第三話1
「ここは……」
光も道標もない暗闇の中、わたしは一人闇雲に歩いていた。ここがどこなのかわからない。どこへ行けば正解なのかすらわからない。
「ここは一体……、お嬢様っ!ミコト様っ!スギっ!由衣様っ!」
「み~~んなアナタのせい……」
「っ!?」
周りを見渡すが誰もいない。だがさっきの声は確かに……。
「アナタがいなかったらみんな死なずに済んだのに」
「うるさいっ!!」
だが、足下の光景を目の当たりにした瞬間わたしは息を飲んだ。
お嬢様……!?皆さん!?
足下に広がった光景、それはズタズタにされた皆の亡骸だった。
「お嬢……様?」
「ざ~んね~ん。アナタの大事なお友達はみ~~んな死んでしまいました~」
そう道化師のように嘲笑いながら現れた一人の少女、それは紛れもないアズールのリーダー、マリアだった。
「マリア……」
「フフ、どんなに逃げたって無駄ですわ」
うるさい……。
「あなたは結局アタシからは逃げられない」
うるさい……。
「そして、誰も守れない」
「うるさいっ!!」
…………。
目を覚ますと朝の光が微かに目に当たる。見覚えのある天井、見覚えのある部屋。そうか、あれからわたしは寝てしまっていたのか。
この星にいるはずのないマリア。わたしたちの目の前に突然現れた彼女に為すすべもなくやられてしまった。
「くっ……」
肩に触れるとまだ少し傷が痛む。お嬢様の施しだろうか、救命装置のお陰で傷口は塞いである。
「ふにゅう……」
傍らに目を向けるとお嬢様がすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
「ありがとうございます、お嬢様……」
わたしは主の髪を優しく撫でると、起こさないようにそっとベッドから降り、一階へと降りていった。さっきの夢で少し寝汗をかいてしまったか、喉はもうカラカラだった。
「はぁ……」
わたしとしたことが、こんなに取り乱しているなんて久々だ。きっとお嬢様の優しさに緊張感が薄れていったのだろう。
「…………」
いや、お嬢様は悪くない。悪いのは油断していたわたしの方だ。わたしがもっとしっかりしていれば……。
「フッ……、しっかりしたところでどうにかなるのか?」
わたしだって自分の力量ぐらいわかっている。あの時だって、命辛々マリアから逃げてきたのだから。
「やはり、わたしがケジメをつけるしかないですね……」
水を飲み干し、音も立てずに玄関を開け外に出ると太陽の光が差し込み、近くで小さな鳥がさえずっているのが聞こえる。昼間の暑さと比べてこの時間は大分過ごしやすい。
せっかくだから少しこの星を散歩してみよう。もしかしたら、これが最後に見る景色になるかもしれないから。
「やはり、この星は美しい……」
遠くには緑の山が広がり、突き抜けるような雲一つ無い青空が広がっている。この水の張ってある四角く区画された敷地に生えている草は、確か食べられる植物を作ってるってミコト様が言っていた。我々の星では全て室内で人工的に管理された植物なのにこの星は自然の力で成長している。本当に、この星は何もかも我々に適している。こんな星があったなんてと改めて驚かされっぱなしだ。
「ここは……」
森の中に現れた大きな赤い門、その先には古びた大きい建物が立っている。確か『ジンジャ』と言っていたか、神様なるものにお願いごとする場所らしい。わたしたちの星では神という目に見えない偉いものという概念がないので、何故それを崇めてるのかがイマイチピンと来なかった。創造主と考えればいいのだろうけど何故それだけのものなのにお願いをしなければならないのだろう。
「シスカちゃん?」
そうやって考えていると後ろから声を掛けられた。
「スギ……?」
振り返るとそこには運動着姿のスギが立っていた。ランニングでもしていたのだろうか?少し息が上がっている。
「どうしたのこんな朝早くから。ケガはもう平気?」
「はい、お陰様で。そういうスギも何故朝からランニングを?」
「えっ?あ~~その……、昨日の件でうちホント頼りないなって思ってさ。シスカちゃんがピンチなのに何もできなかったなぁって……。だから少しでもシスカちゃんの力になれるようにトレーニングしてたんさ」
わたしの、ために……?
「まぁうちがどんだけ頑張ったところで、あのマリアって娘に勝てるわけなさそうなんだけどね」
そう言ってスギは笑いながら頭を掻いていた。
「……でもさ、誰かが傷ついているのに指くわえて見てるなんて出来る訳ないじゃん」
「スギ……」
「シスカちゃん、うち君の力になりたい!アイツに敵わないのはわかってる、でも君が傷つくのはもう見たくないんだっ!!」
彼の目は本気だった。まさかこの星でわたしのためにこんなこと言ってくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。
「……って、うち何熱くなってんだろうな。と……とにかくっ!シスカちゃんはうちが守ってやるから、あんまり思い悩まないでね」
と、スギは彼なりにわたしを励ましてくれた。素直なんだかわからないけど、彼がこんなにわたしのことを思ってくれたなんて……、
「ありがとうスギ、お陰で元気が出ました。フフ、まさかあなたから励まして頂けるなんてね」
「なんだよ、それじゃうちが頼りないみたいじゃないか」
「あら、わたしは最初からそう思っていましたよ?」
「シスカちゃ~~ん……」
「ぷっ……アハハハハハ!!」
ああ、このまま何もなくこの方たちと楽しい時間を過ごせたらどれだけ嬉しいか。どれだけ笑いあえるだろうか……。
「けれど、これでお別れです」
「えっ……?」
わたしはずっと彼らに隠していた背中の翼を広げると、ゆっくりと羽ばたかせ宙に浮かんだ。そういえばこの星の人間には翼を持った者はいないという。
「驚かれました?この黒い羽。わたしがこれまで殺してきた者たちの血を吸ってしまい、もう落ちなくなってしまったんです」
「殺してきた……」
わたしが暗殺組織のメンバーだとわかっていてもやはり彼は動揺は隠しきれない。わたしは本来忌み嫌われるべき者、あなたと相容れてはいけない……。
「あなたたちに出会えてよかった。ですがこれ以上あなたたちにご迷惑をおかけすることはできない。お嬢様のこと、よろしくお願いします」
これでいい、わたしが犠牲になればお嬢様にもスギたちにも被害は及ばない。全てわたしが連れてきた災厄なのだから。
「届けええええぇぇぇぇっ!!!」
ですが彼は後ずさることなく飛び去ろうとするわたしの足までジャンプし、そのまま掴んでしまった。
「スギッ!?キャッ!!」
わたしは彼の突然の行動に飛行のバランスを崩し、そのまま二人とも地面に落ちてしまった。
ドサッ。
「ぐはっ!」
わたしはそのまま先に落ちたスギの真上にお尻から落ちてしまった。
「ス……スギ!?ごめんなさい今退きま……!?」
「よかったぁ!!」
えっ……?
