4.最弱の竜
ここ数日、フュノは城への侵入計画を立てていた。
タルマウスのおかげで、城の間取りはほとんど理解できている。が、どうやって城内へ入り込むかが決まらない。
「しばらくはイベントも来賓もないから、まず正門からは入れないわねェ
裏口から業者として入るのが手っ取り早いかもォ?」
タルマウスも、城への侵入は大賛成だった。もしゼロンがタルマウスの存在に気づいてくれたら、きっとアホ竜から自分を助けてくれるだろう。
そうなると、アホ竜との関係も終わりだ。
「業者……って、具体的には?」
フュノの質問に、タルマウスは口元へ手を当て「むむゥ」と唸る。
一番出入りが多くて目立たないのは、食材系の業者だろう。
「そうねェ……旅の商人が『珍しい食材を手に入れたから献上しにきた』とか、丁度イイんじゃないかしらァ?」
この国は、最強の魔竜が治めている国というだけあって、治安がすこぶる良い。その程度の理由さえあれば、簡単な荷物検査と身体検査だけで城内へ入れるはずだ。
「なるほど、なるほど。珍しい食材……。よし、探してくるわ!」
そう言い残し、フュノは颯爽と結界の外へ出ていった。
珍しいキノコ類、貴重な木の実、滅多に手に入らない猛獣の肉とかでも良いかもしれない。竜の鼻は結構効くので、何か良いものが見つかるだろう。
タルマウスはぬいぐるみの短い手を振り、フュノの姿を見送った。
ここ数日、説教に説教を重ねた結果。フュノは少しずつではあるが、タルマウスの言葉に耳を傾けるようになってきている。
今頃、ゼロンはタルマウスを探しているかもしれない。……だが、この聖竜の結界にいる限り、ゼロンでもタルマウスの気配を感じ取る事はできないだろう。
(早くゼロン様と合流して、この悪夢から解き放たれたいわァ)
タルマウスは久々にフュノと離れた事に安心すると、その場に「ポスん」と転がった。
◇◇◇
少し日が傾き始めた頃――。
周囲の木がガサガサと揺れ、木の間からフュノが顔をヒョコリと覗かせた。その笑顔を見る限り、かなり大物を引きずって来たようだ。
「タマちゃん!とっても珍しい食材を見つけたわ!」
フュノは笑顔で引きずっていた獲物を――どう見ても食材というよりは、人間っぽい男の足を、グイっと持ち上げてみせた。
逆立ち状に足を持ち上げられて、白目をむいた男の手がだらりと揺れる。
「ヤ、ヤ、ヤダァ、待ってェ!それ、絶対食材じゃないヤツだからァ!?」
結界内に、タルマウスの恐怖に満ちた嘆きが響き渡る――。
◇◇◇
よく見ると、その男には、人間には存在しないであろう、ピンとした三角の耳と、フサフサの尻尾が生えていた。……いわゆる狼男だ。
そして、タルマウスには、この狼男に見覚えがある。
タルマウスの記憶が正しければ、この狼男は、森の主だ。普段は白い巨大オオカミの姿で森を散策しているので、フュノはその姿と獣を見間違えたのだろう。
実際に。フュノは突然襲い掛かってきた巨大オオカミを軽々捕獲し、『良い食材ゲットしたわっ』と、嬉々として持ち帰っただけだった。
「ぐ……、一体この俺をどうするつもりだ」
狼男は立ち上がる気力も失い、フュノを下から睨みつける。
「おかしいなぁ……。捕まえた時は、もっと……こう……ふわふわっとしてて、焼けば美味しそうな……もっと、違う感じだったのに」
「どぉすンのよォ。アタシ知らないわよォ」
所々破れてはいるが、狼男は森の主というだけあって、貴族のような立派な服を着ている。いくら雑食の竜とは言え、服を着て歩いて喋る狼男を、捌いて食べる気にもなれない。
食べる気はないが――騒がれると困る。よって、逃がすわけにもいかない。
「まぁ……、役に立つか分からないけど、仕方ないわね」
フュノは空を仰ぎ、その姿が竜へ戻るようイメージする。
狼男は、自分を捕らえた謎の女の正体に気づき、目を見開いて驚愕する。
「ぅおおっ!? こっ、こんな所に、竜だと!?」
フュノは青い竜の姿へ戻ると、その手を狼男にかざす――状況を察したタルマウスが口の端を引き上げる。
「テイム」
