」

「あの、今更聞くのも難ですがどうしてこんなわたしを好きになったんですか?」

「そんなの、君がどんな花より可憐で美しい存在だからに決まってるじゃないか」

「わたしが、可憐……。ずるいです……。そそそそそ、それも嬉しいですが!」

 あ、すごい照れてる。

「わたし、あなたの恋人でありながらあなたのことを知らないんです!わたしのために守ると言ってあのマリアと互角に戦えるなんて、あなたには謎が多すぎるんです。……あなたは一体何者なんですか?」

 彼女のその真剣な眼差しについ気持ち後ろに引いてしまった。やはり戦闘に優れていた彼女は勘が鋭いようだ。

「……はぁ、わかった。別に隠すつもりはなかったけど、そんなに言うならうちの昔話聞かせてあげるよ。うちは、とても弱かった故に大事な人を死なせてしまったんだ」


 ―――――うちが小学生の頃、親の都合で大阪に引っ越すことになった。あの当時人見知りだったうちは大阪という新しい環境に馴染めるわけもなく、日に日にストレスを溜めてしまいいつしか親にもクラスの連中にも当たるようになっていた。

 事あるごとにトラブルを起こし周りから所謂不良と呼ばれるようになって数年が経ち、中学生になると次第にそういう仲間とつるんで遊ぶようになっていた。上は高校生で下はうちらみたいな中学生とバラバラな集団だった。うちが髪を染めたのも確かこの時ぐらいだったかな。あの頃は万引きしたりバイクに乗って暴走したり隣町の奴らと喧嘩したりしていて、うちの名も大分知れ渡っていた。喧嘩の要領も良かったからかあの町には負けなしの中坊がいると、集団の中で一目置かれる存在になっていた。

 そしてある日、うちに彼女ができた。厳密に言えばうちに付きまとってるって言うべきかな。

 彼女の名は日根野 すみか、当時のうちとは真逆の真面目で誰にでも好かれるクラス委員だ。

 栖はよく授業をサボるうちを気にかけてしょっちゅう屋上に来ては話しかけてきた。最初は先生に頼まれて説教しに来ていたらしいが、いつの間にか栖もここに居座るようになった。「空見上げてるのも悪くないね」って。

 最初は理解できなかった。こんなうちに何でこんなに付きまとってるんだって。こんな奴ほっとけばいいのにって。

 それでも栖はうちに付きまとっていた。お昼休みに今日の授業の内容を教えに来たり、帰るときにわざわざ待ち合わせするぐらいしつこくくっついてきて、それを見ていた奴らから栖と付き合ってるっていう噂が流れ始めていた。

 そしていつしかうちも栖と打ち解けるようになり、二人でいる時間が次第に増えていった。こんなうちを大事にしてくれる人がいるんだって、そう思えた。それと同時に、つるんでいた仲間と遊ぶ時間が少なくなっていった。他のグループとの喧嘩も何度かバックレる時もあった。

 そんなある日の夜、久々に仲間たちと遊んでいた時、ある一人がうちに話しかけてきた。「そういえば随分かわいい子と付き合ってるみたいだな」と。この時はどうせコイツも他の奴らみたいに茶化してるだけだろうと思った。「アイツが勝手に付きまとってるだけだ」と答えると、ソイツは「ふ~ん、付きまとってるだけな」と曖昧な返事をしていた。

 それからうちはソイツらと遊ぶことがもっと少なくなり、栖と過ごす時間が増えていった。いつしか二人でいることに幸福さえ感じるようになっていた。

「君はさ、このままあの人たちといるべきじゃないの。君が変わればクラスのみんなと絶対うまくいくって」

「勝手に決めるな、うちが好きでやってることに首突っ込むんじゃねえよ」

「でも、このままじゃきっと……」

「お前はさ、少し調子に乗りすぎだ」

 それからだ、それから少しずつ違和感が生まれ始めた。あの時うちはそれに早く気づくべきだった……。

 数日後、いつも通り屋上で栖に会うと少し表情が暗く見えた。「何かあったのか?」と聞いたものの「ううん、ちょっと気分が優れないだけ」と言ってはぐらかされていた。その翌日、遂に栖は屋上にすら姿を現さなくなった。栖は、学校から姿を消した。

