キスの意味
佐藤をおぶって10分ちょっと歩くと、山崎さんとの待ち合わせ場所のパーキングに到着する。
山崎さんは既に車を駐めて待っていた。
佐藤と一緒に車に乗り込むが、山崎さんは外に出たままだ。
「山崎さんは?」
「制服に着替えるから外で待っててもらってるのよ。」
「じゃあ私も外で——」
佐藤は逃げ出そうとする私の腕をガシッと掴んで引き留める。
「あなたは手伝って。」
「は?着替えぐらい自分でできるでしょ。」
「車の中じゃこのワンピース脱ぐの大変なんだけど。」
佐藤はテロテロとした白地に黒色でパリの街並みが描かれた総柄のワンピースを着ていた。
襟はリボンになっていて、金色のボタンが3つ胸元までついているブラウスのような上半身に、下半分はギャザーが入りたっぷりと布を使ったスネあたりまで丈のあるスカートになっている。
たしかに、車の中でこれを脱ぐのは窮屈そうだ。
佐藤は首元のリボンを解き、第一ボタンとそれに続く金色の3つのボタンを外した。
佐藤の控えめな胸元と白い下着が洋服の隙間から見える。
「ジロジロ見てないで早く手伝って。」
佐藤はカフスのボタンを外しながら言った。
「ご、ごめん。」
「えっち。」
そう言って顔を上げた佐藤はほっぺを赤らめて私を睨んだ。
その表情にドギマギする。
私は咳払いをして誤魔化した。
「ほら、万歳して。」
佐藤は無言で両手を上げて腰を浮かせる。
私はスカートの裾の方から布を掴み、持ち上げてワンピースを脱がせる。
下着姿になった佐藤が長い髪を振るう。
「ありがとう。」
「う、うん。」
佐藤は足元のカバンから制服を取り出す。
「持ってて。」
「はい。」
綺麗に畳まれた制服を両手で受け取った。
「今日は、ありがとう。」
「別にいいけど……どうして急に私を連れ出したの?」
「分からないの?」
「え?うん、まぁ。」
「はぁ……それ本気で言ってる?鈍感ね。」
「えっと……」
「一人にしないでって言ったわよね?」
佐藤は責めるように身を乗り出して私を問いただす。
「言われたけど……」
佐藤の一方的な物言いに理不尽さを感じる。
「私の事情はよく知ってるでしょ?だから、学校で二人でいられる事が嬉しかったのに。」
佐藤は俯いて話し始めた。
「家でも学校でも一人なのよ、私は特別だから。」
佐藤は私の服の袖を掴む。
「でもあなたはあの時、私の手を引いて連れ出してくれた。飛び出した私を迎えに来てくれた。」
私の袖を掴む手に力が入り、声はかすかに震えている。
「あなたもきっと特別なんだって、」
佐藤は少し呼吸を整える。
「だからキスしたの。」
顔を上げた佐藤の目は涙ぐんでいた。
「めんどくさくて嫌な女でしょ?でも、あなたの前でしかこうなれないの。」
「そんなこと——」
「だからお願い、あなたも特別でいて。みんなと一緒にならないで。」
佐藤はすがるような目で訴える。
「あなたはきっと特別なはずよ。」
そうだ。
彼女の孤独を一番わかるのは私じゃないか。
「ごめん。」
「あっ、そうよね……ごめんなさい……自分勝手すぎるわよね。」
彼女は自分を嘲笑するように鼻を鳴らした。
「そうじゃない。」
「いいのよ、もう。」
私は佐藤の唇に自分の唇を重ねた。
キスをした。
「一人にしない。」
「嘘。」
「ウソじゃない。」
佐藤は顔を真っ赤にして上目遣いで見つめてくる。
「なら、もっと……」
「え?」
「まだ足りない。」
私は思わず喉を鳴らした。
「もっと気持ちいいキスして。嫌な事を考えなくていいように……」
私は隣に座る佐藤の方へ移動して覆い被さるように彼女と向き合った。
「来て。」
佐藤は目を閉じた。
再び唇と唇が触れると彼女は口を開けた。
私もそれに応える。
お互いの舌を絡め合わせると、佐藤の鼻息が荒くなって私の顔をくすぐる。
口を離すと佐藤はぷはぁっと息を吸った。
「苦しかった?」
佐藤は無言で首を左右に振った。
私の影の中で涙目で赤面して、はぁはぁと呼吸する佐藤の姿が普段とのギャップで可愛らしい。
私は彼女の下着のフロントホックに手をかける。
「ダメ。」
「あ、ごめん!」
「今日はもう帰らなきゃ。あんまり遅いと怪しまれちゃうから……」
「うん。」
私は彼女から離れようとする。
「でももう一度だけ……」
再びキスをすると佐藤は私を強く抱きしめた。
着替え終えた佐藤は山崎さんを呼んだ。
山崎さんが運転席に座り、車は走り出した。




