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5.メイドと魔素

 城内で自由に行動するためには、城のメイド服を着るのが手っ取り早い。数百人のメイドが常に城内で働いているので、一人ぐらい増えた所で、誰も気が付かない。


「まずは、城内でメイドを探して、それと同じ格好をすればいいのね」


 フュノは今回の作戦を改めて確認した。前を歩くポチが頷く。


 ポチは、マルチーズ姿から、元の貴族風の狼男に戻っていた。フュノも、今はポチの秘書役として青い狼女に変身している。

 ポチと並ぶと、フュノは背が低く童顔で、秘書には見えない。少しでも見た目の知的度を上げるため、タルマウスにメガネを掛けさせられていた。


 秘書風フュノの腰には、小さなストラップ姿にされた、そのタルマウスがぶら下がっている。


「メイドは城の奥にいるから普段は会うこともないが、その姿を拝める場所に、心当たりがある」


 まずはポチが『森の主』として登城し、途中でフュノがメイドに変身して、城の奥へと侵入する――それが、今回の作戦だった。


◇◇◇


 ポチの顔パスで、フュノ達は裏口から難無く城内へ入り、少し広めの待合室で待たされていた。


 待合室にはポチ以外にも貴族姿をした者が数人いる。これらは全て、一定の土地を任される『主』なのだと言う。

 各土地で発生した問題や要望を、『主』達は、定期的にここで報告・上申しているらしい。


 この待合室までの廊下には、至る所に憲兵が立っており、その目を光らせていた。

 妙な動きをしたらその場で捕まる事は間違いない。


「ちなみに、ポチは何を報告する予定なの?」

「あの森は平和だからなぁ。敢えて言うなら『突然、妙な結界ができた』だろうな」


 『妙な結界』とは、フュノが張った結界の事だろう。


「『結界ができたが害はない、俺も監視するので当面心配不要』とでも書いておけば、特に問題ないだろ」

「まァ……それで実際に様子を見に行くのは、結局アタシだしねェ」


 それを聞いてほっとするフュノ。

 折角作った拠点が潰されてしまうというのは、少々困る。


 しばらくするとポチが呼ばれて、待合室から続く小さな部屋へと入っていく。

 フュノはポチが戻って来るまで、暴れず騒がずじっとその場で待機する。フュノのそんな大人しくしている姿を見て、タマは少し感動していた。


(アホ竜だったフュノも、少しは成長したわねェ)


 出会った頃のフュノは、人の話なんて全く聞かなかった。フュノがあのままのアホ竜でいたら、今頃ポチを待たず城内をふらついて、騒ぎを起こしているだろう。



 フュノが待ちきれずに貧乏ゆすりを始めた頃、ポチが戻ってきた。小さく指でガッツポーズを作っているので、特に問題なく手続きが終わったのだろう。


 フュノは秘書らしく、すっと立ち上がると、静かにポチの後ろへと続く。ポチは、フュノが付いてきていることを横目で確認すると、入ってきた扉とは反対側にある扉へと手を掛ける。