 担任の話によると突然どこかに行ってしまったらしく、家族も連絡がつかないという。当然今まで一緒にいたうちにも疑いの目は向けられたが「こっちが聞きたい!」と逆ギレしたらそれ以降向けられることはなかった。

 そして彼女が学校を休みだし、音信不通になってから数日、つるんでいた仲間から電話が来た。「面白いのがあるから来い」と。

 いつも集まっていた廃ビルに向かうと、そこには既に十数人が待っていた。その時に少しずつ感じていた違和感が確証へと変わった。何か嫌なことがあると。

 そしてその集団の中心にはあの時彼女のことについて聞いたアイツがいた。「どういうつもりだ」と問いただすと、奴らは笑い出した。そしてそのうちの一人が奥から誰かを引っ張り出し、床に叩きつけた。

 それはボロボロにされて微かに震えている栖だった。

「コイツ、いきなり央と縁切れやっつって絡んできてな。何度も何度も来てあまりにしつこいからつい壊してもうた」

 そう言って彼らは一斉に笑い出した。

 そっか、うちを更正させようとしてアイツらに直談判してくれたのか。そうか、うちのために。

 そして、その時の記憶はそこで途切れてしまった。

 気が付くとうちはボロボロになって倒れていた。周りを見渡すとうちと栖だけしかおらず、奴らはとっくにどこかへ行ってしまっていた。きっと奴らと戦って力尽きたのだろう。生きてるのが不思議なくらいだ。うちは這いつくばりながら栖のとこまで行くと、既に彼女は冷たくなっていた。

 そっか、うちが弱かったから栖は死んだんだ。うちが弱い故に、うちの心が弱かった故に……。

 何とか助けを呼んだうちはすぐに病院に搬送され、奴らはその後警察に捕まった。うちも回復した後警察から事情を聞かれた。お咎めはないものの、代わりに栖の両親から叱責を受けた。「アンタさえいなければ娘も死なずに済んだのに」と。

 その通りです。うちが全部悪いです。

 それから数ヶ月後、親の計らいで再び群馬に戻ることとなった。もう既に学校に居場所はないことを、両親が汲み取ってくれたのだろう。そして、この町に戻った時あの二人は笑顔で迎えてくれた。その笑顔を見て、うちはもう何も失いたくない一心で性格も運動神経も全てを変えた。まあ、あまりに変わりすぎて二人はちょっぴり動揺していたけどね。


「……とまあこんな感じで今のうちができあがったってわけ。未だに『うち』って言ってるのも剣道始めたのもあの頃を忘れないための戒めみたいなものかな。ってごめんね、せっかくの楽しい時間なのにこんな重い話しちゃって。あ、あとこの話は二人には内緒だからね」

 と、うちはこの湿った話を終わりにしようとして再びオールを漕ぎ始めようとすると、シスカちゃんはすっとうちの手に触れた。

「シスカちゃん?」

「あなたって人はホントバカですね。あまりに不器用すぎて、心配になるぐらい実直で。とても、辛かったんですね」

 と、シスカちゃんはそのままぎゅっとうちの手を握った。

「……うん、すごい辛かった。もうあんな後悔しないために、うちの知ってる誰かがもう二度と傷つかないために一杯努力した。だからあの時、君を救えたことが一番嬉しかったんだ」

「きっと、その栖さんも今のあなたを見て喜んでいるんじゃないでしょうか」

「そうかな。そうだといいね」

「フフ、あなたの実力はわたしが保証します。だから、これからは笑っていきましょう」

 彼女の向けた笑顔にハッとする。この笑顔はうちが努力して見れた笑顔なんだ。うちが笑わないでどうする。

「ありがとう、シスカちゃん」

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