3.タマとアホ竜
完成したての小屋の中で、タルマウスとフュノは小さな焚火を挟んで向かい合って座っていた。
絶望で光を失ったタルマウスの瞳とは真逆に、フュノの瞳は焚火の光を取り込んできらきらと輝いている。
タルマウスは逃げられない事を悟り、大きくため息を吐いて、観念した。
「それで?アンタは、アタシをどうしたいのよォ?」
フュノに逆らえない状態であっても、タルマウスの真の主人はゼロンだ。本来の主人であるゼロンと敵対する事は、絶対に避けなければいけない。
――そのためには、このアホ竜の狙いを把握しておく必要がある。
フュノが、ズイと身を乗り出す。
垂らした青い髪が焚火に触れて、ぱちぱちと鳴る。
「あの、わたし。ゼ、ゼロン様のこと、いっぱい教えて欲しいの」
「アンタに教える事なんてェ……ん?
あれ?……ゼロン、『様』ァ?」
タルマウスは、ゼロンから色々情報が入っているので、今まさに魔竜と聖竜が争っていることを知っている。そして、目の前にいる竜は、魔竜ではない。
つまり。この竜は、聖竜。
敵対している聖竜が、魔竜のゼロンを『様』付けで呼ぶのは妙な話。
タルマウスは、ムゥと眉をひそめる。
そんなタルマウスに気付いているのか気付いていないのか。
フュノは遠く、うっとりとゼロンがいる城を見つめた。
「ゼロン様は、ゼロン様よ。……呼び捨てなんておこがましいわ。
あの美しい、銀竜の御姿。冷たく輝く金色の瞳。反則的な強さ。
あぁ、もう何を取っても格好良すぎだわ!というか、もうゼロン様には素敵じゃない要素なんて存在しないのよ!?」
これまで、フュノの話し相手と言えば、聖竜の姉達だけだった。姉達に対して、ゼロンへの思いなんて、口に出すことはできない。
だが、今は違う。ここに姉達はいない。
好きな事を好きなだけ語れる解放感は心地良い。もう、その口は止まらない……むしろ、徐々に早口になっていく。
「あの甘い匂いも反則級だわ!もし、あの匂いを閉じ込める事ができるなら、残りの竜生全て捧げて、一生それを嗅いでいたいわ!
はぁ……もう、大好きすぎて、尊くて。
こんな目と鼻の先の至近距離にいるという事実だけで、白飯10杯は食べられるわ!ここには白飯なんてないから、木の皮だけどね!?
というか、何を食べたらあんな素敵な竜になるのかしら。あぁ……ゼロン様っ!」
(あぁ、この聖竜は……ちょっと残念な子なのねェ)
冷静に。タルマウスは据わった目つきで、この青竜は、アホ竜なのだと確信する。
最後の方は早口すぎて、もはや聞き取れない。
興奮しすぎて鼻血が出ている事にすら気づいていない。
聖竜なのにゼロンの敵ではないようだが。別の、違った害がありそうな予感がする。
もうこのアホ竜は放置しよう――と、頭では考えているのに。タルマウスの身体は、意志に反して甲斐甲斐しくフュノに鼻栓を詰めて、流れた鼻血を拭っている。
『テイム』にかかると、意志に関係なく主に奉仕をしてしまう。
自分のあまりの甲斐甲斐しい行動が情けなくて、スンスンと泣き始めるタルマウス。
「うぅうっ。これじゃぁアタシ、アンタの嫁になったみたいじゃなのよォ……」
「ええっ!?そ、それは絶対ダメだわ!」
自分の能力の仕業ではあるが。もし、こんな姿をゼロンに見られて、二人の関係を勘違いでもされた日には……さらにそれを祝福でもされてしまった日には、もう二度と立ち直れなくなる。
まして、その勘違いの相手がオネェのピエロだなんて――。
フュノは、ムムゥと唸り、改めて、冷静に今の状況を見た。
「小さな小屋に、男(?)と女が二人きりなんて……良くないわね」
フュノの言葉に、タルマウスが顔を上げる。
(あ、コレ、アタシ開放されるんじゃないかしらァ?)
