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侵略者の夏やすみ  作者: 碓氷烏
第一話
13/121

第一話12

 帰り道の河川敷、遠くから高校球児たちの練習してる声が聞こえる。確かその高校のグラウンドがあったはずだ。草むらでは夏の風物詩としては耳障りにしか聞こえないセミが大合唱している。

「きれい……」

 夕日が西の方角にある浅間山に沈もうとしているのを見て、リディアはそっと呟いた。

「リディアの星ではこういう光景ってないのか?」

「我々の故郷はそもそも惑星という概念ではありませんので、あの恒星に纒わり付かれて回るという現象が不思議なんです。光と闇が交互に来ること自体不思議でいっぱいなのに」

 光と闇……多分昼と夜のことだろう。さすがに昼はあるだろうけど夜のない世界は想像もつかない……。ずっと24時間の店にいるようなものなのだろうか?

「固い固~い!固いよシスカちゃん。きれいだと思えばきれいだって言えばそれでいいじゃない!」

 スギの言うことに少し動揺しつつ「きれい……そうだな、すてきな場所だ」と呟く。

「で、アンタはなんであの場所にいたの?」

「えっ……あ~その、俺も買い物する用事が」

「電車あるのに汗だくになって自転車かっ飛ばして?」

 うっ、確かにそうです……。次の電車が一時間後だから自転車ですっ飛ばして来た方が速いと判断したからです。それに案内役が由衣だから何が起こるかわからないし……。

「大丈夫よ、さすがにわたしも短時間に二人の貞操奪ったり出来ないわ」

 読まれた!?つかやる気だったのか!?

「ていそう……?」

「リディア、お前は知らなくていい」

「それでさ、二人はどんな水着買ったの?」

「それは明後日のお楽しみよ~!わたしが選りすぐりで選んだんだからそれまで期待しときなさい。ねっリディアちゃん!」

「はいっ!ミコトさん、すごくかわいいもの買ってくれたので楽しみにして下さい!」

 と、夕陽をバックにしながらリディアは満面の笑みを浮かべた。俺は言おうとしていた言葉を落としてしまったかのように忘れて、つい見とれてしまった。

 あれ……?なんだこの感じ、熱い……。

「どうしました?ミコトさん」

 不意に俺の顔を覗き込まれると、つい目を背けてしまった。

「い、いや!なんでもない!なんでも!?」

 やべえ、どうした俺……?ずっと一緒にいてこんな熱くなるなんてなかったのに、落ち着け俺!普通に!普通に!!

 だが、そんな俺の変な動揺などお構いなしに物語は突然急変する。

「…………!?」

 それはリディアの背後に現れた。

「えっ?」

 それはここにいる俺たちの影を全部隠せるほど巨大なものだった。

「なに……、これ……!?」

 それは一目で地球のものではないと認識できる物体だった。

「緊急脱出用ポットが、どうして……っ!?」

 全身真っ白のそれはまるでクリオネのような形をし、上の顔の部分から出る赤い光が俺たちを睨みつけていた。

「どうして……わたし緊急スイッチ押してなんかいないのに……」

 ようやく背後を振り向いたリディアは後ずさってしまった。

「お嬢様!お下がりください!」

 シスカは咄嗟に細剣を取り出し前に出て構えた。

「こやつ、何かのトラブルで発動したのか?」

 そんなトラブル、まさか……。

「リディア!乗れっ!!」

 俺はリディアに手を伸ばし、細い腕を掴むとグッと自転車の後ろに乗せた。

「ミコトさん!?」

「標的はお前のはずだ!いいから俺に離れるな!!」

 リディアは訳も分からず後ろから抱きつくと、俺は全速力で自転車を漕いだ。

「どこ行くのよ!ミコトーーーー!!」

 あっという間に由衣の声が遠くなる。

 チラッと振り向くと案の定ポットは由衣たちに見向きもせず、俺たちの方に体を向き直した。どうやらあのポットは指令に忠実らしい、目的のために無駄なことは一切しないようだ。

「ミコトさん!どこ向かうんですか!?」

「俺ん家だ!もしかしたら解除できるかもしれない!」

 どうして、と言いかけたところでリディアはあることに気が付いた。

「もしかしてミコトさん、パネルのエマージェンシースイッチ押したんですか?」

 耳元で囁くリディアの声に多少ながら怒気を感じた。俺は言い訳も出来ず素直に「はい……」と頷いた。

「ミコトさん……」

 彼女の声が重い。今回ばかりは怒られるだけじゃ済まされないだろう。装置をいじっただけでなく厄介なスイッチまで押してしまったのだから。

「勝手にイタズラしちゃ……メッ!ですよ!」

 ………………ん?

