委員の子
教室に戻るとクラスの文化祭実行委員の子が一人で作業していた。
背の低い彼女は机に乗って、その小さい体を背伸びで精一杯伸ばしてプルプルと震えている。
彼女の姿は少し園田と重なって可愛らしいが、どう見ても届きそうもない上に、危険な作業だ。
「なにしてるの?」
私は見ていられずに声をかけた。
「えっ!鈴木さん!」
彼女は驚いて声を上げる。
「確かに危ないわね。」
そう言った佐藤に私は飲みかけの缶ジュースを渡した。
「私がやるよ。それつければいいの?」
「う、うん。」
私は代わりに机に乗って、手渡された紐の通った輪っかを養生テープで天井に貼り付けた。
紐の先には青のすずらんテープで作られたポンポンがつけられていて、どうやらこれが空飛ぶ火の玉らしい。
「ありがとう、鈴木さん。これがちゃんと使えるか試さなきゃいけなかったんだ。」
委員の子はポンポンのついた紐の反対を引っ張って、火の玉を揺らしながら言った。
「これが火の玉?」
「あははー、やっぱり変かな?」
不満そうに口を挟んできた佐藤に委員の子は苦笑する。
「気にしないで。佐藤は拘りが強いのよ。」
「神は細部に宿るって言葉知らないかしら?」
「ごめん、初めて聞いた。」
佐藤はもういいわよ肩を落とす。
それを見た委員の子はクスクスと笑う。
「ごめんなさい、つい。」
委員の子は慌ててぺこりと謝った。
「そういえば、他のメンバーは?」
彼女を取り囲んでいた文化祭の中心的なメンバーが今日は誰一人いなかった。
残っていた他のグループも、自分たちの仕事を終えたのか先に帰ってしまったから、彼女は届きもしない天井に向かって背伸びをしていたのだろう。
「えーっと、部活の出し物の準備とか塾とか、後はわからない……」
私の問いかけに委員の子は自信無さそうに答えた。
「あー、良かったら手伝おうか?」
「え、いいの?」
「うん、アンタもいいよね?」
そう言って佐藤の方を振り向くと、一瞬眉をひそめて私に怒ったような表情を向ける。
「私も手伝わせていただきます。」
しかし、すぐに表情を戻してそう返事をした。
私たちは三人で作業を進めた。
「鈴木さん、さっきはありがとう。」
委員の子は手を動かしながら口を開いた。
「あんな危ない事してたら誰だって声かけるって。」
「うん、ごめんなさい。」
彼女はどこか嬉しそうな顔をしながら謝った。
「鈴木さんってさ、意外と優しいね。もっと怖い人なのかと思ってた。」
彼女は手を止めて私の方を向いた。
「それに……」
「それに?」
私はなぜか髪の毛をいじって恥ずかしそうにする彼女に聞き返す。
「鈴木さん、ちょっとかっこいいかもって。」
突然、思ってもみない事を言われたので私は少し動揺する。
「あ、ありがとう。えーっと——」
「私の名前は早乙女だよ。早乙女可憐。」
私が名前を覚えていなかったことを察した早乙女は、自ら名乗った。
「ごめん。」
「うんん、気にしないで。こうやってお話するの初めてなんだし。」
早乙女はその言葉通り気にしてないようで、ニコニコしながら言った。
「はーあー、背が高いの羨ましいなぁ。高い所も届いちゃうし、カッコいいし。」
「さ、早乙女ぐらいの方が可愛らしくていいよ。」
「本当?私可愛いかな?」
「え?うん、可愛いと思うけど……」
「そっかぁ。鈴木さんにそう言ってもらえると嬉しい。」
早乙女はほっぺに手を当てて、嬉しそうに笑った。
彼女はそんな仕草や見た目が、可愛らしすぎるぐらいの名前にぴったりと似合っていた。
「二人とも!」
突然、佐藤の声が後ろからした。
「手が止まってますよ?」
振り返った私たちにそう言った佐藤の表情は恐ろしいほどにこやかだった。




