プロローグ
夏休み。
なんて響きのいい言葉なんだろう。学生たちにこの言葉はモンドセレクション金賞をもらえるぐらい心が躍る。海、山、お祭り、花火Etc……。ここまでイベントについて悩ましい日々はまずないだろう。まぁ宿題というのがやっぱ気になるけど……。
群馬県高崎市、東京から百キロの距離なのに「群馬って関東?」って言われるほどの田舎なこの場所で、俺は平凡でふつうな学生ライフを何となく過ごすつもりだった。
それをあの時、アイツがすべてぶち壊しやがった。いや、ぶち壊してくれた……のかもしれない。
そんな高校二年の夏休みが始まって一週間がたち、俺、進藤尊は快適夏休みライフを鼻高山にある神社の草むしりによって潰されていた。神社と言っても数年前の火災で社が焼失し、今は基礎と周りにある石碑が残っているだけだ(ちなみに今は仮社がうちの家にある)。
うちはその神社の家系で、この土地の持ち主でもある。だからこうして父親に拉致られて、こんな暑い中草むしりを手伝わされているのである。
「っだ~~もう!なんで俺が手伝わなきゃいけないんだよ!」
「何言ってんだ。うちが代々護っているこの土地の掃除を跡継ぎであるお前がやらないでどうする!だいたいなぁ、お前も宮司を務める身ならもう少し意識を……」
と熱弁するのはうちの親父、大次郎。宮司っていうより宮大工って感じなほどガタイがよく、こうして俺を無理矢理連れて来たのも納得できる。
まったく、今日は友達のスギと服探しに行こうと思ってたのに……。
「ミコトくんも大変だねぇ。若いんだから彼女とか見つけて用事作ればいいのに」
「いえ、皆さんが手伝ってくれてるのに家の者がやらないのは失礼ですから」
「そうかい、いい男なのにねぇ」
と、毎回手伝いに来てくれる近所のおばちゃんにとりあえず愛想をまく。悪いな、生まれてこの方彼女が出来なくて!
そうぶつくさ言いながら草むしりを続けて20分、真夏の太陽は容赦なく俺を照らし、思考回路はだんだんチョコのようにとろけ始めていた。
敷地全部の草?ああむしってやるよ。むしって見せようホトトギス。
なんてわけのわからない思考が俺をおかしくさせ、気がつけば敷地の奥の竹やぶの中に入っていた。
「っはぁ~~……、あれ?いつの間にここまで来たんだ?まぁいいや、ここ涼しいし」
石に腰掛けふと頭上を見上げると、風が葉を揺らし時々顔を覗かせる太陽に目を細める。さっきまで熱中症になるほどの暑さだったのに、ここは打って変わって過ごしやすい。
「…………」
この夏休み、結局ぼおっとしたまま終わるんだろうな。俺はナンパ出来るほどオープンな性格でもないし、なんの趣味も興味もない。時々そんな俺が嫌になることがあった。
将来なんて、なんで強制されて決めなきゃなんないんだろうって。
「ああもうっ!考えるだけで暑苦しい!大体なんでこんな山ん中で!……って、なんだ?」
ふと、真っ暗な竹やぶの中から一つの光が目に入った。
こんなところに機械なんてあったっけ?
一応ここうちの敷地内だし調べないわけにもいかないか。最近この辺不法投棄多いし。
半分善意と半分サボりを踏まえながら恐る恐る竹やぶに向かって歩き出した。
「……なんだよ、これ」
そこにあったもの、それは光る竹だった。そう、かぐや姫に出てくるあの光る竹だった。
えっ……っと、これはなんの冗談だ?親父がサプライズでこんなもん造る……いや、ケータイすらろくに扱えないのにこんな代物を造れるわけがないか。
「…………」
手触りは他の竹となんら変わらない。ざらざらしててコンコンと叩けば竹らしい軽い音がする。
もし本物だったら……。
アイアム高校生、なんか起きてほしい欲求はフルで持ち合わせているのだ。
ちょうどここに草刈り用の鎌がある!割れるか知らないけど!これを割ればきっと!
「カモンっ!」
コンッ!
「…………」
乾いたいい音が響いた。それはもう心地いいぐらいに、虚しく。
「なんだよ、結局ただの飾りか。まったく、こんなの捨てんじゃ……」
ビーッビーッビーッビー!