彼は仰向けでわたしに乗られながらもガシッと腕を掴んだ。
「え、えっと……スギ、どうしてこんなこと」
「はは……、行かせないよ、言ったでしょ?シスカちゃんはうちが守ってあげるって」
「ですがっ!これ以上わたしといれば確実に殺されてしまう!だからマリアを連れてきたわたしがケジメをつけなければいけないんですっ!」
「う~ん、確かにこのままだとみんな死んじゃうね。でも君と一緒に死ねるなら本望かな」
理解が出来なかった。何故彼はわたしにそんなことを言えるのか。死が怖くないのか……?
「どうして……どうしてあなたはそうやってわたしに優しい言葉を言うんですか!わたしは元々殺し屋なんですよっ!返り血で汚れきったこの羽を見ればわかるでしょ!?」
「そう?きれいな羽じゃない。かわいい堕天使みたくって」
「かっ……!?」
かわいいっ!?
初めて会ったときから彼はよくわからないと思っていたが、まさかこの羽をかわいいと言うなんてっ!?
「わからない……、あなたは本当にわからないっ!?」
「じゃあ、こうすればわかるかな?」
と、彼がゆっくりと起き上がるとそのままわたしにキスをした。
「……っ!?」
唐突に口に注がれる優しい温もり、そして体中に流れ込むエネルギー。
「っはぁ、君が好きだ。君のためならこの命削ってでも守ってみせる……!」
そう耳元で呟いて彼は糸が切れたように倒れ込んだ。
「!?!?!?」
言葉が出なかった。わたしのことが・・・好き?こんなわたしを、こんな汚れきったわたしを……。
「うっ……く…………うぁああああああああん!!」
わたしは泣き崩れた。今まで抱え込んでいた全てが決壊して流れていくように、声を上げて泣き喚いた。
初めてだった。わたしを愛してくれる人がいるなんて、こんなにも真剣にわたしを思ってくれる人がいてくれたなんて……。そして最後にスギが残した言葉に全てを悟った。彼は一緒に戦うのではなくエネルギーを供給する、その選択肢をわたしにくれたのだ。
わたしはずっと自分で抱え塞ぎ込んでいた。この星でも、お嬢様のために良からぬ者を排除するために心を隠していた。だが、そんなわたしを彼は「好き」と言ってくれた。そして彼は彼なりに対策を考えてくれていたのだ。
「……っ!?」
不意に背後から抱きしめられた。とても温かくやわらかい優しさ、紛れもなくそれはリディアお嬢様……。
「帰りましょ、シスカ。わたしたちの家に」
わたしたちの家、か。わたしには大事なものが多すぎた。お嬢様も、ミコト様も由衣様も、そしてわたしを好きだと言ってくれたスギも、一つとして失いたくなかった。
「まったく、こんな朝早くから玄関開けっぱでどこほっつき歩いてると思ったら。少しぐらい俺らを頼ってもいいんじゃねぇか?」
ミコト様……。
「そんな、わたしはあなたたちに迷惑がかからないように……」
「誰も迷惑だって言ってないだろ?それに、お前がマリアのとこに行ったところで俺が狙われていることに変わりはねえんだから」
確かにあの時マリアはミコト様を「殺してあげる」と睨みつけていた。彼もやはり気にしているのだろう。
「それにな、お前はもう切っても切れないうちの家族なんだから、一人で何でも抱え込むなよ。ほら見てみろ、こんなにシスカを心配するヤツらがいるんだから」
わたしのために……。
「フッ、そうですね。わたしもマリアのことで少し気が動転していました。皆さん、お騒がせしてすみませんでした」
「それでよろしい。じゃ、うち帰ろうぜ。親父が朝飯作って待ってるからよ。ほらスギ!お前もいつまでも寝てないで早く起きろっ!」
と、ミコト様は抜け殻状態のスギの肩を持ち上げた。
「ちょっと待ってよみこっちゃ~~ん、本気で力入んないんだってぇ……」
「ありがとな、シスカを止めてくれて」
「あぁ……」
彼らは小声で何か話しているが特に気にならなかった。さて、わたしはこれからどうすべきか。いや、答えなんてとっくに決まってる。
―――マリアと決着をつける。わたしたちの手で。