と、淡い期待を抱いたのも束の間。
フュノは、パチンと指を鳴らす。
「タマちゃん。しばらく、ぬいぐるみになってね」
「んェっ!?」
……『ぽこん』と、乾いた音が聞こえた。
フュノが命じると、タルマウスが本当にピエロのぬいぐるみへとその姿を変える。
かろうじて手足は動くが、八頭身のヒョロリとした姿は、見るも無残な二頭身だ。おなかの中に、ミッチリと安物の綿が詰まっている感触がする。
フュノはそのぬいぐるみを拾い上げると、膝の上にチョコンと乗せた。
「うん、これでもう大丈夫だわ」
「いっ、イヤァ!なに、何よこれェッ!?」
タルマウスは短い手足をばたつかせて反抗するが、所詮はぬいぐるみの腕力でしかない。何の抵抗にも、なりはしない。
――これもまた、姉達が恐怖する『テイム』の能力。
この能力は『自分より弱い者限定』で、とことん無双をする。
フュノは、暴れるタルマウスを抑え込むと、ぐっと顔を寄せた。
ゼロンについて、何よりも先に、確認をしておきたい事がある。
「ねぇ……ゼロン様って、結婚してないよね? 恋人とかいるの?」
「少しぐらい、アタシの嘆きを聞けェ、このアホ竜がァ!……ゼロン様に、そんな相手なんかいないわよォ!」
「そ、そうなんだ!……そっかぁ!」
付き合えるなんて考えてはいないが、もし恋人がいるとなると、それはそれで落ち着かない。フュノは、ほっとした表情で、強めにタルマウスを抱きしめた。
フュノの腕の中で――人の話を聞かないアホ竜に疲れたタルマウスは、ぐったりと項垂れた。
◇◇◇
フュノは夜通しゼロンについて質問をしまくり、明け方やっと眠りについてくれた。
ゼロンは『狭間の大地』では、殆ど人の姿で生活をしている。その外見について根掘り葉掘り聞かれたあたりから、タルマウスの意識は飛んでいる。
小さく寝息を立て始めたフュノを見て、タルマウスは短いぬいぐるみの手で頭を抱えていた。
この竜がゼロンに対して敵意がないのは、もう間違いない。
むしろ、有り余るほどの好意がやばい。
(これは、厄介なのが来たわねェ……)
『非情に面倒臭い生物』
それがタルマウスの、『竜』に対する基本的な評価だった。
『竜』は生物の頂点に君臨する。そのため『竜』は、他の生物から孤立して生活をする事が多く、その大半は一般常識に欠けている。
タルマウスは世話役として『魔の大地』から、ゼロンと共に『狭間の大地』へ来た。もちろん、この大地へ来た当初は、ゼロンですら一般常識に欠けていた。
そんなゼロンに、タルマウスは常識や、政治・経済等、王として必要な知識を片っ端から教え込んでいった。
これらを実戦形式で教えていたところ、想像をはるかに超えてゼロンの知力と行動力が高く、気が付いたらある程度しっかりした国を作ってしまっていた。
それが、この国の成り立ちとなる。
その後、ゼロンは後継者争いを放置して、この国の運営にのめり込んでいった。
……その結果。魔竜側の後継者争いは長引き、聖竜側の後継者争いが始まり、魔竜と聖竜が対立し、今に至る。
――ある意味、ここで聖竜フュノと出会ってしまったのは遠回しに自分のせいでもある。
フュノの、人の話を全く聞かないアホ竜っぷりは、『狭間の大地』へ来た直後のゼロンに近しいものがある。
いやいや、ゼロンは断然知力が高かったので、ここまでアホではなかったけれども。
(また、アホ竜にイチから常識を叩きまないと……あぁ面倒くさァ)
タルマウスは、涎を流して幸せそうなフュノの寝顔に全力でパンチを入れる……が、ぬいぐるみのパンチ力では、「ポス」と乾いた音が鳴っただけだった。