突然けたたましい警報音が鳴り出した。
「なっ!?なんだよこれっ!うわっ!?」
そして竹は周りからシューッ!と煙が立ち込め、辺りを一気に包み込む。
十秒ぐらいで煙は取れ始め、次第に視界が晴れるとそこに誰かがいることを察知した。
「ふあぁ~~~~」
緊張の糸をことごとく切るような可愛らしいあくびが聞こえる。
そして現れたのは、
「女の子!?」
そう、そこにいたのは白いワンピース(のような服)を着た文字通り、
「小さっ!?」
それはまるでUFOキャッチャーで見るフィギュア並みに小さい女の子が割れた竹にちょこんと座っていた。
「ひっ……ひあ!?えdrてゅじこlpzwぇcrvtgyhjk!?」
と突然胸元を隠しながら怯えだした。多分この動作は「きゃあ!?の○太さんのエッチ!!」みたいな感じだろう。
「ちょっと待て!俺は決してオママゴト的な幼女的な趣味は持ってないぞ!?」
つうかその前にコイツが何を喋っているのかわからない……。
すると何か納得したのか、いかにもSFチックなホログラムの画面を操作すると、突然彼女の身体が光り出した。
「なっ!?なんだっ!!」
「ふう、すみません。途中で寄ったピックル星のサイズに設定していたので」
と、長いエメラルド色の髪をなびかせながら俺より少し背の小さいその少女は、俺の方に振り向くとニコッと微笑んだ。
「…………」
俺はと言うと思わず腰を打ち、だらしなく呆然と彼女を見つめていた。そんな俺を気にせず、この少女はさっきのアクションのポーズを取り、
「おほん、ではもう一度……。ひっ、ひあ!?わたし犯されます!?」
「いちいち言い直すんじゃねぇ!!」
「で、お前宇宙人でいいんだよな?」
「はいっ!この星を征服しにきました」
…………はい、伝わりますか?この屈託のないスマイル。こののほほ~んとした表情であっさりと危なっかしいことをポロリと漏らす……。
つまり、この娘は超弩級の天然少女のようです。
いや待てよ、SF映画とかで見る宇宙戦争的なシチュエーションはあくまでフィクションであって、本来はこんな感じで対話的侵略をしているのではないか?じゃあ……、
「断る」
「ええっ!!ダメですか!?」
「当たり前だ!侵略するんですね、はいどうぞって言う奴がどこにいるんだよ!」
「ふえっ?」
「…………」
やべえよ、「えっ?してくれないんですか?」って顔で首傾げてんぞ……。
「はぁ……、とりあえず聞いとくよ、お前らの狙いはなんだ?」
「狙いというか、これスクールの課題なんです。移住できるいろんな星のレポートを提出して、選ばれた星を征服しようってことです」
この瞬間に俺の普段使っていない思考能力が煙を出すかのようにフル回転し始めた。
えっと、学校の宿題でいろんな星に行って侵略……、スケールでかすぎんだろ宇宙の学校!!
「それと、もしその星の住人が妨害行為をしたり生徒に身の危険が生じるときは強制送還され、その星はドッカーンと壊しちゃいます!」
と、彼女はパンパカパーン!と言った感じに腕を大きく広げ……、ん?今さらっとかなり重大なこと言ってなかった?
「あの、どうかしました?」
「ごめん、なんかとてつもない敗北宣言突きつけられたんですが……」
すげえな、さらっと爆破しますって言って何も感じてない……。
「その、気を悪くしたならごめんなさい。わたし、少し抜けてるところがあって……」
抜けてるってレベルじゃないですよ。
「んで、あっさりとアンタの情報全部知った俺をどうする気だ。まさか、俺の身体を解剖して実験とかするんじゃないだろうな!?」
「そ、そんなのできるわけないじゃないですか!?わたし血を見るだけで卒倒しちゃうんですから!!」
まぁかわいらしい宇宙人ですこと。無感情とかこれまでの宇宙人イメージ総崩れですわ。
「でも、そんなに調べてほしいなら……」
おずおずと取り出したのは、やけに黒光りした拳銃だった。
「……え?ちょ、嘘だろ!?」
いきなりやってきた超展開。彼女は真剣な顔で俺に照準を合わしていた。
「怖がらないでください、すぐ終わりますから」
と、俺の声が出る間もなく彼女は引き金を引いた。
「……っ!?」
「ふむふむ、身長85ミンク、体重28テイト。この星の人たちの中では健康的な体型ですね」
……て、身体測定しただけかよ!?
なんだか、この宇宙人と話すとすごい疲れる……。しかし、この天然宇宙人をどうするべきか。こんなとこ放っておいたらガチで世界征服しそうだし。それにこんな娘をそのままにしたら……、
「そのままにしたら……」
つい彼女の身体に目が行ってしまう。コイツ、よく見るとグラビア以上に胸がある!あんなサイズ、テレビとかでしか見たことないぞ!?
「あの、どうかしました?」
「へっ!?あ、いや……」
と、彼女は不思議そうに見つめながらゆっくりと俺に近づく。そらもう息がかかるぐらい、
近い……。
そしてコイツ、微かにいい香りがする……!
「な、なぁお前、これから泊まるとことかどうするんだ?」
「え?そうですね、今のところこのポットで生活するつもりですが」
「あのさ、良かったらうちで泊まらないか?」
「ほえ?いいんですか!?」
「言・っ・て・お・く・がっ!あくまで泊まらせるだけだからな!お前鈍くさそうだから変な奴に襲われて、それが引き金で地球破壊されちゃたまったもんじゃない」
半分本気半分口実。まぁこんな娘をほっとくこと自体考えられないし。
「でも、嬉しいです。初めて会った他の星の方にこんなに優しくしてもらえるなんて、ずっとひとりぼっちのままこの課題をやれるのかなってずっと心配だったので……」
と、彼女は安心したのかストンとへたりこんでしまった。
コイツ、確かに寂しがり屋な感じはあるからな。
「進藤ミコト」
「……え?」
「俺の名前だ。ずっと驚かされっぱなしだからつい言い忘れてたよ。アンタ名前は?」
「リディア……」
リディア、かわいいかも。
「……ル・シイカノン・グエンシンナ・モウルサヤ・ネイクマシテ……」
ん?
「アココ・キューリエ・アルクィック・ペオジニーテ・オルテマ・マッシーニ……」
やばい、何か呪文唱え始めたぞ……!?
「……ルマチイです。リディアって呼んでください」
じゃあ最初っからそう言えよ!
はぁ……、とため息を漏らしつつ俺がスッと手を差し出すと、少しおどけたように彼女は俺の手をぎゅっと掴んだ。
「よろしくな、リディア。んじゃあ親父に説め……んぐっ!?」
その瞬間、まるで全ての時間が止まったような気がした。
「っ!!!!?」
おま……!?
キスをした。俺からではなく彼女から。俺の腕を強く引っ張りながら。
そして再び時間が動きだすと、俺はだんだん力が抜け始め、気を失った。
彼女の驚いている表情を目に焼き付けながら。
これが、地球人の俺と宇宙人リディアとのファーストコンタクトだった。あまりに唐突に始まった、頼りない侵略者との忘れられない夏休み。