「この待合室は一方通行になっていて、入り口と出口が違うんだ」


 反対側の、出口の扉を出ると、右側には長い廊下が続き、左側は小さな中庭に続いていた。右側の長い廊下の先が、城の出口に続いているようだ。


 ポチは扉の側に立つ憲兵へ軽く手を挙げて挨拶をすると、出口とは逆の――左側の中庭へと進む。憲兵は少し会釈をするだけで、ポチが中庭に進む事を咎める様子もない。


「ちょ、ちょっとォ、あの憲兵、何やってンのよォ!?」


 本来、あの憲兵は待合室から出てきた者を、右側の出口へと誘導することが仕事のはず。


「タルマウス様は知らないかもしれんが、この中庭は、俺達の憩いの場なんだわ」


 ポチはガハハと笑い、そのまま中庭へと進んでいく。


 中庭にはベンチと小さな古びた噴水があり、噴水の周りには小さな白い花が咲いていた。地面には小さな穴が点々と空いており、何の穴かしらとフュノが首を傾げる。


 ポチは憲兵から死角になっているベンチに座ると、フュノにも隣に座るよう促した。


 ベンチから噴水を挟んだ反対側は渡り廊下になっている。人目を盗んで、ここから奥へ侵入できそうだ。


「あの渡り廊下を、たまに城のメイドが通るのさ。フュノは、その姿を真似すりゃいい」


「あの憲兵、アタシが戻ったら減給だわァ!」


 ぷりぷりと怒るタルマウスをなだめつつ、フュノはじっと渡り廊下を凝視する。確かにポチが言う通り、数分に一回は、メイドが目の前の廊下を通りすぎる。


 シックな紺色で、長めのスカート。スカートの裾には清潔そうな白いフリルがついている。

頭には白いヘッドドレスのようなカチューシャをつけたり、一つに編み上げてお団子にしたりと様々。仕事の邪魔にならなければ、髪型は自由らしい。


「……覚えたわ」


 フュノは立ち上がると、秘書風狼女から、メイド姿の人型へとその姿を変化させる。髪の毛はポニーテールで一つにまとめてみた。


「おぉ、いい感じじゃねーか」

「んふふ。ありがと」


 仕上げにポチをストラップサイズまで小さくすると、それを腰からぶらさげる。タルマウスとポチが、腰元で仲良く揺れる。


「よし、それでは。聖竜四女フュノ、これより侵入しますっ!」


 フュノは憲兵から死角になっている事を確認しつつ、こそこそと渡り廊下の中へと潜り込んでいった。


◇◇◇


「何だろう、すごくムワムワするわ」


 渡り廊下からその先、フュノは妙な違和感を覚えていた。まるで熱帯雨林の中にいるように、ジメジメのムワムワで、何だか不快指数が高い。


「あァ、それは多分、ゼロン様の魔素だわァ」


 このムワムワした空気は、ゼロンの放出している魔素。

 魔竜ゼロンは、最強の魔竜と呼ばれており、その体からは常に『魔素』と呼ばれる、『魔の力』が滲み出ている。

 それが『狭間の大地』へ悪影響を出さないように、城内に結界を作り外へ漏れるのを防いでいた。


 そのため、城の一定範囲は常にゼロンの魔素で満たされている。


「ゼ、ゼロン様の魔素! ふおぉ、全部吸いたい、吸い込みたいっ!」


 フュノが全力で深呼吸をする――が、魔素が体に合わず、クラクラと眩暈がしてしまう。

 『聖なる力』を操る聖竜の体が、対極の存在である『魔素』に、拒絶反応を示している。


「げふっげほっ、ああぁ、素敵、これがゼロン様の魔素っ!」

「ちょっとちょっとォ、アンタ大丈夫なの? 魔素がキツいんじゃないのォ?」


 青ざめた顔で、ふらふらと壁にもたれかかるフュノを、さすがにタルマウスも心配する。


「え?俺はこの城の中、すごく気持ちいいけどな?」


 ポチはあまり竜の生体を知らないため、ふらふらしているフュノを何事かと不安そうに見上げる。


「そりゃそうよ。アタシたちは『魔の大陸』寄りの存在だから、魔素は栄養みたいなものよォ。

 ……だけど、フュノは聖竜よォ?真逆の『聖の大陸』の存在だから、きっと体が魔素を毒扱いして、拒絶反応をしているはずだわァ」


 『毒』と聞いて、少し焦りを見せるポチ。


「それ、大丈夫なのか? フュノ、一旦城から出た方がいいんじゃねえのか?」


 だが、フュノは苦しさに胸を抑えて――むしろ、恍惚とした表情で、フルフルと全力で首を横に振る。


「ピーマンだって最初は苦くて食べられなかったけど、大きくなった今では美味しく食べられるのよ?

 きっと……魔素だって、すぐに体が欲するぐらい、美味しくなるはずだわ」

「フュノ……アンタ……」


 タルマウスが深くため息を吐く。

 ゼロンから出ている魔素という事で興奮もあるだろうが。最弱竜フュノは、早々に死んでしまう運命。仕方がない事ではあるが、生に対して無頓着というだけにも見える。


 タルマウスは軽く頭を振る。それは、生物の頂点に立つ『竜』という存在であるからこその運命。タルマウスにどうにかしてあげられるような話でもない。


「ま、まぁ……。アタシも通常以上の力が必要になる時は、直接魔素を流してもらう事もあるけど。それに比べると、こんな空気大したことないわよォ?」

「ま、魔素って、直接流して貰えたりするようなものなの!? なに、そのご褒美っ!?

 わたしも、ゼロン様の直魔素……味わいたい……!」


 その最高のご褒美を得るためなら、何だって乗り越えよう。魔素だって克服して見せる。


 フュノはそう心に近い、深呼吸をして魔素を目一杯吸い込むと――背筋をピシリと伸ばしたのだった。

色々書いていると謎のテンションに陥ります。。。


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