7.呪いの祭壇
気が付くと、フュノは石床の上に転がされていた。
朦朧とした意識が少しずつ覚醒していく。
「あぅ……ここは……」
頭がガンガンと痛い。
頭を押さえてゆっくりと体を起こし、周囲の状況を確認する。
フュノが意識を取り戻した事に、タルマウスが安堵してため息交じりに呟く。
「あぁ……よかった。ここは、地下牢よォ」
ゼロンに見つかった時は昼過ぎだったはずだが、既に夜のようだ。天井にある、手のひらサイズの小さな窓から、星の明かりがうっすらと見える。
フュノは自分の手を、星の明かりに透かして見た。
「……わたし、生きているのね」
ゼロンの魔素で意識を失う時、死を覚悟したが。致死量には至らなかったらしい。
曲がりなりにもフュノは聖竜。
その体は、少しずつではあるが体内の魔素を浄化しているようだった。
まだ半分以上魔素が残っている感触はあり、体は重たいし頭も痛い。それでも、もう少し時間をかければ、完全に身体から魔素を浄化することができそうだ。
タルマウスの言う通り、フュノがいる場所は地下牢の一室のようで、その一部には壁の代わりに鉄格子が填められている。
少し明かりが漏れている、その鉄格子の先を確認しようとした時――。
グンと首が引っ張られる感触がした。
「うげほっ……え?な、何?」
薄暗いのでよくわからなかったが……フュノの首には、首輪がつけられていた。
首回りに触れて状況を確認してみると、その首輪はじゃらりと太い鎖で地面と繋がっており、牢の囚人が一定範囲を超えて動けないようになっている。
「それ、オリハルコン製の鎖だから。もうここから簡単には逃げられないわよォ。
少しはゼロン様も、アンタに警戒をしたようねェ」
「そっか……。ゼロン様が、この首輪をつけてくれたのね」
そう言うと、事も無げに。フュノは首輪と地面を繋いでいた鎖を、手で「ブチリ」と切り離した。
「オリハルコンを素手で切るとか……。
わはははは!半端ねえな!?」
ポチは爆笑したが、逆に、タルマウスが顔を引き攣らせる。
これまで、このオリハルコンの鎖に繋がれて、牢から逃げ延びたものはいなかった。
最弱とはいえ、『竜』という存在は何もかもが想像を超える。
「首輪は……このままでいいわ」
フュノにとって、この首輪は、もはや囚人グッズではない。『ゼロンからプレゼントされた、首輪に見えるチョーカー』と脳内が補正をする。
この妄想だけで、しばらく幸せな気分に浸れそうだ。
「んふふ、これはゼロン様に捕まった記念ね。……一生大事にしよう」
「いやぁ、それはちょっとォ……」
強い脳内補正に、若干引き気味のストラップ達を無視して。フュノは、そっと首輪に触れてみる。
……体も重たいし、頭も痛い。でも、このプレゼントを貰えた(脳内補正)ことは最高に嬉しい。
これだけでも、城に侵入した甲斐はあった。
「もう少し休憩したら、多分魔素が消えて、動けるようになると思うの。
そうしたら一旦森に戻りましょう」
ポチもタルマウスもそれには賛成だった。
フュノの力が、ゼロンに及ばない事は、十分理解できた。
フュノとは、あまり良い出会いだったとは言えないが……目の前で、ゼロンに殺される姿は見たくない程度の愛着は、既に湧いてしまっている。
◇◇◇
夜が明け、太陽が真上に上った頃。
やっとフュノの体から殆ど魔素が消え、元通りに動けるようになった。
フュノは、天井に開いている手のひらサイズの小窓を力任せに壊して広げると、そこから体を捩じ込んで外へと滑り込んだ。
自由に変身できるフュノであれば、リスなどの小動物に変身して抜け出すこともできたはずなのだが。『変身すると首輪が外れるから、絶対嫌』とフュノ本人が猛反対。
力任せに、人の姿のままで逃げ出す事となった。
