第五話5
リディアが興味を示したのはラジオの公開放送のスタジオだった。あることは知っていて駅を使うとき何気なく素通りしていたけど、こんなにまじまじと見たのは初めてだった。
ふ~ん、普段ラジオそんな聴いてなかったけどこんな感じで番組やってたんだ。てか何だ今の『朝に耕す』って曲……。
まあリディアが地球の色んなことに興味を持ってくれるのは嬉しいことだ。ただ、未だに手には例のスライム型ブラを持っているが……。
『お嬢さんお嬢さん、そっちの天井にマイクがあるからちょっと喋ってみて』
「えっ、これですか?あーあー、聞こえますか?」
どうやら天井に付いているあのスピーカーのところで音を拾えるらしい。
『うん聞こえる聞こえる。ねえねえ、さっきの曲どうだった?ミリオン行けると思う?』
「きょく……って何でしょうか?」
『曲って何ですか?あ、さっき流れてたミリオンヒット間違いなしの曲』
自分で言うかよ……。やべっ、もう一人のパーソナリティとツッコミがかぶった。
『それにしても結構日本語流暢だよね。ずっとこっちに?』
「確か14日ぐらい前にこの星に」
んっ?
『マジで!2週間ぐらいでそんなペラペラなん!?すげえ!!』
「そんなことないですよ。宇宙船にある翻訳機をこの星の言語に合わせているので」
ちょっと待て。
『へ~最近の翻訳機ってのは星まで指定できちゃうんだ』
う、うんまあナイスフォローありがとう……。
『ねえねえ、ずっと気になってたんだけどそのスライムって映画館のとこのユーフォーキャッチャーの景品?』
「これですか?わたしたちの星のブラジャーですよ?」
もう隠す気なくした!?
『えっそれブラな……』
「わ~~~~~~~~!?」
俺は間髪入れずリディアの手を掴みその場から急いで逃げた。
ラジオスタジオから逃げ出した俺とリディアは駅西口のペデストリアンデッキまで走った。
「まったく、あんなにベラベラ喋って何考えてんだよ」
「ごめんなさい、珍しいの見てつい……」
「まあ聞いてる限りあの人たちも本気で思ってなかったからいいけど、今度何かあったら責任取れないぞ」
「その時は、この前みたいに勢いで~!ってできないですよね……」
と、リディアはしゅんと落ち込んだ表情を見せた。
「……んまあ、リディアが宇宙人ってバレたところで何も変わりそうにないだろうな」
「んもうっ!それってわたしが侵略する風に見えないってことですか!?」
「実際そうだろ。侵略の方法が夏休みの思い出作りって言われたら誰も信じないよ」
「それはそうですけど、何か納得いきません!」
まぁかと言ってマリアみたいにあんな武力行使で来られたらそれはそれで嫌なんだけどな。能力も才能も何もない俺にとってこの巡り合わせはある意味幸運なのかもしれないな。
すると、ふと俺の顔に光が射し込んだ。
「……っ!」
「ミコトさん?」
膨れ顔のリディアがふと怪訝そうに見つめると、俺は彼女の顔を西の空に向けた。
「ああっ!」
俺たちの視線の先、そこには雨上がりの澄み渡った夕焼け空が広がっていた。街も人も俺たちもみんな黄金色に染めるほどの大きな夕陽に、彼女はつい言葉をなくしていた。
「俺には何の力もないけどさ、できる限りリディアのアシストはしていきたい。だからお前は、俺に気にせず色んなことを経験してほしいんだ」
「ありがとう、ございます……」
「本当は、マリアのこと考えてたろ?」
「そんなこと!?……はい」
あのお祭り以降、リディアは少し落ち込んでいるように見えた。俺の腕に残った傷をチラチラ見ては目を逸らしたり、一日安静にしていたシスカを心配そうに見つめていたり。半分鎌掛けではあったがどうやら自分のせいでこんなことに、みたいなことを思っていたのだろう。
「わたしがミコトさんたちに会わなかったら皆さんがあんな目に遭わずに済んだかもしれないってずっと思ってたんです。ミコトさんも、みんな優しいから何も言ってくれないけど、ホントは憎んでるのかもしれないって考えちゃうんです。わたしがもっとちゃんとしてたら、もっと皆さんを守る力を持っていたらって思えば思うほど、つらくなっちゃって……。だからミコトさんの前ではできるだけ元気でいようって……あいたっ!?」
俺はだらだらと後悔の念を語り出したリディアに軽くチョップを加えた。
「勘違いすんな」
「えっ?」
「俺たちはお前を守りたいからやってんの。楽しいからやってんの。それだってのに当の本人がそんなくよくよしてたら楽しいものも楽しめなくなるだろ。前にも言ったけど、お前はお前のしたいことを全力でやれ。そりゃああんなヤバい奴が攻めてきたら俺だって恐いよ。でもさ、全部予定調和で進んだら思いがけない発見も見つけられないと思うんさ。全て受け止めるのも悪くないんじゃないか?」
「全てを受け止める……」
「今日だけでも予想もしなかった経験をいっぱいしただろ?それどうだった?」
「全部、全部楽しかったです!もし学校に来なかったらあの服を着たりあのガラス越しの人たちに会うことのないまま今日を終えてたのかもしれません」
「よろしい。なら今日はいっぱい書けるな」
「はいっ!!」
と、夕陽に照らされた彼女の表情はこれまでで一番いきいきとした笑顔だった。彼女をずっと守りたい、何が何でもこの笑顔を守りきる。そう思いながら俺はそっと彼女の頭を撫でてやった。
ただ、彼女は相変わらずスライム型のブラを手に持ったままなのが少し残念だが・・・・・・。




