第二話3
気が付けば時刻は正午を過ぎ、海の家が大分賑わってきた。俺たちもさすがに体内時計は正常で、お腹を空かしヘトヘトになりながら海から上がった。
「ふへぇ~~、ついついはしゃぎすぎちゃいましたぁ……」
「すごいよリディアちゃん!あんな見たことないような泳ぎであんなスピード出るんだもん!ねぇねぇ、お昼食べたら教えてよその泳ぎ!」
そう、その泳ぎというのはあまりにも特異すぎて誰もが目を疑う泳ぎ方なのである。
確かに最初は犬かきのようにバシャバシャと音を立てながらゆっくりと泳いでいた。そして俺たちがクロールとか平泳ぎを教えると、彼女はすぐに泳ぎの形をマスターした。したまでは良かった……。
「え~~……」
確かにリディアは手で水をかき、足で水を蹴っていた。だが進むのは頭からではなく、何故か足からだった……。しかもブレることなく真っ直ぐ前進・・・いや後退していたのだ。
「でもどうしてなんでしょう。何故ミコトさんたちと同じように泳いでいるのに進む向きが逆なんでしょうか……?」
いや、むしろ俺たちが知りたいんですが……。
「んじゃあうち、お昼買ってくるわ。みこっちゃんたち何にする?」
「俺は焼きそばでいいよ。みんなの分も適当に……」
「何言ってんのよミコト!最近の海の家グルメはそんなチャチなものじゃないの!ご当地グルメとか今年初出店のとかたくさんあって……ほらっ!あそこの秘伝のソース焼きそば!この前テレビで……!」
「あ~~わかったわかった。それじゃあ由衣も一緒に来なさい。みこっちゃんじゃあ適当に買ってくるわ~~」
と、スギはオーバーヒートした由衣を引っ張りながら海の家に向かい、シスカも「わたしもお供します」と手伝いとして買い物に同行した。
「まったく、由衣も困ったもんだ。焼きそばなんてどこ行ってもおんなじ味だってのに……」
「そうなんですかぁ?わたし生まれて初めてだから楽しみです~……」
そう言いながらリディアは俺の横でへた~~っとシートに無防備に大の字に寝ていた。
「……………………」
あれ、いつの間にか俺とリディア二人だけじゃね?
考えてみれば浜辺で男女二人っていうシチュエーション……、リア充以外の何物でもないじゃん。まさか高校生活のど真ん中でこんなイベントが体験できるなんてっ……!
「ミコトさん」
「はいっ!なんでしょう!?」
唐突に話しかけられたもんだからつい敬語で声が裏返ってしまった。
「あの、もしかしてわたしといて後悔したりしてます?」
唐突に、且つ突拍子もない質問をされ、俺はつい目を真ん丸にして「はい?」と答えてしまった。
「俺、もしかしてつまらなそうな顔してる?」
「いえ、そうじゃないんですが……ミコトさんたちにもそれぞれの時間があるはずなのに、わたしのためにこんな時間を割いてしまって、もしご迷惑だったらわたしに気にせず……」
「ていっ!!」
と、神妙な面もちで話すリディアのおでこに俺はチョップを入れた。
「な、何するんですかミコトさん!?」
「だ~か~ら~!これは俺らが望んでやってることなの!リディアはそれに甘えて楽しんでればい~の!」
「えっと……わ、わかりました!侵略のためにもわたし、一生懸命楽しみます!」
まぁそう言われると少し気が引けちゃうんだが……。
「それにしても、この星ってホントに不思議なことだらけです。あんな遠くまで水が広がっていたり、あの町を出るだけであんなにいっぱい違う世界が広がっていたり。わたしにとって今日のこの瞬間もステキな発見だらけです!それに皆さんとこうして思い出作りもできるなんて、ポットから出る前までは思ってもみませんでした」
「そりゃあまぁ俺だってまさかあんなところでリディアの宇宙船に遭遇するとは思わなかったよ。そのポットが開いた瞬間俺誘拐されるんかと思ったわ」
「そ、そんなことしませんよ!?あ、でもあの時すごいお腹空いちゃってて、ミコトさんのエネルギー頂いちゃいましたけど……」
「ああ、俺の初キッス……」
と、あの時の唇の感触を思い出す。
「あの、もしかして嫌でしたか?えっとその、『きす』というの」
「い、嫌じゃないよ!?その、あん時は突然すぎたから動揺しちゃって……」
「そういえば『てれび』というスクリーン見てたんですけど、皆さんどうして『きす』をすると顔を赤くしてモジモジしちゃうんですか?」
……………………はい?
