キスしたことある?
「来週から中間テストなんだから、部活が休みだからって遊んでないで勉強しろよー。」
そう言って、「以上。」と高橋先生がホームルームを終わらせた。
するとすぐに園田が私の所へ飛んでくる。
「りき、今日からは僕と一緒にお勉強だよ!」
「うん。」
私は高校に入ってから毎回定期テスト前の一週間は園田と勉強している。
というよりも、一方的に見てもらっている。
「逃がさないよ。今回もちゃんとりき用に問題作ってあるからね!」
園田はイタズラっぽくにししと笑った。
「お手柔らかにお願いします……」
「どこでやる?図書館?」
ガラガラと勢いよく椅子を動かす音がする。
「そろそろ迎えが来るので私は帰ります。」
立ち上がった佐藤が言った。
「車まで一緒に行くよ。」
「いいわよ。図書館行くんでしょ?」
私が荷物をカバンに突っ込みながら言うと、表情ひとつ変えずに断った。
「園田さんも、さようなら。」
「うん。またね!」
佐藤はそのまますぐに教室を出た。
「今日はりきの苦手な数1からやるよ。」
図書館で向かい合って座ると、園田は私のために作ったノートを広げた。
「うわ、もう嫌です先生。別の教科にしましょう。」
ノートに目を落とした途端に私の元々なかったやる気がさらに失われる。
「ダメだよ、りき。高橋先生のテストは一夜漬けじゃできないようになってるんだから。」
「そうなんだ。」
「そのかわり、ちゃんとやってる事の意味が分かってれば解ける問題ばっかりだから。」
「そういうの分かるんだ。」
「だってそうじゃないとりきにちゃんと教えられないからね!」
「ありがとうございます。」
園田のノートにある問題を書き写し、解き始める。
やり始めてみると、意外とすんなりとできた。
この前、小テスト対策に園田と勉強した範囲と全く同じだった。
「全部あってるね。こんなにすんなりできるなんて、すごいよりき!」
私が最後の問題を終えると、正面から私の手元を覗き込んでいた園田が驚いた表情で言った。
「だってこれ、この前やった所でしょ。」
「それでもちゃんと覚えてるなんて、すごいよ、何気に応用もできてるしさ。」
「それはアンタに教えてもらったからかな。」
園田の教え方はとてもわかりやすい。
きっと園田に勉強を教われば誰だって、特に私のように普段サボってなければ、いい成績が取れるだろう。
「そ、そっか。嬉しいな。ありがとう。」
「なんでアンタがお礼を言うの?」
「え?」
「いつもありがとう。」
園田は顔を赤くして俯いた。
しかしすぐにパッと顔を上げる。
「ここまでできたらテストの半分くらいは大丈夫だと思う。」
「じゃあ、今日はここまででいっか。」
「うん。そうだね。」
「え?」
軽口に思わぬ返事が来て思わず声が出る。
まだ、1時間も勉強をしていない。
「いや、ほら、メリハリも大事だよ。あんまり根を詰めても良くないからさ。うん。」
「確かにそうだけど……」
いつもと様子が違う園田に戸惑う。
「ねえりき。」
「なに?」
「と、隣の駅まで出かけない?僕欲しい参考書があるんだよねー。あはは。」
「いいけど。」
「ほんと!?じゃあ、行こ。」
学校と私たちの家のあるこの地域は、駅前の本屋が潰れて久しく、本屋に行くには電車で隣の駅まで行かなければいけない。
私が一緒に行く意味は無さそうだが、気分転換に連れ出してくれるということだろう。
私たちは図書館を後にした。
隣の駅に着き改札を出ると、既に日が傾いていた。
佐藤を転校初日に連れ回した日以来、久しぶりに来た。
この地域では大きめの街だが、大した発展はしていない。
寂れた商店街と駅前に本屋やスーパーの入った3階建の小さな商業施設があり、他はカラオケ店や居酒屋の入っている雑居ビルがいくつかあるぐらいだ。
本屋に入るとレジ前にはカードゲームの拡張パックがかけられ、「いつのだよ。」というような少年向けアニメの一番くじの景品の余りがワゴンに積まれている。
最近は本屋に寄ることもないから、少し懐かしい雰囲気だ。
「少し選びたいからりきは他見てていいよ。」
「わかった。」
私は雑誌コーナーでパラパラと立ち読みを始めた。
なんとなく手に取った週刊のマンガ雑誌をめくっていると、少し前まで読んでいたマンガが目に止まる。
基本的にコンビニで立ち読みしていただけで熱心には読んでいなかったけど、佐藤が転校してきてからの約1ヶ月半はそんなこともしなくなっていた。
少し読まない間にだいぶ展開が進んでいる。
一切フラグの無かったように思えたキャラクター同士が付き合っていて、キスまでしている。
「りき、お待たせ。」
「あ、うん。」
私は雑誌を慌てて閉じた。
「もうお会計済ませちゃった。りきその漫画好きなの?りきが好きなら僕も読もうかな。」
「いや、どうだろう。最近読んでなかったし。」
「ふーん……ならいっか。」
私は内容、特に開いていたキスシーンに触れられず、少し安心しながら棚に雑誌を戻した。
「ねえ……りきってキスしたことある?」
「あ、えっと……見られてたか。」
「僕はしたことないよ。ずっと勉強ばっかりだったから。」
「あー……」
園田は私をまっすぐ見つめてとんでもない事を口走る。
どう返事をしていいか分からない。
今日の園田は少しおかしい。
「ねえりき。キスしてよ。」
さらにとんでもないことを言い出す。
顔は紅潮しているが、その目は私を捉えたままだ。
「何言って——」
園田は私に一歩迫って、そのまま私の胸に顔を埋めた。
私にくっついたまま園田が顔を上げると、上目遣いの瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んでいた。
「ダメ?」
そう言って今度は目を閉じる。
まるでキスを待っているかのように。
その顔に一瞬ドキッとしてしまう。
「こんな所でできるわけないでしょ!人目もあるのに。」
「じゃあ人がいない所ならいいの?」
「それは……」
「このあたりで人がいない所ってどこ?」
「え、まあ、カラオケボックスぐらいじゃない?」
「分かった。」
そう返事をした園田は何も言わずに私から離れた。
しかし、その場から動こうとしない。
黙ったまま立っている。
本当に行くのか?
私はその場の空気が耐えられずに歩き出した。
園田は私の後をついてきた。




