第四話7
由衣が指さした場所、そこは今いる市街地から約3km先、川を渡った先にある小高い山『観音山』だった。高崎市民なら知らない人はいない巨大な観音様が山の上に立っていることからそう呼ばれている。確かにそこから見える花火は最高かもしれないが、正直そこまで行くまでがかなりきつい。中学生の頃、学校からその観音様まで登ったときはみんなバテバテ状態だった。ましてこんな真夏のど真ん中に登るなんて……。
「まったく男のくせにだらしないわね。向こうに着いたら伯父さんの店のジュースぐらい奢ってあげるから我慢しなさいよ」
その観音様までには参道があり、その中で由衣の伯父さんがおみやげ屋を経営している。俺らも昔から何度か行ってて、かわいがられている。
「あの山の上で光ってるとこに行けばいいんですか?」
行く前からへばっている俺らに、リディアは遠くに見える観音様を細い目にして見つめながら問いかける。太陽はもう浅間山に沈み始め、山の上にある観音様は既にライトアップを始めていた。
「そうあれ、でもぶっちゃけ花火間に合わないんじゃないか?」
時刻はもうすぐ6時半過ぎ、30分で着くかどうかさえわかんない。
「じゃあ、ちょっと手を貸してください」
と、リディアは突然俺の手を握ると「みなさんも手を繋いでください」と促す。急に何をする気だ?
「すぅ……」
一瞬の出来事だった。リディアが目を瞑り静かに息を吸うと、あっという間に景色はあの観音様の真っ正面に移っていた。
「えっ!?えっ!?」
俺たちはこの一瞬の出来事に気が動転する。その一瞬はまさにテレビのチャンネルを変えるようにあっという間だった。
「ひゃあっ!?」
そんな俺らの驚きがぶれるようにリディアはこの巨大な観音様にコテンと尻餅をついてしまった。
「お嬢様!?まさか、この星にこんな巨大兵器を持っていたなんて……!?」
シスカもシスカで突然現れたこの巨大兵器観音様に警戒して剣を構えていた。
「落ち着いてシスカちゃん。これただの石像だから」
「そ、そうですか……。わたしとしたことが取り乱してしまいました」
「では、これは一体……」
「観音様だよ、って言ってもよくわかんないよな。まぁこの町を見守る神様みたいなものだ」
うちは神社の家系なので神と仏の違いについて話すことはできるが、それを彼女らに話したところで余計こんがらがると思うので簡単に説明した。
「神様……?」
「えっ、まさか神様も知らない?」
「よくわからないのですが、この星のリーダーなんですか?」
どうやら本当に神という概念を知らないらしい。まあ当然と言えば当然か。
「ざっくり言うと神っていうのはすごい力持ってて願い事とか叶えてくれる人のことだよ。まあ精神的支柱みたいなもんだな」
「そんなすごい人がいたんですね!こんな巨大な人なら納得です!」
いや、大きさは別に……まあいいか。
「あまりピンときませんが、わたしたちの星で言うミカドということでしょうか」
ミカドというのは彼女らの星の中央政府、またはその王。ある意味間違ってはいないな。
「じゃあ、せっかくだからみんなでお祈りしとくか。リディアの課題がうまくいきますようにって」
「そうね。二人とも、目を瞑りながらこうやって手を合わせて、お願い事を頭の中で唱えて」
「こうですか?」
と、リディアとシスカは由衣の見様見真似で手を合わせてお祈りをした。
どうか、無事にリディアの課題がうまくいきますように。
…………。
「さて、そろそろ始まる時間だし移動しましょうか」
と、俺たちは観音様のある寺の境内から離れた参道まで移動する。途中由衣の伯父さんのお店に寄り挨拶をした後、少し離れたお店の駐車場まで向かった。
「あ、わたしはジュース持ってくから先に行ってて!」
と、由衣はお店に残り俺たちはその駐車場まで向かう。ちょうどここは市街地側で開けており、夜景も見渡せる。私有地だからなのか、あまり知られてないのか、他にここで見に来ている人はいなかった。
「すご~い!街が光り輝いてます!」
リディアはどこまでも続く高崎の夜景を目をキラキラさせながら眺めていた。
「ミコトさん、あの大きい建物は?」
「ああ、あれは市役所って言って町の色々なことを管理するとこだ」
そういえば、この街の夜景を見るのは何年振りだろう。親の仕事の関係で21階もある市役所の展望レストランで食事した時以来か。
「あれ!もしかしてミコトさんのスクールですか?」
「リディアすごいな!よくあんなとこ見えたな!そう、あれが俺たちの学校だよ」
見えないけど多分、方角的に合ってると思う……。
「いつか、ミコトさんたちと一緒にスクールに通ってみたいです。きっと、毎日が楽しそうでしょうね」
リディアがクラスメイトになったら、そんなの……、
「そんなの、楽しいに決まってる!文化祭も体育祭も初詣もバレンタインもホワイトデーの時もリディアと一緒に楽しみたい!」
「じゃあ、わたしもそのブンカサイができるように頑張らなくちゃですね!」
あれ、考えてみれば女の子と夜景見るってめちゃくちゃ恋人っぽいじゃん?それまでがあまりにもドタバタすぎて忘れていたけど俺、かなり恋人っぽいことしてるじゃん。
「スギ、それは?」
「ああ、念には念をって思ってさっき買ってきたんさ」
そんな俺をよそにスギがちゃっかり買ってきたのはお店に売ってた木刀。修学旅行以外で買うヤツ初めて見た……。
「これは、剣ですか?随分と不思議な素材でできてますね?」
「木でできたやつだからね。正直こんな木の棒でどこまでやれるかわからないけど、ないよりはあった方がいいかな」
「そうですね、少しぐらい役に立ってもらわないと困りますから」
「任せといて!と言ってもうちがかなう相手じゃないってわかってるけどね」
「スギ、もしあれ以上に危険なことがあったらすぐに逃げてください。それが、わたしからのお願いです」
やはりシスカも昼間のことは心配だったらしい。太刀筋が良かったとしても互角に立ち向かえるかと言えばそうでもない。一歩間違えば死んでしまうかもしれないのだから。
「さて、あなたたちの星のその花火とやら、じっくり見させてもらいましょう。期待はずれだったら許しませんよ?」
と、シスカはにっと笑った。こんな表情、初めて見た……。
「いやああああああ!?」
突然、遠くから由衣の悲鳴が聞こえた。