「え……あ、すみませんでし……た…………?」

 あまりの拍子抜けに思わず疑問符を含んでしまった。

「まだ、この星のいいところ全然見つけてないんです。もっと、ミコトさんたちと仲良くなりたい。友達になりたい!だからお願い、わたしを帰さないで……!!」

 耳元で彼女は嘆願する。

「ああ、当たり前だ。それに……」

 ギアを最大の数字に合わせ、ペダルの回転数を限界まで引き上げる。このまま夕陽が落ちる浅間山まで簡単に行けるんじゃないかって思うぐらいのスピードで、風を切りながら駆け抜ける。

「俺がお前を、守ってやんよおおおおお!!!」

 せめてこれが普通の帰り道だったらかなり青春の絵なんだろうな……。

 ハンドルを切り最高速度で土手を駆け下り、道の狭い一気に住宅街に滑り込む。唯一の救いはこの間に人も車もすれ違わなかったことだ。こんな得体の知れないものに追いかけられたら何事かと大騒ぎになる。てか、しつけぇよクリオネ野郎っ!

 だが、例えこの狭い路地に入ろうとも真上を飛行しているヤツにとって何の問題もない。まるで警察ヘリに追いかけられている凶悪犯みたいだ。

「ミコトさん、左!」

「おっ!?」

 リディアの叫びに呼応してハンドルを左に切ると、俺のすぐ横の床に円形の光が照らされた。

「なっ!?」

 光が消えると照らされていた場所に大きな穴がくり抜かれていた。

「おいおいおい!アレ当たったら死んじまうのかよ!?」

「いえ!アレは転送光線です!当たったらそのまま向こうに転送されてしまいます!」

 それもそれでゲームオーバーだ。そんなあっさり還されてハイ終わりなんてさせてたまるか!

 ヤツは容赦なくその転送光線を発射し続ける。おかげでコンクリートやブロック塀は穴だらけになり、辺りは異様な光景へと変貌していく。

「くっそ!このままじゃ街が!?」

 いつもは普通に通っている帰り道がこんなに長かったのかと感じる。もう後二つの角を曲がらないと家まで到達できない。

「……ミコトさん」

 ふとリディアが俺に小さく話しかけた。

「ごめんなさい、わたしのせいでこんなになってしまって。わたしたちがいなかったらこんな大変なことには……」

 リディア?

 チラッと後ろを振り向くと彼女は涙ながらに微笑み、そっとしがみついていた腕を離していった。

「っ!?」

 身体はゆっくりと彼の背中から離れていく。これで、ミコトさんに迷惑かからずにお別れができる。こんな別れ方、したくなかったのに……。

「さよなら……」

 したくない、したくないよ……ミコトさん!!

「なに……」

 リディアは目を疑った。ミコトは振り向き様彼女に飛びつき、そのまま全身で覆うように抱きしめた。

 ガタンッ!!

「ぅぐっ……!?」

 受け身なんてできる余裕なんてなく、ごろごろと転がり壁にぶつかって止まった。突然の行動を読めなかったクリオネはそのまま主のいない自転車を照射し消してしまった。

「だ……大丈夫ですか!?ミコトさん!!」

「何やってんだバカ……。勝手に終わりにさせてんじゃねえよ……」

 背中を強く打ったせいで声を出すのがつらい。起き上がるだけでも精一杯だ。

 それでも何とかリディアを抱き上げて立ち上がるが、相手はそう簡単に見逃してくれるわけがなく、堂々と俺たちの目の前に立ちはだかった。

 これまで……なのか。

 もうここで一発逆転なんて考えつかない。それに頭を打ったせいでさっきから耳鳴りが止まらないままだ。

「ミコトさん……」

 傍らで怯えるリディアの身体をぎゅっと抱き締め、俺はギリッとクリオネを睨みつけた。

「頼むから……頼むから帰ってくれよ!ここでコイツを還らせたら二度と親に会えなくなっちまうんだよ!コイツを泣かせたくないんだよ!もっとコイツにこの星のいいところ見せてやりてえんだよ!もっと……ずっとリディアと一緒にいたいんだよ!!」

