鑑定は便利です
とりあえず……これからどうしよう。
頼みの綱だった「図鑑ボックス(β版)」は明日以降だし。
……ん? 明日以降?
今日は駄目だとして、明日もその可能性があるの?
……期待をするのはやめておくか。
問題はこれからの行動だ。
ここがどこかはわからないが、近くに文明の気配は一切ない。
東西南北もそうだが、そもそもここが安全かどうかもわからない。
それに、知識の中にある異世界そのままなら、魔物という脅威が存在していてもおかしくない。
いや、魔物だけじゃなく、現地民だって安全とは限らないじゃないか。
なので、ここから迂闊に動くのはやめておこう。
森がどこまで続いているのかわからないし、なんの装備や準備もなしに進むのは危険だ。
今のところ頼れるのは、鑑定だけ。
求めるのは、装備や準備。
というか、飲食物が欲しい。
……水飲みたい。
なので、まずは拠点となる場所を探すのと、飲食物の確保を優先しよう。
それから森の探索をして、今後の行動を決めるか。
周囲を警戒しながら移動を開始。
こうなってくると、この服も問題だ。
せめて迷彩柄であったなら……いや、違う。
そもそも、やらか神がやらかした結果でここなのだ。
迷彩柄である訳がない。
……裸一貫じゃないだけ、まだマシか。
そこで気付く。天啓が走る。
この服は用意されたモノ。
つまり、何か特殊な効果があるんじゃないだろうか?
早速鑑定してみる。
『 布製の服一式
上着から靴まで、服飾王国・ウェアエア産。
多くの人に着て欲しいと、高品質だが低価格を目指した大量生産品。
それだけ出回っているという事は、勝利の証ではないだろうか? 』
……うん。なんでこっちに問いかけてきているんだろう?
さっぱりわからないけど、なんでもない服だというのはわかった。
―――
拠点を探す。
理想的なのは、ほどよく近場に水場があって、ほどよく近場に食べ物が手に入る場所がある事だ。
まあ、そんな理想的な場所は、そうそう見つからないけど。
………………。
………………。
本当に見つからない。
いや、そもそもあまり移動できていない。
何しろ、そうそうに魔物と思われる生物を見かけたのだ。
知識の中の生物に当てはまらない存在。
近しい存在を挙げれば、ウサギ。
でも、俺が見かけたのはウサギであって、ウサギじゃなかった。
見た目はそのままウサギなのだが、特徴的な長い耳がおかしい。
鋭いのだ。とても鋭いのだ。
どれくらい鋭いかというと、両耳をハサミのように動かして草を刈る事ができるだけじゃなく、木を引っかかる事なく切ってもいた。
それに、同種同士が出会う場面にも出くわしたが、互いに耳を剣のように振るって、バッチバチにやり合ってもいた。
剣闘士かっ! てくらいに。
普通に殺されると思ったので、必死に自分は空気と言い聞かせて隠れた。
だが、隠れている時に気付く。
こういう時こそ鑑定ではないか、と。
で、なんとか隙を突いて、鑑定してみた。
『 ソービッド
刃耳と呼ばれている両耳を、鋭利な刃物のように動かすウサギの魔物。
その切れ味は、鋼鉄の盾や鎧すらモノともしない。
仲間意識は強いが、その分、たとえ同種であったとしても、敵対する者には容赦がない。
肉は美味いが、耳の方が珍味で高級。
片耳だとカッター、両耳だとハサミ。
その刃耳に……斬れぬモノなし。
禁忌の地とされている破滅の山の麓の、不滅の森にのみ生息している』
なるほど。鋼鉄をモノともしないとか、恐ろし過ぎる。
敵対者への容赦のなさも怖い。
あと、この鑑定文を読めば、誰しもが思うだろう。
カッター、ハサミって!
斬れぬモノなしだし。
結論。見つからない内に逃げた。
ただ、この逃そ……戦略的撤退が功を奏した。
なんと、川を見つけた。
即座に駆け寄ろうとしたが、理性で思いとどめる。
脳裏に過ぎるのは、先ほどの危険ウサギ。
あんなのが居る森の中に流れる川が、まともなはずがない。
正確には、川事態に問題がなくても、そこに生息するモノが危険な可能性がある。
……あれ? なんか今、危険ウサギの事で何か思い出さないといけない事があったような気がする。
多分、鑑定結果の事で。
……なんだろう。
もう一度見れば思い出すだろうが、もう一度危険ウサギと遭遇するのが怖い。
………………まあ、いっか。
気にしたら負け、みたいな言葉があるんだから、そこに固執してはいけない。
その内思い出すかもしれないし、また不意に危険ウサギと遭遇したら、その時に改めて確認すればいいんだ。
もちろん、こちらの安全をきちんと確保した上で。
今は川の方が大事。
何しろ、水は生命線の一つなのだから。
周囲を窺いつつ、ゆっくりと川に近付く。
キラキラと輝く水面が、俺を歓迎しているかのようだ。
……水中の様子が見えないから、曇ってくれないかな。
水面の反射が気にならないところまで近付いて、水中の様子を窺う。
水深は……腰が浸かるくらいだろうか。
でもこういうのって、実際はもっと深い場合があるから、憶測で決め付けるのは危険だ。
それと、水底が見えるくらいに澄んでいる。
綺麗な水に見えるけど……問題は飲めるかどうかだ。
大抵は煮沸とか必要だけど……鑑定。
『 ルデア川
魔力が溶け込んでいる川。
上流に行けば行くほど、その濃度が濃くなっていく。
そのままで飲んでも問題ないほどに澄んでいるが、飲み過ぎると魔力過多状態になるので注意。
それでも気になる方は、煮沸すると魔力も抜けるので、そちらをお試しください。
なんでも食す魚の魔物「フィッシィーター」が生息している』
やったー! そのままで飲めるぅー!
顔ごと突っ込んでゴクゴク……冷たくて美味い!
なんか美味い!
魔力が溶け込んでいるとか出ていたけど、その影響だろうか?
……他にもなんかあったと思うけど、あとだ。あと。
今は水分補給を。