フュノの言葉に応じるように、狼男の首と両手首に、タルマウスと同じく複雑な文様が刻まれる。
その文様を確認すると、フュノはすぐに人の姿へと戻った。
怒涛の展開で、何が起きたのか、訳が分からずただ呆然とする狼男に、フュノは少し気まずそうな顔で笑いかける。
「よし、これで安心よ。あなた、名前は?」
「貴様ぁっ!今、俺に何をした!? ……あー、名前は無いです。むぐっ」
狼男は、自分の意に反して、勝手に動いた口を慌てて塞ぐ。
(よしよし……仲間が……できた……わァ)
タルマウスは下を向いてプルプルと震え、テイム仲間ができた事に喜びを噛み締めている。こんな情けない状態に、一人でいるのは耐えられない。仲間ができるとは、何とありがたい事なのだろう。
フュノは悩むように、少し上を向いて唸っていたが。何かを閃いた様子で、指をパチンと鳴らした。
「よし!じゃあ、名前は『ポチ』にしましょう。
ポチ、しばらく、犬の姿になってくれるかしら」
「なんで俺が犬なん……ワフンっ」
『ポチ』と命名された哀れな狼男も。フュノの命令に、抵抗できるはずはない。
ポチは素直にオオカミの姿へと戻った――はずだったが、フュノの能力補正により、その姿が小さな柴犬となる。
柴犬の姿を見て、タルマウスが下を向いて「ブフゥ」と噴出した。
自分に何が起こったのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くすポチ。
そんなポチに、ピエロのぬいぐるみはそっと近づき……その頭を、フカフカと撫でる。
「本当。仲間ができるって、素敵よねェ」
「げぇ、そ、その声は……。タ……タルマウス様……!?」
ポチはもちろん、タルマウスの存在を知っている。ゼロンに続く、この国の権力者であり、強者でもある。
そのタルマウスが、ぬいぐるみ姿で、ここにいる。
あぁ、多分もうこれ、ダメなやつだ――。
ポチはフュノに対して、見事な姿勢のお座りを見せ、全力で尻尾を振った。
◇◇◇
夜――。
フュノはタルマウスを枕に、ポチを毛布替わりに抱きしめていた。
夜は冷えるから、という理由だけで。ポチは柴犬から、ふわっふわのマルチーズに変更されている。
ポチは森の主という立場を利用して頻繁に登城できるらしく、侵入計画はポチに任せる事にした。根が犬ということもあり、ポチは強いフュノにすこぶる従順だった。
きっと明日にはよい計画を練り上げてくれるだろう。
――パチパチと焚火の音が小屋に響く。
(とうとう、お城に行けるわ……くぅ、ゼロン様……!)
色々妄想が捗り、まだまだ寝付けそうもない。
フュノが何度か寝返りを打っていると、腹部を枕にされているタルマウスも釣られて寝付けないようで、欠伸混じりにつぶれた声で話し掛けてきた。
「まさかとは思うけどォ……。
アンタ、ゼロン様も操るつもりじゃないでしょうねェ?」
ゼロンであれば、妙な能力を仕掛けられ前に、フュノを殺してしまうだろうとは思う。
だけど、もし、妙な事を考えているなら、それは事前に食い止めたい。
「大丈夫よ。『テイム』は、わたしより弱いモノにしか効かないから。
……『テイム』が効く竜は、居ないわ」
「……ん? ……それってつまりィ……?」
それはつまり、竜の中ではフュノが一番弱いということ。
タルマウスの目が段々と覚めてくる。
「わたし、実は、『テイム』以外の能力も持ってないの……。
……だから、少しの間だけでも、ゼロン様の近くにいたいの」
(……あぁ……そういうことォ)
タルマウスは悟ってしまった。
フュノは、『竜以外』に対しては無双状態だったが、『竜』の中では最弱かつ能無し。
それはつまり、魔竜と聖竜の戦いか、聖竜側の後継者争いで、必ず命を落とす運命だという事を意味している。
「んン……。 まァ。……アンタも、頑張んなさィ」
タルマウスは、小屋の雑な天井を見上げた。葉っぱが何枚も重なるだけの、屋根。
(それなら……。ちょっとだけなら、このアホ竜に付き合ってあげてもいいかしらァ)
少しだけ、タルマウスの心にも、変化が生まれていた