 思いの丈を全て言い切った。言い切ってやった。

 こんなのがクリオネに通じるわけがないのはわかっている。それでも、何もしないで怖じ気付くより少しでも足掻いていた方が悔いがない。

「…………」

 静寂が辺りを包み、汗がだらりと滴る。

 先に動いたのはクリオネの方だった。目の部分が光りだし、キュイーーーーーンと超音波のような音が響く。

「っ……!?」

 あまりの眩しさに目を腕で覆う。だが、それから何も起こらなかった。

「ミコトさん!」

 リディアの呼びかけに目を開けると、クリオネはいつの間にか空高く上昇していた。そして光を纏うと遙か夕暮れの空の彼方へと消えてしまった。

「……えっ、どういうこと?」

 あまりにも急すぎる展開に何とも間抜けな声が出てしまった。罠をかけて後は網を落とせばいいというような状態であったはずなのに、何故クリオネは見逃したのだろう。シスカが先回りして止めた?いや、アイツはこの状況をすぐ飲み込めていなかった。電池切れしたから帰った?そんなのが文明がかなり進んだ向こうの世界でも起こり得るのだろうか。

 ろくな思考力のない頭脳をフル回転させていろんな憶測をしても、まともな答えなんて出ることはなかった。とりあえず……、

「助かった……んだよな?」

「はい、多分……」

 やはりリディア自身もこの状況を理解できていないようだ。

 バタンッ。

「ミコトさん!?」

 彼女が不思議そうに考えている傍らで、俺は緊張の糸が切れ空を仰ぐように仰向けに倒れ込んだ。

「わりい、安心したらなんか腰抜けちった。あははははは……」

「……ぷっ、あははははは!」

 リディアも釣られて笑ってしまった。そうだ、今俺たちはあの危機を脱したんだ。素直に笑えばそれでいいじゃないか。とりあえず、答えの出ない問題を解こうとするのは後回しにしておこう。

 ブーッブーッブーッブー……。

 ふとポケットに入っている携帯のバイブに気付き取り出した。画面を見ると着信は由衣からだった。

「もしもし?」

『ミコト今どこにいるの!?無事だったら無事って言って!!それ以外なんて許さないんだから!!ミコト!ねぇミコトッ!!』

 鼓膜が破れんばかりの大声で怒鳴ってきたのは他でもない由衣だった。

「うっせえなぁ……、電話に出れてんだから無事に決まってんだろ」

『よかった……、アンタが死んだらわたし……』

 電話の向こうから小さく啜り泣く声が聞こえる。

「由衣……わりぃ」

『バカ!謝るならあんな無茶しないでよ!!』

 何も言い返せなかった。ただただ由衣の言葉に謝るしかなかった。

『今からそっち行くから!』と怒鳴って電話を切られると俺はため息をついて空を見つめていた。

「一難去ってまた一難……か」

 自然と顔が笑っていた。俺は下手したらアイツらの声を二度と聞けないという状況にあったのだ。そんな今まで考えられなかった状況に置かれていたことを改めて実感させられた。

「あの……ミコトさん、さっき言ってくれたこと、ずっと一緒に居たいって」

「あ……、あ~その、それは……」

 勢い余って心の奥底に締まっていた言葉をポロッと出してしまっていた。ギリギリ「好き」までは出なかったけれども。

「わたしも、ずっとミコトさんと一緒に居たいです」

「えっ?」

 リディアは俺のそばに座るとそっと膝枕をした。

 うわ、やわらけえ……。

 そう思ったのも束の間、リディアの表情はいつの間にか真剣な顔になって覗いていた。

「あの、リディア?」

 なんとなくいつもの様子じゃないとわかった。端から見ればこんなシチュエーション、羨ましがられるはずなんだが気持ちがそれどころではなかった。何を考えているのか、という疑心。

 動こうにも身体はもうボロボロで動けるものではない。それに今何て言えばいいのか、全然わからない。

「動かないで……」

 それはまるで、これからトドメを刺すための暗示のようだった。言葉通り俺は馬鹿みたいに口を開けてリディアを見つめていた。

 ああ……この感覚、昨日見た悪夢の中と一緒だ。あの時見た世界のように俺は最後に食われるんじゃない、最初に食われるんだ。記念すべき侵略者の最初の食料ー犠牲ーとして。

「…………んぐっ!?」

 彼女に身を委ねるまま、抵抗することなくゆっくりと口づけをした。

 身体中に優しさが流れていくように温かい。もうこのまま眠ってしまってもいいと思うぐらい優しい温もり。

「これで、大丈夫ですね……」

 そう呟いた刹那、リディアはゆっくりと糸が切れたように倒れ込んだ。

「リディア!?」

 あれっ?体が軽い……。痛みがなくなってる…………!?

