はじまりに戻った訳じゃない
無事に着地できたのはいいが、問題はここがどこかわからないという事だ。
それに、また森の中に一人である。
ボードゲームの「はじまりにもどる」じゃないんだから、勘弁して欲しい。
当然、できる事なら戻りたい。
無事でした! と姿を現して、ヴィリアさんに心配させんじゃないよ! と叩かれたい。
……心配してくれているよね?
世界樹のお世話だってあるし、あそこは俺にとっても帰るべき場所である。
ヴィリアさんが認めてくれるかはわからないけど。
でも、それだけの絆はできている……はず。
そう思いたいが、今の問題はどうやって戻るか、だ。
既に飛んできた方向はわからない。
いや、直前に触れた枝数本はなんとなくわかるけど、そこから少しでも進む角度がずれると、奥に行けば行くほどずれた角度は大きくなっていく。
それに、飛んできた方向はわかっても、ここが不滅の森のどこに位置する場所なのかがわからない。
下手をすれば、浅層ではなく深層に近付いている可能性だってある。
つまり、しっかりとした方向がわからないと、間違いなく元の場所には戻れない。
本当に「はじまりにもどる」だ。
とりあえず、服とマントを複製して着替える。
さすがにこのままってのもあるし、何よりマントの効果は有能だ。
ただ惜しむらくは、いくらヴィリアさんの手製でも、複製してしまえば、それは複製品でしかないという事。
たとえ、そっくりそのまま、というか同一であっても。
気分的に、手作りの温もりを感じない。
……くそっ。あの巨大カマキリ。許せん。
どうにかして、やり返したい。
でも今は、今後の事に思考を傾けよう。
とりあえず、服とマントを複製して、残りは、
『 金貨 0枚 / 銀貨 20枚 / 銅貨 88枚 』
に、アイテムボックスに金貨5枚。
……どうにかなる、か。
アイテムボックス内に「マジック」シリーズはまだ残っているし、「魔力水」は寧ろ豊富だ。
飢えはない。
なら、今後の行き先を……と考えたいが、別の問題がある。
それは、元々浅層に戻ろうとしていた事もあって、もう日が暮れそうだという事。
夜中に動く危険性は、この不滅の森に来た当初からわかっている。
今日のところはどこかで休まないといけない。
そう思って周囲に目を向けると、洞穴があった。
脳裏に浮かぶ巨大猪。
でも、ここでこうして立っているよりは……きっとマシ。
大きく深呼吸して、洞穴に向かう。
―――
洞穴の奥は深そうだった。
真っ暗なので確認はできない。
それに、奥に行く気もない。
このまま入口近くで朝まで休んでおこう。
………………。
………………(ジャリ)。
今、奥から物音がしなかった?
まさか、ホラー的展開か?
ここは異世界。
こちらに攻撃を加えられる幽霊なんて存在が居てもおかしくない。
いつでも逃げられるようにと腰を浮かせ、奥をジッと見る。
真っ暗で見えない。
手がない訳ではないけど、もしここで本当に何かが居た場合、俺の存在を明らかにする事になってしまう。
……まあ、今更感は強いけど。
それに、この状態だと安心して眠る事もできない。
安心できる状況じゃないけど。
でも、手段はある。
火、というか、たいまつを出しっ放しにするのはマズイだろうけど、幸いにしてアイテムボックスにしまえば、火が点いたまま出し入れ自由だ。
といっても、これも今は手元にないので、複製する必要がある。
火とたいまつを複製。
これで図鑑内の残り金額は――
『 金貨 0枚 / 銀貨 20枚 / 銅貨 84枚 』
である。
こうして数字を見ると、随分と減った気がするから不思議だ。
実際は……まあ、ね。
とりあえず、たいまつを取り出して火を点ける。
一気に周囲が明るくなり、よく見えるようになった。
奥の方にたいまつを向ける。
……特に何もない、
ホッと安堵。
と、下に視線を向けると、目が合う。
奥ばかりを気にして気付かなかった。
何に?
モグラ……かな。
ずんぐりむっくりとした体形に、両手両足の鋭い爪。
つぶらな瞳かもしれないけど、目の周囲はその部分だけが汚れているのかそういう色の毛なのか、丸いサングラスをかけているように見える。
それと、どことなくファンキーだ。
頭部にある毛が、フィヨルドランドペンギン……和名キマユペンギンのように、Ⅴ字型のように少しだけ伸びている。
俺の半分くらいの高さなので、一般的なモグラと違うのはわかる。
普通は怖がるかもしれないけど、どことなく愛嬌があるように見えるので、特に怖さは感じない。
でも、よく考えて欲しい。
ここは不滅の森。多分、中層。
そこに居るのが、普通で無害な訳がないのだ。
モグラが俺に飛びかかってくる。
抵抗する間もなく倒され、モグラが覆いかぶさってきた。
腕を振り上げ、鋭い爪を俺に向かって――。
ぐぎゅるるるるる~。
空腹だ! と激しく訴えるおなかの音が、洞穴内に響く。
俺の? いいや、モグラの。
モグラが俺の上でへたり込んだ。