第五話3
「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい……」
俺たちに正体がバレた魔法少女こと君塚は、あれ以降視聴覚室の隅でぶつぶつと呟きながら落ち込んでいた。
俺も未だ信じられないが彼女の名は君塚沙雪。同じクラスで普段は眼鏡をかけ、お下げ髪のいわゆる地味な文学少女だ(ピンク色の髪はやっぱりウィッグだった)。先生に聞いて知ったが彼女は演劇部に所属しており、部活では別人に見えるほどメイクがうまく役に入ると全然キャラが違うという。ついでにコスプレも好きで、夏と冬に都内でやっているあのイベントにも参加しているらしい。
「はい、これで全部ですね」
「ありがとう進藤くん。お礼のハグしてあげるわ」
「間に合ってます。それで、ごめんなさい。またうちの親戚を連れて来ちゃって……」
「今日は夏休みだし構わないわ。それにしてもリディアちゃんだっけ?やっぱり外国の人だけあって西洋の格好がすごく似合うわね。どう?わたしたちの部活入ってみない?」
「先生、勝手に勧誘しないでください。そもそもここの学生じゃないし」
「え~いいじゃな~い。こんな衣装の似合う娘、そのままにするのはもったいないわよ。どうリディアちゃん、今度文化祭でやるお芝居の衣装着てみない?高校生でまだ魔法少女やってる子が世間の荒波と立ち向かう話なんだけど」
なんだその夢をぶち壊す気満々な話は……。それで君塚があんな魔法少女になっていたのか。
「しかしあの君塚がこんな感じに変わるなんて。何度か演劇部の舞台見てたのに全然気づかなかったよ」
「……だって、クラスのみんなにバレたくなかったんだもん。僕オタクだし、イジられるのが恐くて……」
と、少し涙目になりながら君塚は話してくれる。
「君塚さんをスカウトしたのは先生なの。中学時代オタクだからって理由でいじめに遭ってたみたいで、高校に入ってからも友達を作れずずっと殻に籠もりっぱなしだったの。で、先生が説得して演劇部に誘ったわけ」
「あの時、先生がどうせ殻にこもるならあなたの好きなキャラクターという殻に籠もってみない?って言ってくれて、それで演劇部に入ったんだ」
俺はあまりオタク事情については詳しくないけど、そういうことでいじめられている子は少なからずいた。そんな君塚もその一人だったのか……。
「俺は別にオタクだからとか気にしないけどな。でも君塚もすごいよ、そっからこんなキラキラできるようになるなんて。俺なんてまだ何も見つけられてないのに……」
そう、俺はまだ何になりたいとかどう変わりたいとか決められないでいた。リディアと出会って、目まぐるしく色んなことが起きたけど、俺は何かを見いだせたのだろうか?
「進藤君は将来なりたいものってあるの?」
「将来……」
多分親父の後を継いで神社の仕事をするんだろうなってだけは考えていたけど、それ以外は何も思いつかなかった。
俺のしたいこと……。
「俺は……」
「ミコトさんはわたしと一緒に地球征服するんですっ!」
と、こんな俺の腕をリディアはぎゅっと抱きしめた。
「「……えっ?」」
突然の彼女の言葉に二人はきょとんと目を丸くした。
俺は……、ああ、俺はもう見つけていたんだ。コイツと一緒に思い出を作る、それだけで十分じゃないか。
「そうっ!俺は宇宙から来た侵略者リディアの配下となりこの地球を征服する!もう誰も俺たちを止めることなどできないのだっ!!」
と、俺はそれなりに悪者っぽいアクションを見せつけ、二人をさらにきょとんとさせた。
「……進藤君」
すると突然苺先生が俺の両手をぎゅっと掴みだした。あれ、俺またやらかしたか……?
「素晴らしいわ!あなたにそんな芝居の素質があるなんて!確かまだどこも部活入ってなかったわよね?どう、進藤君も演劇部に入部してみない!?」
おっと~?まさかの苺先生が食いついたぞ~?しかも最初っから嘘だって割り切ってる~。……まぁいいか。とりあえず、
「先生。全力でお断りします」
あの後芝居本能に火がついた苺先生と君塚に入部を迫られたが、俺たちは何とかその場を抜け出した。補習をしていた教室に戻ると既に倉持と笹本はおらず、室内はがらんとしていた。
「ミコトさんのスクールの人って、みんな面白い人ばかりですね」
「賑やかすぎて疲れるよ。ホント、あの二人が残ってなくて助かった……」
実際あのコンビがいたら一気に詰め寄られるだろう。それに地球征服について話したらどんなリアクションされるか……。
「それはともかく、言い忘れちゃったけどありがとな。わざわざ傘持ってきてくれて。まったく、今日雨降るなんて聞いてなかったよ……」
「ミコトさんは雨は嫌いなんですか?」
「まぁあんまり好きじゃないかな。濡れるの嫌だし傘持つのめんどくさいし」
「わたしはこの雨好きです。わたしの星にないからっていうのもあるんですけど、いつもと違う空気とかいつもと違う音とか感じられて、まるで別世界に来ちゃったんじゃないかって思うんです。それがとても面白くてついはしゃいじゃいました」
リディアの住む星には雨は降らないのか。ならはしゃぐのもわからなくはない。今まで雨の日は少し憂鬱になっていたけど、こうして視点を変えればきっと楽しく感じられるだろう。
「俺も少しは好きになったかな……」
「ミコトさん?」
「何でもない、それじゃ俺らもそろそろ帰ろうか」
「あ、あの……ミコトさん。ちょっとだけ、キスさせてもらっていいですか?」
と、リディアは突然もじもじしながらキスをねだってきた。
「えっ?どうしたんだよ急に」
「えへへ、思ってた以上にエネルギー使ってたみたいで。……だめですか?」
言われてみればここまで瞬間移動を使い、君塚と追いかけっこをしていればそりゃあ体力は消耗するだろう。
しかしあの海での一件以降、リディアもキスについて意識するようになったみたいで、少し顔を赤くしながら聞いてくるようになった。今ももちろん顔を赤くし、時々目線を逸らしながら俺を見つめている。
「べ、別にだめじゃないけど……」
そんな彼女の表情があまりに可愛らしく、俺もはじめの頃よりかなり心臓がバクバクしている。落ち着け、落ち着け俺っ!?これはエネルギーの補給!エネルギーの補給っ!!
「んっ……!」
リディアが目を瞑って少し背伸びをする。俺はそっと彼女の後頭部に手を回し、ゆっくりと顔を近づける。あと数センチ、あと数センチのところで、
「…………っ!?」
倉持と笹本の二人に見られてしまった。
「よ、よお……」
「お取り込み中だったみたい……だね?」
二人は手を振りながら教室のドアをそ~~っと静かに締めると、「先越された~~~~~~!!?」という笹本の悲痛な叫びと「待ってよ笹本~~~!!」という倉持の叫びが廊下にこだました。
「なんだったんだ、アイツら……?」
「ふふっ……あははははっ!やっぱり面白いですね!このスクール!」
と、リディアは堪えきれず吹き出すと、俺もつられるように笑ってしまった。さっきまでドキドキしていた気持ちなどどっかに吹き飛んでしまうぐらい。
「あははははは!!まったく、見たかよあの二人。先越された~~~!?って!」
「はいっ!すごい速かったですね!」
この時間がとても楽しかった。もしこのまま夏休みが過ぎてこの学校でリディアと一緒にいられたら、なんて気持ちが一瞬よぎった。それは、叶わない願いだとわかっていても。




