家族
私は帰りの車の中で、私の過去と家族のことを話すことにした。
私の母は幼い頃に死んでしまった。
母の記憶はあまりないが、優しかったように思える。
ただ、それも父と比べて、相対的な評価かもしれない。
別に父が厳しかったわけでも、ましてや嫌いなわけはない。
父は家のことは専業主婦だった母に任せて、子育てに口出しはしなかった。
母が死んでからもそんな態度は変わらず、私と父はますます関係が薄まった。
平日は父の帰りが遅く、ほとんど一緒の時間はなかったし、休日も夕食ぐらいしか顔を合わせなかった。
二人っきりの夕食はNHKのニュースの音だけが響いていた。
だから私は、父のことをあまり知らない。
そんな父が、私が中学2年生の時に再婚した。
相手の空さんは当時23歳で、私の9個上だった。
そんな空さんを私はどうしても母親としては見れなかった。
よく知らない父と母親でない女性の家庭では、きっと私が他人なんだろう。
空さんはそんな私に努めて優しく接してくれた。
しかし、私にはそれがストレスだった。
私と父の間を取り持とうとする空さんの姿は痛々しかったし、気を使わせてしまっていることに罪悪感すら覚えた。
私は家に帰らないようになっていった。
食事はファミレスで済ませて、補導されるギリギリまで出歩いていた。
昔から口は出さずにお金だけは出す父のおかげでそんな生活ができたのだから、それが望まれているような気さえした。
そして、髪の毛もブリーチして金髪にした。
私はどんどんいわゆる不良少女になっていった。
そんな私を空さんは心配していたが、少しずつ諦めが見え隠れするようになった。
私はそれでいいと思った。
私の家は私がいなければ二人の家になる、それが私にとっても父と空さんにとっても一番だ。
私が高校を受験する頃には既に今の関係が完成していた。
受験する高校を決めた時も空さんは「りきちゃんが決めたことなら私は反対しないわ。」と言った。
父は相変わらず「自分の人生は自分が生きたいように自分で決めるしかない。」とだけ言ってすぐに席を立った。
私も佐藤と同じで家では一人だ。
だから私は佐藤の気持ちに共感できる。
しかし、私と佐藤は決定的に違うことがある。
私にとって家族は他人だが、佐藤にとっては家族は自由を奪う敵なんだ。
佐藤は戦っているが、私は逃げているだけだ。
そんな私を佐藤は特別だと言ったが、きっとそんなことはない。
ただ、私にできることは佐藤に寄り添い、一緒にいることだけだろう。
そして、そうすることが私を佐藤の言う特別にしてくれるんだと思う。
「そんなことないわ。あなたは最初から特別。」
佐藤は私の肩に頭を預けながら言った。
私と佐藤は腕を絡めてお互いに寄りかかる。
「こんなこと初めて話した。」
「話してくれてありがとう。」
「うん。」
「ずっと一緒でいたいわね。」
「到着いたしました。」
私の家の前に到着すると、山崎さんは私たちの座る後部座席のドアを開けた。
「あ、ありがとうございます。」
私が車から降りると佐藤もついてきた。
「今日はありがとう。一緒にいられて嬉しかったわ。」
「私も案外楽しかったよ。」
「それならよかったわ。」
「じゃあ、また明日、えーっと……学校で。」
「待って。」
佐藤は別れの挨拶をした私の手を引いてキスをした。
私はそれに応えて佐藤の腰にそっと手を回して、彼女の舌を受け入れる。
私とのキスにも慣れてのか、佐藤の体には無駄な力が入っておらずリラックスしている。
短めのキスを終えると佐藤は優しく微笑んだ。
「またね。」
佐藤が車に乗り込むと山崎さんはドアを閉めた。
私の身の上話を聞かされて、さらにキスまで見せられて、山崎さんはどんな気持ちだろうと思ったが、そんなことは些細なことのように思える。
佐藤を乗せた車が遠ざかっていくのを、私は見届けてから家に帰った。




