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侵略者の夏やすみ  作者: 碓氷烏
第二話
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第二話5

 お嬢様が恋に興味をお持ちになるとは、やはり成長されているのですね。向こうにいた頃は引っ込み思案なとこがあったのに、ここにきてから大分変わられた。ただ、少し難ありですが……。

 けれどお嬢様が決めたこと故、わたしは見守るしかございません。それがわたしの役目なのだか……、

『シスカちゃん見ぃつけたぁ』

 えっ……?

 突然わたしの耳に囁く少女の声、それは聞き覚えのある声だった。

 いや、そんなはずはない……。ここはあの場所から遠く遠く離れた辺境の惑星。こんなところにヤツがいるなど……、

「……………………っ!?」

 目を疑った。車道を挟んで向こう側の歩道、そこに立っていたのは金色の長い髪の少女だった。

「マリ……ア…………!?」

 嘘だ、どうしてここにヤツがいる……!?

 マリアがいるっ!?

『随分面白いことしてますのね。アタシといた頃はそんな笑顔を見せたことなかったのに』

 どうやらテレパシーを通じてわたしに話しかけているらしい。わたしもそれに呼応するようにそっと耳に手を当てた。

『貴様、どうしてここにいる……、何しに来た!?』

『そんな怖い顔しないでくださる?ほら、あの子たちに見せたようにアタシにもその笑顔見せてくださいな。フフ……』

 マリアという少女はまるで茶化しているようにシスカを嘲笑っていた。

『お嬢様には……お嬢様には手を出すなっ!?』

『アハハハハハハっ!あれほど冷酷な貴方がお嬢様だって!確かあの娘、リディアって言ったかしら?いじめ甲斐のある真面目でかわいい娘じゃない』

 やはりリディアは何でもお見通しというわけか……。どうする、ここで仕掛けるのか。このまま見逃してくれるのか。

 そんな甘えた選択肢など彼女が用意してくれるわけがない。意を決するしかないか……。

『貴様とは既に縁を切ったはずだ。お嬢様たちは関係ないだろう!』

『それはアタシが決めることですわ。アタシにとって縁を切るってことは、仲間を徹底的にいたぶって絶望を味わせながら殺すまでのこと。ああ……あの純粋な瞳が絶望に染められるなんて、考えるだけでゾクゾクしますわぁ』

 と、マリアは恍惚した表情で語っていた。


「くっ…………!?」

「シスカちゃん?」

 スギが後ろを振り向くと、シスカは遠くの方を見つめ何やら険しい顔をしていた。どうしたんだろう、視線の先に何があるのだろうか?


『あなただってアタシに勝てないことぐらいわかっていますでしょ?あの時命からがらアタシから逃げていたんですもの』

 それは重々わかっていた。だがここで何もしないで殺されるよりは……、

「シースカちゃん!どうしたのそんな怖い顔して?」

「っ!?」

 不意にスギ様がわたしの顔を覗いたため、気が緩んでしまった。

『邪魔しないでくださる……?』

 マリアのその呟きにシスカは咄嗟にスギを庇うように飛びついた。

「シスカちゃん!?」

 バシンッ!!

 その刹那、シスカの肩に何かが当たる音が響いた。

「ぐあっ!?」

 スギがすぐさま起き上がりシスカに目をやると右肩の服が切り裂かれ、血が滲んでいた。

 何が……起きたんだ…………?

「シ、シスカちゃん!?」

「どうしたっ!?」

「シスカ!!」

 シスカの突然の事態にミコトもリディアも気付き、彼女に駆け寄った。

「なん……だよ、これ……!?」

「わたしに構わず、逃げろ……みんな、死んでしまう……」

 逃げる?誰から…………、うちらは誰に狙われている!?

 周りを見渡すにも帰りの海水浴客が多すぎてわからない。誰だ、誰がシスカちゃんにケガを!?

「ヤツが、この星まで追ってきた……」

 シスカが上体を起こし睨みつけた先、うちらの背後にいつの間にか立っていた『ヤツ』とは見覚えのある黒いゴスロリ服を着た金色の髪の少女だった。

「君はあの時のっ!?」

「あら、覚えていたんですか。嬉しいですわ」

「アンタは、さっきの高飛車チビ助!!」

「口の聞き方には気を付けて下さるかしら?」

 いつの間にマリアは二人に接触していたのか。いや、そんなことはどうだっていい。わたしたちの前に現れたこの最悪な状況、たった一人で乗り切れることができるだろうか……。

「アンタも、コイツらと同じ宇宙人てことでいいんだよな……?」

 みこっちゃんが彼女に問いかける。

「ええ。アタシはこの娘たちと同じあの星の人間であり、シスカがかつていた暗殺組織『アズール』のリーダー、マリアですわ。以後、お見知り置きを」

 と、マリアという少女はお嬢様よろしく恭しくスカートの両端を摘み丁寧にお辞儀する。

「暗殺組織……」

 確かにシスカちゃんには不思議な点がいくつかあったが、それもそっちの星のスタンダードなんだろうと思っていた。まさか暗殺の組織にいたとは予想外の展開だ。ふと彼女に目をやると苦虫を潰したような表情で顔を伏せている。やはり、このことは知られたくなかったのだろう。

