月野さん
の子ちゃんに受付のやり方を教えている間に鈴木さんは佐藤さんに連れていかれちゃった。
内心ため息をついたけど、鈴木さんに「頑張って」と言われたからにはしっかりしなきゃ。
私の夕方の当番はお客さんの呼び込みと列の整理で、看板を持って入り口の前で立っていることが仕事だ。
だけど、もうこのぐらいの時間になるとそんなにお客さんは来ない。
私は当番の交代の間に待っていたグループの案内を終えて列から人がいなくなると、の子ちゃんが座る受付の隣の席に座る。
「流石に疲れちゃった?」
「うん。ちょっとね……」
の子ちゃんは少し心配そうな目を私に向けた。
「でも、頑張らなきゃ。さっき鈴木さんにいっぱい甘えちゃったし、頑張ってって言ってもくれたし。」
「あ、うん。そうだね。りきにね。へー。」
の子ちゃんは微妙そうに目を細めて視線を逸らした。
やっぱりの子ちゃんって鈴木さんの事が好きなのかな?
「の子ちゃんってさ——」
私がそう言いかけた時、「ぐぅー」と私のお腹が鳴った。
「あ、ごめんね。」
私は恥ずかしくなって前髪を触って顔を隠した。
「大丈夫大丈夫!そういえば早乙女さんって何か食べたの?」
「朝ご飯だけ……」
「じゃあ何か食べてきなよ。」
「でも……」
「もう全然人来ないから平気じゃない?何かあったら連絡するからさ!」
「分かった。の子ちゃんありがとう。じゃあ行ってくるね。」
私はオバケの格好のまま、の子ちゃんに手を振って教室を離れた。
カフェみたいなクラスは一人だと入りにくいから、校庭の出店で何か買って食べようと思って校舎を出る。
「えーっと、何があったっけ?」
私は歩きながら文化祭のパンフレットを開いた。
すると突然ドンッという衝撃を受ける。
目を開けると私は尻もちをついていた。
顔を上げると背が高く、少しボサっとした長い髪のうちの生徒が立っていた。
ブラウスの第一ボタンは開き、その裾はスカートから出ていて、首元のリボンタイは付けず、ボタン全開のブレザーは校章のピンバッジが外れている。
顔立ちはキリッとしているが、全身からだらしなさを感じる。
「ごめん、大丈夫か?」
「あ、はい。」
私は差し伸べられた手を握って立ち上がった。
「寝不足でボーっとしてた。怪我はない?」
どうやら私とぶつかったらしい彼女は頭をかきながら謝った。
「大丈夫、です。わ、私そこちゃんと前を向いてなかったから。ごめんなさい。」
「怪我がないなら良かった。財布も教室に置いたカバンに忘れて食料も調達できないし、今日はダメだな。」
彼女のキリッとした顔は照れ笑いで少しだけ崩れた。
「あ、あの。私もちょうどご飯にしようと思ってて。」
「ん?」
「だ、だから、一緒に食べませんか?お金は私が貸しますから。」
「本当?助かるよ。」
一人で食事するのも寂しかったし、鈴木さんには全然及ばないけど、少しカッコいい人と一緒なんて少しついてると思う。
でも、私って鈴木さんといいこの人といい、なんか自分の好みが心配になる。
「あ、そうだ。学年色のタイをつけてないからわからなかったんだろうけど、私は君と同じ1年だから敬語じゃなくていいよ。」
「そうなんだ。」
「私は1年A組の月野はじめ。」
「1年C組の早乙女可憐です。」
「よろしく、可憐。」
「よ、よろしくお願いします。」
鈴木さんですら下の名前でいきなり呼び捨てにしないのに、なんか常識なさそう。
校庭の食事用の席を取って、月野さんに待ってもらって、彼女のリクエストの焼きそばを買いに行った。
「ねえ、君。君ってば。」
「え?私ですか?」
「そうそう。」
焼きそばを二人分購入して月野さんの待つ席に戻ろうとすると、突然二人組の男子に話しかけられた。
「すげー可愛いから声かけちゃった。」
「そうですか……」
「俺たち隣の山高の生徒なんだ。良かったら一緒に回らない?」
近くの共学の高校の生徒らしいけど、いちいちそういう程度の低い話に付き合うつもりはない。
「ごめんなさい。お友達を待たせてるので。」
「いやー、そんなこと言わずにさ。部活の先輩も去年のここの文化祭で彼女作ったんだって。」
「本当にお友達待たせてるので。」
「さっきからそればっかじゃん。じゃあその友達と一緒ならどう?」
流石にしつこい。
そして、少しずつ距離を詰めてくる。
学校で手荒な真似はしないだろうけど、体格差のある男子に詰め寄られると流石にちょっと怖い。
「なに?ナンパされてる?」
「月野さん……」
困っていると、月野さんに声をかけられる。
「遅いから見にきたけど、正解だったな。」
「あー、待ち合わせしてる友達?この子のことちょっと借りていい?」
「いいわけないだろ。ほら行こう。」
月野さんは私の手を引いた。
「おい、ちょっと待てよ。」
男子の制止に月野さんは足を止めた。
「ウザ。」
月野さんはそう言って、次の瞬間、私の持つ焼きそばの一つを手に取り、男子の顔に投げつけた。
なにしてるのこの人……
「あっち!うわっ、何すんだよ!」
男子の大声で巡回していた先生たちが駆け寄ってきた。
月野さんと私は先生たちに職員室で事情を聞かれる事になった。
先生たちによる事情聴取が終わり、職員室を出た私たちは「もう学外の人のいる所に行くな」ということで、月野さんのクラスの荷物置き場として使っている教室で食事をすることになった。
とりあえず、の子ちゃんに連絡をしながらその教室へ向かった。
「カバンから財布出すから待ってて。」
「うん。」
教室に入ると月野さんはすぐさまお金を返してくれた。
「返してくれるのはいいけど、焼そば一つしかないよ?それに冷めちゃってる……」
「ごめん……」
「ねえ、月野さん。半分こしよ?」
「そうするか。」
月野さんと私はお行儀は悪いけど、同じ焼きそばを二人でつついた。
「さっきは助けてくれてありがとう。」
「あー、いいよ別に。」
「でも、焼きそば投げつけるとは思わなかった。」
「ごめん。寝不足でイライラしてたのかも。」
「私も少しスッキリしたからいいけど……」
「実は腹黒キャラ?」
「そんなんじゃないよ。」
「なにその顔。可愛い。」
私がムクれて月野さんを睨むと、彼女は私の頬を両手で挟んで笑う。
私はその手を払うように顔を逸らして、前髪を触った。