「リディア、もしかしてこっちのキスの意味わかってない?」
「はい。お互いにエネルギー供給できないのに何でしているんでしょうか?」
と、リディアはピュアに頭に「?」を浮かべながら問いかける。
ま、まぁそりゃあそうだよな、欧米じゃ友達や家族にキスとか当たり前だし。
「えっと、それはだな……」
と、まともな答えも出せないでいると、リディアはふっと起き上がり俺の顔まで近寄ってきた。
「リディ、ア…………?」
「ホントは何かやましい意味があるんですよね?ちゃんと教えてくれなきゃ、ここでまたキスしちゃいますよ?」
やましいって……つかあんなにわかりやすい恋愛ドラマ見てまだ答えわからないのかよっ!?
「う、うちらにとってキスってのは…………!」
「へぇ~、やっぱりあんたたちキスしてたんだ」
と、この状況を見透かしたような目で由衣は俺たちを見下ろしていた。
「ゆ、由衣!?それは…………」
うまく言葉が出ない……。それは完全な命取りだった。俺の一瞬の躊躇に感づくと、由衣は「やっぱりね」と言い残しその場から逃げてしまった。
「待てよ!由衣っ!?」
「ミコトさん!!」
追いかけようとする俺を制止しようとリディアが腕を掴む。振り返ると少しむすっとした顔で俺を見つめていた。
「教えてください!この星の『きす』ってどういう意味なんですか!?」
「……好きってことだよ」
そう呟くと、俺は彼女の手を振りほどき再び由衣を追いかけていった。
「好き……」
どうしてわたし、アイツから逃げちゃったんだろう……。冷静に考えればリディアちゃんの星ではキスはただの挨拶の一つだったのかもしれないのに、ていうかアイツのことなんて別に何とも……、
「あれ……?どうしてだろ……なんでわたし、涙なんか……」
無我夢中に走っていて、知らず知らずにボロボロと涙を流していた。手で何度も涙を払ったけれど、止めることができない。
ああ……わたし、知らない間にアイツのこと好きになっていたのね。
「あはは……、な~んだわたし、ヤキモチなんか妬いてたんだ」
「由衣っ!」
気が付いたらミコトが息を切らせながらわたしに追いつき、腕を掴んでいた。
「あ……あのな、さっきはその……そういうことじゃなくて、アイツとは別にそういう……」
「はぁ……まったく、アンタは何でいつもそう大事なとき何も言えないのよ。泣いてるのがバカバカしくなるじゃない」
そう、わたしは涙でくしゃくしゃになっててミコトに振り向けない。それでも今は精一杯の見栄を張るしかなかった。
「ねぇ、ミコトはやっぱりリディアちゃんのこと、好きなの?」
わたしは声を震わせながら問いかけた。それを知って損をするのはわたしだけだとわかっているのに……。
「ごめん、その答えは今は出せない」
「キスしておいて?」
「それは……っ!その、不可抗力で……、俺だってどうしていいかわからないんだよ」
「もしかして、『奴隷』とかいう話?」
以前喫茶店でシスカがこの星の人間を奴隷にすると言っていたこと、その話に「アイツそんなことまで言ってたのか……」と呟いた。
「由衣、俺は……」
その瞬間、俺は突然口を塞がれてしまった。由衣のキスによって。
「……………………っ」
由……衣…………?
精一杯背伸びした彼女から直接伝わる震える唇、俺はその感覚が伝わって初めてこの状況を理解した。
「これでおあいこだから」
そう囁くと由衣はそっと後ろを向いて歩き出した。
「由衣、俺はっ……!?」
「この夏休みが終わったらその続き聞かせて。それまでわたし待ってるから」
そう言いながら由衣は俺を残してリディアたちのいるパラソルへと戻っていった。
残された俺はというと、フられてもいないのに放心状態のまま立ち尽くしていた。結局俺は何にも決断できなかった。俺はリディアが好きなのはわかっていた。そして由衣は俺のことを好きになっていた。
俺は?俺はどうしたらいい?
「そんなの、わかんねぇよ……」