 突然の体の異変に驚いたが、今はこっちの方が先決と彼女を抱きかかえた。

「お前何をっ!?」

「心配しないでください。わたしのエネルギーを送っただけですから。わたしを救ってくれたミコトさんへの恩返しです……」

「恩返しって……」

「ねえミコトさん……、本当はまだわたしのこと疑っていたんじゃないんですか……?」

「それは……」と言いかけて言葉が詰まってしまった。それは同時に「そうです」と認めたことになる。

「はぁ……そうだ。俺さ、嫌な夢を見ちまったんだ。静かすぎる街ん中でみんなが倒れてて、そして俺の目の前で由衣にキスしてるお前を見た。それはもう人間を食べているかのように怖い目してさ。つい嘘だっ!?なんて叫んじまった……。それが頭にこびりついて、離れなかった……」

「そう、だったんですか。でもわたし……」

「でもさ、やっぱりそんなもん嘘だって確信がついた。お前のあったかいキスがその証明だよ」

 俺はそのキスのお返しに頭を撫でてやった。

「はい……」

 そのとき、リディアの瞼からふっとこぼれた涙を掬った。

 これ以上の苦難に俺は果たして乗り越えられるのか……いや、乗り越えるしかないんだ。コイツに悲しみの涙を流させないために。


 こうして、初めての危機は一つの大きな謎を残して幕を閉じた。

 そして俺は駆けつけた由衣に思いっきりビンタを食らい、泣き顔のコイツの説教を聞いてやった。そばではシスカがリディアを介抱し、スギは何も語らず安堵の笑みを浮かべていた。

 うん……ごめんな、みんな。

 そして幸いにもあの状況で目撃情報はなく、クリオネによって壊された道路や塀はリディアの舟に搭載されているコンピュータにより、あっという間に修復された。それはもう文字通りあっという間に修復され、改めてこの地球とは違うということをまざまざと見せつけられた。

「見せつけられたところでどうしようもないけどな……」

「えっ?なにがですか?」

「いや、なんでもない」


 翌日、俺たちはリディアの舟があのクリオネによって破壊されていないか確認するため、暑い中舟のある鼻高山の祠まで登っていた。

 シスカが舟のチェックをしている間、俺はぼぉっと眼下に広がっている街を見下ろしていた。いつも掃除をさせられているからここはあまり好きではなかったけれど、こうして改めて眺めると中々いいものだ。

「問題なさそうか?」

「はい、こちらには干渉していなかったようです。ただあの時何故ポットが引き返したのか、それが皆目見当が……」

 と、珍しくリディアが眉をひそめながらまじめな顔をして考えていた。

「いいんじゃねえの、結局こうしてまたお前と一緒に居られるんだから」

「そう……そうですねっ!これからまたステキな思い出作るんですもん!」

 そしてリディアは突然目の前の岩に仁王立ちし、眼下に広がる街を睨みつける。

「……リディア?」

「フゥーーーハッハッハ!!よく聞け愚民ども!わたしはこれよりこの惑星を征服する!さぁっ!わたしの下に平伏しなさいっ!!」

「!!!!??」

 昔のヒーローものに出てくる悪役よろしく、リディアは両手を広げ声高らかに笑い出した。

 その突然の豹変っぷりについ恐怖心を抱いてしまうほどであったが、その威圧はそう長くは持続しなかった。

「……………………?」

 急に静かになると小さく「え~っと確か次は……」と何かを確認するような仕草をしだした。

「リディアさん?」

「そ……そう!我々に刃向かえばわたしのキスで屍に変えてみせます!……じゃなくてやるわ!!」

 それはそれで嬉しい!そして敬語を訂正した!?