「あれ、ここは……」
抜け出した景色には、見覚えがあった。
そこは、フュノ達が最初にメイド姿へと変身した中庭だった。
ここに来た時に、あれは何だろうと思っていた地面に空いていた穴。それは、牢屋の天井にあった小窓だったらしい。
見知った場所に出たことで安堵したのか。早く森へ戻りたがっていたフュノの心は、一瞬で欲望色に染まる。
「んふふ。折角だから、あの肖像画だけでも持って帰っちゃおうか」
「馬鹿馬鹿ァ!何言ってんのよォ!」
「危ねえから、もう諦めろって!?」
タルマウスとポチの猛反対を、フュノは完全に無視。
フュノはくるりと城内へ引き返すと、本当に肖像画を持ち帰ってしまったのだった。
◇◇◇
「いやぁ。フュノコレクションも増えてきたわねェ」
タルマウスはぬいぐるみ姿で、フュノの戦利品を見上げる。
これは、もはや感心できる域に達している。
あの後、フュノは何回かに渡り城へ潜り込み、ゼロンの私物と思われる物を片っ端から持ち帰っていた。
最初に命懸けで持ち帰った肖像画は、小屋の一番奥に飾られている。その前には、新たに専用棚が設置され、戦利品が綺麗に並べられている。
お供え物なのか、その意味はちょっと分からないが……さらに、戦利品の前には、森で取った果物や花が飾られている。
傍から見ると、ここに『ゼロン教』という一つの宗教が生まれていた。
「どう見ても『呪いの祭壇』っぽいな、わははは」
ポチもチワワ姿で高速に尻尾を振り、タルマウスに並んで祭壇を見上げている。
『呪いの祭壇』という言葉に、フュノが心外だとばかりに鼻息を荒くする。
「何を言うのかしら。これは『愛の祭壇』よ?
これで……あのスカーフを飾る事ができたら、完璧なのだけど……」
フュノは最初に城へ侵入した日に、メイドの洗濯物から一度は入手したスカーフの事が忘れられずにいた。
銀の布に金の刺繍。ゼロンを象徴しているような、スカーフだった。
あれをここに飾る事ができれば、なんて最高なのだろう。
「よし、今日も城に潜り込むわよ!」
やる気に満ち溢れて、拳を握るフュノ。
だが、チワワ姿のポチが、焦ってフュノの周りをくるくると回る。
「待て待て、フュノ!
もう、これ以上は何も城に報告することは無いし、あまり登城しすぎると、流石に不審がられる!
な、もう少しでいいから、頻度を減らそうぜ!」
現在も、城への侵入ルートは、変わらずあの中庭からだ。
そのため、ポチは城に潜り込む都度、何かを城に報告する必要がある。
繰り返し『森にできた結界』に関する報告を行った結果、新情報はとうに尽きている。
最近は『結界は今日も問題がない』という中身のない報告ばかりで、受付嬢からも『もう問題がないなら、報告は不要ですよ』と突っ込まれてしまっている。
――しかし。
フュノは、ポチに綺麗な姿勢で土下座をして見せた。
「これで……これで最後にするからっ!
最後の一回にするから……お願いします、行こう!」
フュノに『これで最後』と言われ続けて、もう何回目だろうか。
その土下座姿に、ポチが「グルル」と唸って後退る。
以前のように、フュノは『テイム』の能力で強制的に命令する事は無い。だが、その分、ポチはフュノが気に入ってしまい、フュノの頼み事にはめっきり弱くなってしまっている。
「仕方ねえな……これで、最後だかんな!?」
「やったぁ!ポチ大好きぃ」
「はァ……アンタ達、そのやり取りこれで何回目なのよォ」
呆れたように呟く、そのタルマウスの瞳も優しい。
タルマウスもすっかりこの生活に慣れ、二人のやり取りを微笑ましく感じ始めていた。
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