第三話3
「たっだいま~。結局先生に捕まって叱られ損だったわ。考えてみれば顔がわかんないのに不審者なんかわかるはず……いやあああああああ!?なになになに何なのよこの人ぉ!?」
不審者探しから帰ってきたレナは目の前のこの状況に思わず悲鳴を上げました。
「あっレナ、お帰りなさい。今ね、この侵入者さんを治療してるんです。もう少しで治療終わるからちょっと静かにしてね」
「あ、ごめん。じゃなくてっ!アンタその侵入者がどんな人かわかってるの!?外の世界で人殺ししてたのよ!?」
やっぱりこの人、悪い人だったんだ。
「でも大怪我してる人を放っておけないです。それにこの人、ホントは優しい人なんじゃないかなって」
「はぁ……アンタ、いつも他の子とズレてるなとは思ってたけどここまでズレてたとはね……。で、どうすんのよこの侵入者。目が覚めたらわたしたち殺されるかもしれないのよ?このままこの部屋になんて……」
「ダメ、ですか?」
するとレナは「うっ……」と、突然わたしから顔を背けてしまいました。
「レナ?」
「あ~~~もうわかったわよ!アンタの好きにしなさい!殺されたらアンタを一生恨むからね!!」
よくわかりませんがどうやら了承を得られたようです。
「話は済んだか?」
振り返ると救護ポットで横になっていた侵入者さんが目を覚まし、ゆっくりと上体を起こしていました。
「侵入者さん!」
「ひッ!?……って、アンタ女だったの!?」
くしゃくしゃな髪とボロボロの服でレナはこの人が女性だったことに気付かなかったようで、怖れよりも驚きが勝っていました。
「なんだ、男の方が良かったか?安心しろ、お前たちを殺すつもりなど微塵もない」
「と、突然現れた殺し屋に安心しろって言われて誰が信じるのよ!?さっき先生から聞いたけどアンタ、『アズール』って組織の一味だそうじゃない?」
「あずーる……?」
聞いたことのない名前につい「?」を浮かべてしまいました。
「反社会組織、と言えばわかるか。わたしはこの世界を変えるために我々にとって邪魔な者を消してきた」
「そんな怖い組織の人だったんですか!?」
「今更驚いてるんじゃないわよ!」
このスクールでも多少外の世界の情報は入ってきますが、わたしはレナ曰くものすごく疎いようでそのアズールのことは全然知りませんでした。
「わたしにはあるミッションを与えられ動いていた。だがそれは失敗に終わった。わたしが躊躇ったばかりにな。それでケジメを付けるために組織に抹殺されるところをこうして逃げてきた」
「そんなことが……、大丈夫ですよ!わたしたちがあなたを守りますから!ねっレナ!」
「怪しい……」
「どうして?」
「怪しいに決まってるじゃない!なんでそんなヤバい組織の人間がわたしたちにこんな情報をベラベラ喋るのよ!裏があるに決まってるじゃない!?」
そう言われて初めて気付きました。確かにそんな怖い人たちが組織の話を喋るのは不自然だと。レナってホントに洞察力スゴいです!
「それもそうだな、ではどうすれば君たちは納得してくれる?」
わたしは悩みました。侵入者さんの言っていることは確かに怪しいけど、このままこの人を連行すれば確実に殺されてしまう……。それに救護ポットで治療したとはいえまだ傷も完治しておらず、このまま匿えばいずれ先生たちにバレるのも時間の問題……。
「それでも、それでもわたしはこの人を信用します!例えそのアズールの人であっても目の前に困った人がいるのに変わりはありません!」
いい策は今は浮かびません。でもこの人はわたしが守らなくちゃいけません。
「はぁ……、アンタはほんっとお人好しなんだから。いいわ、リディアの顔に免じてここに置いてあげる。まだ怪我も完治してなさそうだし、逃げる力も残ってないでしょ?」
「あ……ああ」
「何ぽか~んとした顔してんのよ」
「いや、こんなあっさりと置いてもらえると思っていなかったのでな……。君たちはつくづく不思議な子たちだ」
「不思議なのはこっちの方!わたしはまだアンタのこと完全に認めてなんかいないんだからね!」
わたしってそんな不思議なんでしょうか……?
「そういえば、まだ侵入者さんの名前聞いてませんでしたね」
「シスカだ」
結局その後もろくにアイディアが浮かばないまま就寝時間になり、明日また方法を探すということに決まりました。
この部屋にはわたしとレナのそれぞれのベッドがあり、わたしは自分のベッドの上に救護ポットを置いてるため床にクッションを敷いて寝ることにしました。レナが一緒に寝よって誘ってくれましたが、わたしの寝相の悪さを話すと色々と察してくれました。
シスカさんは疲れがどっと出たのか、食事を済ませた後すぐにぐっすりと寝てしまいました。あれだけ殺気立っていた彼女が今は安心したように優しい顔で眠っている。こうして見ていると結構かわいいものです。
「いい?何かあったらすぐ逃げるのよ!アンタぼけ~っとしてるからすぐやられちゃいそうだもん」
「大丈夫です。シスカさんはそんなことしません。わたしが保証します!」
「もう、その自信はどこから来てるんだか……じゃあおやすみ~」
「はい、おやすみなさい」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っぐ!来るな……やめろ……!?」
シスカさんはその後も何度かうなされていました。きっとそのアズールに関係のある夢を見ているのでしょう。
「大丈夫、ここにあなたの敵はいません。安心して……」
わたしはそっと彼女を抱きしめてあげました。何もしてあげられないわたしができるのはこれぐらいだけなのですから。
彼女のいたアズール、そこで一体何があったんだろう。こんな殺気立ったシスカさんですら怯えるほどのリーダーって……。
「……また、恥ずかしいところを見せてしまったか」
「あ、ごめんなさい!?心配でつい……」
「いや、君のおかげで気持ちが落ち着いた。ありがとうリディア」
「えへへ。あの、よかったら話してくれませんか?外で何が起こっているのか、あなたがどうしてアズールを離れることになったのかを」
するとシスカさんは目を丸くして驚いていました。
「君みたいな大人しい娘からそんな言葉が来るとはな……。フッその好奇心は認めよう、だがあの組織を離れる理由だけは教えられない」
「それは、わたしを守るためですか?」
「そこまで理解してくれるなら助かる。わたしを保護してくれた恩を踏みにじりたくないのでな」
「優しいんですね」
「情が芽生えてしまった。それだけだ」
そうして、シスカさんは差し支えない範囲でわたしに色々教えてくれました。スクールでは教わってないような世界が外にはあり、そして彼女はクーデターで孤児になり、そこでアズールに拾われたことなど、わたしに話してくれました。
「怖くなったか?こんな話を聞いて」
「正直怖いです。でもあなたはそうするしかなかったんですよね?わたしなんて何も知らないで外の世界に憧れてて……」
「それが普通のことだ。君はこれからも変わりなく平穏に過ごせばいい」
普通のこと、ですか。
「わたしも少し喋りすぎた。ありがとう、おかげで大分落ち着くことができた」
「あの、シスカさん。怪我が完治してもここにいられるように何とかしますから!」
「フフ、頼もしいお嬢さんだ。だが、わたしが殺人鬼であること忘れるなよ?」
と、軽く微笑みながらシスカさんはまた眠りにつきました。
「殺人鬼なんて、させませんから……」