「……………………」

 そして数秒間沈黙が続く。

 チラッ。

 あ~どうしよう。めっちゃドヤ顔でこっち見てるよ……。

「わ・・・・・・わあこわいなあ、地球が滅亡しちゃうなあ……」

「そうですよねっ!わたし侵略者っぽく見えましたよね!やっぱり由衣さんに教わって正解でした!」

 侵略者なのに「っぽく」て言っちゃったよ。というか、やっぱりアイツが吹き込んでいたのか。まったく、そんなベタな台詞に怯えるなんて小学生でもいないっつうの。

 それでも、コイツは変わらずキラキラした目で誇らしげな顔をしていた。

「はぁ……」

 この無垢な侵略者についため息を漏らしつつ、笑顔でそっと彼女の頭を撫でてあげた。

「えっ、な……何ですかミコトさん?」

「いや、侵略者こわいなぁって」

「んもう、それじゃ全然怖がってないですよぉ……」

「わるいわるい、そんな膨れるなって」

 そんな膨れっ面をちょんちょんつつきながら俺は考えていた。

 俺もリディアもこの課題を笑って終わりに出来たらいいなと。

 いつか来る8月31日を越えて、これから来る秋も冬も、そして春も見せることが出来たらいいなと。変わらない日常の中に、一緒に過ごせたらいいなと。

「頑張ろうな、リディア」

「えっ?はい!!」

「そうですよ、あなたたちにはお嬢様のためにちゃんと働いてもらいますからね。忘れないでください、あなたたちは下僕であることを」

 と、点検を終えたシスカが不敵な笑みを浮かべながら迫ってきた。

「シ……シスカ!!」

「それに、我々の言語もわからないのに勝手にパネルに触らないこと!今回はこちら側のバグということで何とか切り抜けられましたが、次に触れたら確実に斬りますからね」

 と、どこからか取り出したあの細剣を俺に向け睨みつけた。

「わるい……マジでごめんって」

「でも、お嬢様が無事でいられたのは真っ先に護ってくれたあなたのお陰です。ありがとう……」

 そう言って細剣をしまうと、ふっと俺に笑顔を見せた。それは不敵な笑みではなく、嬉しさの混じった優しい笑顔だった。

 なんだ、お前だってそんな笑顔出来るんじゃん。

「なにか?」

「い~や、なんでも」

「あのっミコトさん!明日行く『うみ』ってどんなとこなんですか!ステキな思い出作れますか!?」

 食い気味に目をキラキラさせながらリディアが詰め寄ってくる。

「あ……ああ!そりゃあもうすっげぇでっかくてすっげぇきれいですっげぇいい思い出作れるから!楽しみにしてろよ!」

 あの時偶然出会っていなかったらもっと違う思い出を作っていたのだろう。由衣とスギの三人いつもと変わらない幸せ、でも俺はこの選択肢を選んだ。コイツらと出会ってプラスされた幸せ。

 そしてこの選択肢のあとに、どんな結末を迎えるんだろう。昨日みたいにあんなのが襲ってくることだって……。

「俺に、守れる力なんて……」

「ミコトさん?」

 俺は護るための魔法も才能もない普通の高校生。ただ当たり前の日常を送るただの高校生。

「あの……いいですか?」

 それでもいい。覚悟なんてもうあの時にできてるんだ。とにかくこの夏休みを思い出でいっぱいにして楽しむ!どんなことにも乗り越えてみせる!なんとかなるの精神で!そうっ!

「むしろかかってきやがれ!!」

「はいっ!」

「っ!!?」

 彼女は突然ギュッと抱きつき、そのまま俺にキスをした。

 ホントにかかってきやがった!?

「んぐっ!?」

 ちょっと待てっ!?なんでここでいきなりキスしてくんだよ!?俺はそういう意味で……、

 あっ…………。

 全然気にしていなかったけど、さっきコイツ「キスしてもいいですか?」と俺に問いかけていたのかもしれない。

 色んな憶測をしてる余裕もなく、俺の意識はだんだんと遠のいていき、そのままストンとその場に倒れ込んでしまった。

 こんなんで俺、この夏休みを無事に過ごせることができるのだろうか……。いや、過ごせるに決まってる。だってこんな楽しいことが起きているんだ!

 一番忘れられない、最高の夏休みが始まる。


「ギリギリ及第点ってとこかしらね、フフ……」

 とある森の奥に突然現れるようにそびえ立つ西洋風の古城、その奥の間にある大きなソファーで黒いゴスロリの格好をした少女が小さなスクリーンみを見つめながら呟いていた。

 そのスクリーンの中には昨日のミコトたちのあの騒動が映し出されている。

 巨大なロボット相手にリディアを護りながら対峙する、それはまるでお姫様を護る勇敢な戦士。

「ミコトって名前だったかしら。正義感もあって中々骨のある男の子じゃない?まっ、何の武器もないまま突っ込むのは浅はかすぎるけどね」

 そう言いながら滑稽に笑うが、次に映る姿に眉をひそめた。

「幸せそうな顔……。フフ、アタシにはそんな顔一度も見せたことないのにね。嫉妬しちゃう……」

 そして手に持っていた鞭をしならせると、スクリーンをバッサリと八つ裂きにした。

「さあ、あの子にお仕置きをしなくちゃね。いっぱい傷を付けて、いっぱい可愛がってあげないと。フフ……、アハハハハハハハ!!アーッハハハハハ…………!!」

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