ええ、決して忘れません
迫る大津波に向けて、リュオが空中でトルネード投法のように振りかぶって、俺を投げた。
狙いは多分、ヒュルム湖。水レーザーが発射されていたところだと思う。
「覚えてろよー……ガボガボッ」
リュオに向かってそう言っている間に、全身が水に包まれる。
大津波の中に入ったようだ。
きっとリュオも大津波に飲まれたと思うけど、その姿を確認したかった。
それと、どうやら本気で投げたようで、勢いよく大津波を突っ切る。
でもこれ……このまま地面に衝突するよね?
着地がまったく考えられていない。
いや、待てよ。
リュオは仮説を信じろと言った。
……それって、あれだよね?
俺にドラゴンブレスが効かなかったっていう……。
確か、魔力か、体が丈夫か、その両方か……。
どれでもいいから無事に着地してくれ、と願う。
というか、自分の仮説を信じて俺を放り投げるとか、それはどうなんだ! リュオ!
もし戻れたら、必ず復讐してやる! と心に深く刻んだ時、視界に映ったのは自分の向かう先。
巨大な湖……ではなく、その手前に落ちそうだという事。
目測誤ってんじゃねぇか!
せめて湖なら、どうにか……いや、それでもこの勢いじゃ無理か。
水面も、場合よっては固いコンクリートのようになるって聞くし。
これはもう駄目かもしれん。
ただ、その手前が不思議だった。
巨大な湖の畔は基本森なのだが、落下地点っぽいところは違う。
ぽっかりと開けているのだ。
それだけではなく、そこは地面が球形に大きくえぐれていて、外に向かって削れている大岩が隣接している。
そこに向かって飛んでいくと、上手い具合に削れた大岩の角度とぴったり合い、すべり台のように大岩の上を滑り、そのまま球形にえぐれている場所に落ち、その中で勢いよくゴロゴロと転がっている内に……気付けば中央で立っていた。
特に怪我はない。
服が汚れただけ。
………………。
………………。
よしとしよう。
でも、リュオに対する復讐は忘れなかった。
心に深く刻み過ぎたのかもしれない。
まあ、どうするかはあとで考えるとして、折角ここまで近付けた訳だし、水の高位精霊に手紙を届けよう。
というか、そもそも水の高位精霊と言われても、どういう姿形なのか、聞くのを忘れていた。
できれば、向こうから現れて欲しい、と思いながら、球形のえぐれた場所から出ようとして……一番下までずり落ちる。
………………。
………………・
大丈夫。誰も見ていない。
よし。なかった事にしよう。
確か、こういう遊具のアリジゴク的なところから出るには、円を描くように回っていけば……はい。出れた。
脱出完了。
出ると、巨大な湖――ヒュルム湖がそのまま目に入る。
とりあえず辿り着けた事は着けたけど……雰囲気はどことなく暗い。
全体的に淀んでいるというか、ヒュルム湖の水がどことなく毒々しい色をしている。
これは……怒って当然だな、と思う。
うんうんと納得して顔を上げると、目が合った。
――女性。
ヒュルム湖の水と同じ毒々しい色の長髪に、前髪もだらりと垂れているので表情はわからないが、その奥から強い怒りの視線を感じる。
毒々しい色の水でできた羽衣を身に纏い、ヒュルム湖の上に浮かんでいた。
なんというか、闇堕ちって感じがする。
もしかして、アレが……。
「……人がここまでく……」
なんでそこで言葉がとまった?
不思議に思っていると、向こうも不思議そうに首を傾げる。
「……人か?」
できれば、その質問には答えたくないなぁ……。
どうしたものかと考えている間も、ジッと見られ続ける。
なので、別の事を尋ねる。
「えっと、水の高位精霊ですか?」
「……魔力が人とは違う。体もなんとなく違う」
答えてくれない。
でも、間違いないと思う。
ただ、そう違う違うと否定されると、ちょっと悲しい気持ちになるんだけど。
「……何者?」
「……郵便配達?」
そう答えると、闇堕ち女性がスッと手のひらを俺に向ける。
「……流されたい? 少しは綺麗になるかもよ?」
ヒュルム湖の水面が波打ち出す。
「それは勘弁して欲しいというか」
「……なら、早く正直に言って。人じゃないからまだ流していないけど、まともに話す気がないのなら敵とみなす。それでなくても、何故か竜がここに来ているのだし」
なるほど。
また竜――リュオが現れるかもしれないから、急かしているのか。
でも、リュオは結局流された訳だし、今はリュヒに慰められているんじゃないかな?
「いや、正直に言っているんだけど……これを見ればわかるかな?」
アイテムボックスの中から小箱を取り出し、蓋を開けてみせる。
「………………」
流されるかと身構えたが、何も起こらない。
そーっと確認すると、闇堕ち女性は小箱の中の手紙を凝視していた。
小箱を左に移動すればあとを追い、右に移動すればあとを追い……。
「水の高位精霊宛です」
そう言うと、ヒュルム湖の水面が変化。
手のような形を作り、手紙を取って闇堕ち女性の下へ。
闇堕ち女性は手紙を受け取って読み……泣き崩れた。