第四話8
「由衣っ!?」
嫌な予感がした。すぐさま由衣のところに駆けつけると、不意に突風が吹き荒れた。
「探したよ!アタシのかわいいシスカ!」
「マリア!?」
空を見上げるとドラゴンのジーナに乗ったマリアが嗤いながら俺たちを見下ろしていた。ジーナの後肢にはぐったりとした由衣が捕らえられている。
「本当にドラゴンが……」
「おいっ!由衣を離せ!?」
彼女は俺の叫びなど目もくれず、恍惚した表情でシスカを見つめていた。
「喜べシスカ、ここで死んでくれたらこの子たちにはもう手を出さない。もしまだ逃げるって言うなら……わかってるよな?」
「くっ……」
選ぶ術のない選択肢にシスカの表情が歪む。わたしが浮かれてしまったからこのような結果を招いてしまった。お嬢様を守れるのならばわたしのこの命など……。
「わかりました。では、貴方を倒してこれまで通りお嬢様に素敵な思い出を作らせてもらいます」
と、シスカは細剣を引き抜き、マリアに切っ先を向ける。
「シスカちゃんよく言った。絶対みんなででっかい花火観ようね」
「はい、絶対戻ってきます。フフ、楽しみにしてますよ」
勝てる確信など正直ない。けれど今のわたしに負ける気などなかった。皆さんが、いるから。
「アッハハハハハハ!!アタシを倒す?虫けら以下のお前が?」
「そうです、貴方とはここで決着をつけさせてもらいます」
「それなら……今すぐ殺してやるよ!!」
先手はマリアからだった。ジーナの腹部を蹴ると大きく口を開け猛スピードでシスカに向けて降下してくる。すぐさまシスカは右へ避けようとするが足に鞭が巻き付き、一気に引っ張られてしまう。
「っ!?」
ジーナが飛翔するとともにシスカも空中へと引っ張られる。
「落ちろっ!!」
シスカの身体はマリアの操る鞭によって振り回されそのまま地上に叩きつける。
「かはっ!?」
「シスカっ!?」
だが彼女に猶予など与えない。繋がられた鞭により再び引っ張られ上空へと放り投げられる。
「悪い子には罰を与えなきゃねぇ……」
放り出されたシスカに鞭の乱打が襲う。まるで怒り狂った女王様のように。
「ほらほらほら!もっと優雅にっ!踊ってくれよ!!」
言葉の通りシスカは空中で踊るように攻撃を受ける。
「っ!?」
するとそこにヒュンと一本の棒がマリアめがけ飛んできた。それは地上にいるスギの持っていた木刀だ。
だがそんなことにマリアは狼狽えず、ついでのように鞭で弾き飛ばす。
「虫が……」
だがその一瞬で十分だった。シスカは鞭の一瞬の隙をつきマリアの腕に斬りつける。
「!?」
そしてシスカはよろけながらも地上に降り立つ。艶やかだった浴衣も至る所が斬られ、血が滲んでいた。
「その虫に傷つけられる気持ちはどうです?マリア」
「……もう怒った。全部壊す。全部殺す!!」
彼女が乱暴に鞭でジーナを叩くと、怒り狂うように口から炎を撒き散らしどこかへと飛んでいった。
「なんだアイツ、いきなりどっかに……」
「あの方向……まさか、この街を破壊しに!?」
そう、彼女が向かった先はさっきまで俺たちがいた市役所の方、つまり祭りでごった返す市街地だった。
「いけません!?追いかけます!!」
「待ってシスカちゃん!」
追いかけようと羽を広げるシスカの腕をスギが引っ張る。
「何ですか!ヤツを逃がしたらこの街は……、んっ!?」
その瞬間スギはシスカの身体を引き寄せながら口を塞いだ。あのキスで。
「これしかできないけど絶対花火観ようね……」
と、スギはそう言い残しぐったりと倒れた。
「ありがとうございます……。約束、絶対果たしますから」
愛する人にそう言い残し、シスカはマリアの後を追った。
ジーナの飛行速度は追いつけない速度ではなかった。先ほど負った怪我もスギのおかげで一気に回復し、市街地の手前、河川敷の上空辺りでようやく彼女の前に出ることができた。
