はじめ
私は鍵を開けて家へ入る。
「ただいま。」
呟くような私の言葉に返事は返ってこない。
電気をつけると古く、狭い部屋が照らし出される。
荷物を放った私は電気ケトルに水を入れスイッチを入れる。
お湯を沸かしている間、私は着替えを済ませた。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
予備校の授業の後、自習室が閉まるまで勉強をしていたからその疲れが出た。
中間テストの前だから、その範囲の復習をしていた。
だが、それだけではない。
コンビニで出会った早乙女可憐の事だ。
私は自分の生まれ育った境遇を恥じているつもりはなかったが、彼女の前では何故か強がるようにそっけない態度を取ってしまった。
私は少し伸びてしまったカップ麺を啜る。
彼女だってこのボロアパートで1人カップ麺を啜る私を見ても、決して笑ったり幻滅する事はないだろう。
それをわかっていても、あの時は自分の事を話す気にはなれず素っ気ない態度を取った。
しかし、それがさらに私の劣等感を刺激する。
私は余裕なく自分を慕ってくれる友人に冷たく接し、きっと育ちのいい彼女は友人の家庭環境なんていい意味で気にしない。
彼女が「テキトー」と言った格好も、それなりの高級品のように見えた。
特にボアジャケットはファッションに疎い私でも知っているようなアウトドアブランドの物で、3万円前後はするはずだ。
私が幻滅されるとしたら家庭環境ではなく、こんな余裕のない私自身に対してだろう。
そもそも私が受験に失敗していなければ、我が家の家計も少しはマシだったのだ。
食事を終えた私は、参考書を開き勉強を再開した。
受験に失敗して入った滑り止めの学校で、テストの順位では園田の子に常に負け、育ちのいい早乙女可憐の優しさに自分の精神的な未熟さを痛感させられる。
せめて中間テストの順位で一番になれば、劣等感も消え、早乙女可憐とも負い目を感じずに付き合うことができるだろうか。
今も私のために必死に働く母さんは、私に「一番」の意味で「はじめ」と名づけてくれたのだ。