「まぁ、あなたたちがそんなこと知ったところで何の意味もないですけどね。どうせここで全員死んでもらうんですから。ウフフフ……」

 悪者ゆえの風格と言うものか、見た目は子供ながら貫禄を十分に醸し出している。このまま圧倒されて何もできないまま殺されてもおかしくないぐらいだ。

「待て……、この者たちには手を出すな。殺るならわたし一人で相手になってやる……」

 と、シスカちゃんはどこからかあの細剣を取り出しマリアに向かい構えた。なるほど、何故メイドなのに剣を持っていたのかやっと納得できた。

「だから……」

 刹那、マリアから黒いロープのようなものが繰り出され、シスカちゃんの剣はことごとく弾き飛ばされた。

「っ!?」

「無駄だと言ってますでしょ?あなたではアタシには勝てないということ」

 彼女から繰り出されたロープ、それは鞭だった。いや、ただの鞭ではない。空中を浮遊し、まるで蛇のように生きているようだった。

「安心なさい、すぐには殺さないわ。十分いたぶってあげないとわざわざここまで来た意味ないですもの」

 そう不敵な笑みを浮かべるマリア。さてどうしたらいい……、いきなり暗殺組織とか名乗っているこのお嬢さん、うちらをおいそれとは帰してくれないだろう。みすみす殺されるのを待つのか、下手したらそれだけじゃ済まされない展開になる可能性も……。

「あら?」

 答えの出ないまま悩んでいると、後ろからゆっくりとリディアちゃんが前に出た。

「お、お嬢様!?」

「こ、これ以上シスカを傷つけるのはやめて下さい!!シスカはもうわたしの家族なんです!!あなたと同じ殺し屋なんかじゃありません!!」

 両腕を広げ声を震わせながら対峙するリディアちゃん。やはりマリアという存在を知っているのか、彼女の足は微かに怯えていた。

「フフ、足が震えて頼もしいお嬢様だこと。いい?この娘はアタシを裏切って逃げ出した。だから処分するのが主としての責務なんですの。あなただって自分の召使いがミスを犯したら処分しますでしょ?」

「処分なんて……、あなたと一緒にしないで下さいっ!わたしは何があってもシスカを離しませんから!!」

 普段振り回されっぱなしのリディアちゃんが全力で守ろうとしている。こんな頼もしい姿、初めて見た。

「そう……、ならいいですわ。最初にあなたから始末してあげる」

 と、マリアの形相が変わり空気が張り詰める。いやマズイ!このままだとリディアちゃんが……!?

「よく言ったリディア、下がってろ……」

 と、彼女の肩をポンと叩き前に出たのはみこっちゃんだった。

「ミコトさん……」

「マリアとか言ったか?折角俺たちが海でいい思い出作ってるときに随分とうちの家族をいじめてくれたじゃねえか」

「アタシはただ至極当然なことをしているだけ。それにあなたにもちゃんと忠告したはずですわ。『そんな悠長に悩んでるヒマはない』って」

「そうだな。悪いけど、コイツらの答えはまだ出さないってさっき決めたんだ。俺の後ろで寝てるコイツのためにもまだ死ぬわけにはいかねぇんだよ」

 と、背後で眠り続ける由衣に目をやれば頬に涙の軌跡が見える。

「フフ、ご愁傷様。アタシに慈悲なんて通用すると思って?」

「そっか、それは残念だ……。それにしても暗殺組織とか名乗っておきながら随分おおっぴらにやってんじゃねえか。いいのか、ここにいるみんなお前を見てるぞ?」

「っ!?」

 マリアが周りを見渡すとうちらを取り囲むように海水浴客がどよめいている。当然携帯のカメラで写真を撮るヤツもいた。

「どうする、このままやれば事態はさらに悪化するだけだぜ?」

 そう、このまま事態が大きくなれば野次馬がさらに騒ぎ立てる。だがもしマリアがそんなことお構いなしだったら話は違う意味で悪化してしまう。これはみこっちゃんにとって大きな賭けだ。

「フ……アハハハハハ!!アタシとしたことがとんだミスを犯してしまいましたわ!そうね、あなたの言うとおり暗殺組織がこんなおおっぴらにしてはプライドに泥を塗るようなもの。いいでしょう、今日のところはここで退かせてもらいますわ」

 と、手に持っていた鞭を一瞬で消した後、みこっちゃんに向かってニヤリと微笑み、

「ミコトでしたっけ?あなたのお望み通り、隠密に殺してあげますわ」

 そう言い残し、マリアは人混みの中へと消えていった。


「っく…………」

 緊張の糸が切れたのか、シスカは膝から崩れその場に座り込んだ。

「シスカっ!?」

「ご心配なく、少し疲れただけです……。それより、皆さんにご迷惑を……キャッ!?」

「そんなことは後でいっぱい聞いてあげるから早く帰ろっ!さすがにこれ以上はもたない」

 と、スギは負傷したシスカを抱きかかえると一目散に駅に走っていった。そう、マリアがいなくなったからって野次馬がなくなったわけじゃない。ケガ人がいる以上このままいれば余計騒ぎになってしまう。

「わかった。はぐれんなよリディア!!」

「えっ!?あ、はいっ!」

 そして俺たちもスギに続いて大勢の海水浴客をかき分けて走っていった。

 リディアたちに海水浴の思い出を作るはずが最後になって斜め上を行く波乱の予感になるなんて……。本当にこれからどうすればいい、どうすればいいんだよ俺っ!!?

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