デート
車が進み出すと佐藤はスマホをいじりはじめ、車内に沈黙が流れた。
少しして、スマホの操作を終えてポケットにしまった佐藤は、その姿を私が眺めている事に気がついたのか、私を見てため息をついた。
「なに黙ってるのよ。」
「スマホいじってたじゃん……」
「あなたはスマホ操作しながら喋れないのかしら?」
「申し訳ございません。」
佐藤の理不尽な怒りに私は謝罪するしかなかった。
「分かればいいわ。」
そう言った佐藤は、はいと手を出してきた。
「なに?」
「手。」
私が差し出された手を普通に握ると、佐藤が指を絡めて恋人繋ぎになった。
「これなら黙ってていいわよ。」
窓の外を見ながら言った佐藤の表情は、私からは見えなかった。
車は六本木で止まり、私たちは降車した。
佐藤と少し言葉を交わした山崎さんは車に乗って去って行った。
「ほら、行くわよ。」
んっと差し出す手を握ると佐藤に引っ張られるようにして歩き出す。
「どこ行くの?」
「映画館。そのあとは美術館。」
「その後は?」
「ノープラン。」
佐藤はムスっとした顔で答える。
私は少し早く歩いて彼女と並んで、そのあと、歩調を合わせた。
映画館に着くと、佐藤はスマホを取り出して発券をした。
「お金は?」
「別にいいわよ。」
そのチケットを渡された私が聞くと、佐藤は軽く断った。
「今日は私が無理矢理連れ出したから。それとも、今日のデート代を全部出してかっこいい所を見せたいって言うならいいけど?」
「分かりました。」
私はこれ以上は無駄だと悟って早々に折れた。
それに、私が払ったら今日一日で一月のお小遣いを使い切る事になるだろう。
「ていうか、デートなんですね。」
キリっと睨んできた佐藤に私はすぐにすみませんと謝罪した。
飲み物を買って席に着く。
その間、ずっと手を繋いでいたので少し恥ずかしかった。
映画が始まって少しすると、佐藤の頭が私の肩に乗る。
彼女はすやすやと気持ちよさそうに寝始めてしまった。
明け方から連絡があったし、あんまり寝ていなかったのだろう。
映画が終わってもぐっすりと眠る佐藤を優しく起こす。
「ふあーぁ、ごめん、寝ちゃった。」
とろんとした目をした佐藤は気の抜けた声を上げた。
その無防備な姿が、ご機嫌斜めだったそれまでのギャップでとても可愛らしい。
「立てる?」
「うん。」
私に手を引かれて佐藤は立ち上がった。
映画館を後にした私たちは美術館へ行った。
エレベーターに乗り、スマホのコードをかざして入場する。
普段、美術館なんて全く行かない私にはその光景がイメージと違って新鮮だった。
中に入ると、佐藤はあいさつなどが書いてある壁を素通りしてスタスタと歩いていく。
「こういうの、読むタイプだと思ってた。」
「読む時もあるけど、最近はあまり読んでないわ。」
「ふーん。」
「ムンクって知ってる?」
「叫びの人?」
「そう。ムンクの生涯や作品の解説が書かれている本を読んでたら、そこに彼が描いた太陽の絵が載っていたの。初めてその絵を見て凄く感動して、それまでの解説とかどうでもいいって思えたの。」
「それで読まなくなったんだ。」
「完全に読まないわけじゃないけど、作品の隣の解説ばっかり読んでてるのもどうなんだろうって思ったのよ。」
そう言い終えてすぐに、彼女は私見であることを慌てて強調し始めて、それもなんだか可愛らしいと思った。
「その本、私の部屋に今度来た時に見せてあげるわ。」
「あの家にまた行くのかぁ……」
「嫌なの?」
「いや、シャワー浴びるのだって一苦労だったし……」
「私はワルいことしてるみたいでドキドキしたけど?」
「じゃあ、近いうちに……」
そう思ったが、もしかしてキスをした相手の部屋に泊まることになると、前とは事情が変わってくるんじゃないか。
あの時は同じベッドで寝ていたし、同じようにするなら、凄く不純な気もする。
ベットの上でキスをせがむ佐藤の姿が頭に浮かぶ。
「ちょっと……おーい、もしもーし?」
佐藤に声をかけられて、はっと我にかえる。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。」
「ならいいけど。」
私は軽く咳払いをして話題を変えようとする。
「私は絵よりもこういう立体の作品の方がわかりやすくて好きかな。」
「ふーん。」
「ごめん、変なこと言った?」
「別に、一緒に行きたい所ができただけ。」
佐藤はにっこりと微笑んだ。
私たちは美術館を出ると、同じ施設内のレストランでハンバーガーを食べる事にした。
映画館で寝てスッキリしたのか、好物を美味しそうに頬張る佐藤はすっかり機嫌を直し、今朝の不機嫌な彼女はどこにもいなかった。