「ほぉ?あんなにボロボロにやられてたのにもう追ってきたか。そんなにアタシを愛してくれるなんて嬉しいねぇ!」
「悪いが、貴様を好きになった覚えはないんでな。とっととケリをつけさせてもらうぞ」
細剣を抜き立ちはだかると、マリアは恍惚とした笑みを浮かべ彼女を見つめる。やっと誰の邪魔も入らずに彼女を殺せる……、まさに狂喜と言ってよい笑みだった。
「早く始めましょう!アナタを塵一つ残さないぐらい殺してあげるわ!!」
彼女がジーナに鞭を入れると怒り狂うように雄叫びを上げ、シスカに突進してくる。
「そうか……、ならばわたしは貴様を完膚なきまでに叩きのめす!!」
彼女は先ほどとは違い真っ正面に突っ込み、すれ違いざまにマリアの頬に傷が入る。続けざまに斬りかかるが彼女も鞭で剣をはじく。その一瞬の隙にジーナが大きく口を開け食いちぎろうとした。
「ぅぐっ!?」
ギリギリで回避したものの右腕の袖が食い破られた。
「ふぅ……、さっきよりできるようになったじゃないか。まだ完全に平和ボケしてないみたいだな?」
「貴様に褒められる日が来るとはな。生き延びてみるものだな」
「でも次で、息の根を止めてあげるよ!!」
再びマリアの鞭がしなる。シスカが避けるも鞭の先端は追い続けた。
「学習しない子、もう逃げられ……えっ?」
アタシの鞭が追いつけない……。というより、さっきより速くなっている!?
「どうした、自慢の鞭はその程度か?」
「フフ、フフフ……、面白いっ!それでこそシスカ!!もっともっとアタシを楽しませて!!さあっさあっ!!」
マリアは電撃を受けたように身体を震えさせる。それはまるで薬物でもキメているかのように。
シスカもそれに呼応するように連続して細剣を振るう。先ほどより動きが速く、マリアが圧されているように見えた。だが、彼女は絶えず笑っている。
「イイっ!イイっ!!その調子!もっと!もっと!!」
シスカですら今までこんなマリアを見たことがなかった。劣勢になっているのに何故彼女は笑っていられるのか……、これがマリアの本能なのか。
ならばこの勝負、早く決着をつけた方が良さそうだ。
シスカは少し距離を置き体勢を整えるとゆっくりと腰を屈めた。
「これで決着を……つける!!」
細剣を一文字に大きく振り突風が繰り出される。
ブォン!!
突風は白い煙となり鎌鼬となってマリアに向かう。
ドォン!!
鎌鼬がマリアに炸裂し煙が上がる。やったか……?
「……やはりな」
煙が晴れるとそこにはマリアの周りを円形のバリアが覆っていた。彼女の持っている特殊能力を把握している故、こんなことでくたばるわけがないことぐらいわかっていた。ではもう諦めるか。いや、諦めるのはまだ早い。何か、何かあるはずだ。
「もう終わりかい?じゃあアタシも必殺技見せちゃおうか!!」
と、マリアが右腕を上げると手の平から光の玉が生み出された。
「…………!?」
そしてそれはだんだんと膨張していき、5メートルはあろうかというぐらいの大きさとなった。
彼女は本当にケリをつける気だ……。手の平から繰り出された光の玉、それは触れただけで無に還るほどの力を持つ『ホワイトボール』。以前、彼女を本気で怒らせたときに見たことがあったが、それを使用した途端相手どころかそこを通過した建物全てがごっそり消えてなくなったのである。謂わば小さなブラックホールというべきか。
こんな代物を相手にどうしろというのか。打ち返すとかそんな柔な考えは通用しないだろう。
「ごめんなさいお嬢様。どうやら約束は果たせそうにないですね……」
シスカはゆっくりと目を閉じる。そして……、
「きゃああっ!?」
マリアの悲鳴が響いた。




