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紅柘榴のスケルツォ  作者: 黒崎蓮
3/4

探索は二人がかりで

 街の中心にある宿を取ったラビルは、ベッドの上で指輪を眺めながら考え込んでいた。

 歩くたびにきしむ木製の古い宿だったが、長旅続きだったラビルにはベッドがあるだけ贅沢というものだった。

「で、何か良いアイデアは浮かんだのかよ? ぶっちゃけ、あの爺さんの心を救ったところで、この街の邪気の量にたいした影響は与えられないと思うがな」

 指輪からは、封じ込められているゼアルの声が響いた。知らない人が見れば、銀のリングに丸いガーネットがはめ込まれた一般的な指輪に見えるだろう。

「確かにこの街の邪気は見た目以上に濃いね。それこそ、聖晶石があっても魔物が出てきてしまうくらいには。でも、ボクは今回ニックさんを助けることを優先するよ」

「……その心は?」

「友だちとの約束さ。心を闇に落としそう人を見つけたら、真っ先に寄り添って助けてやれって。ニックさん自身、すでに自分の境遇に諦めてしまっているのかもしれない。一見するとそこまで気に病んでいないのかもしれない。でも、強い憎悪や怒りよりも、諦めという感情がより恐ろしい魔物を生み出すこともあるらしい」

 ラビルは窓の外、遠くを見つめながら言った。今は亡き友人と、何を言っても信じてもらえないと自嘲気味に嘆く老人の顔が交互に頭の中をめぐる。

「まるでおとぎ話の勇者様だな」

「今の言葉だけ取ればね。でも、ボクが思いついた方法はまったく勇者的じゃない」

「お?」

「ゼアル、キミは魔徒なんだよね。一時的にでも怪物的な何かに変身できないかな?」

「まぁできなくはないぞ。石ころの状態のときは魔力が足りな過ぎて何もできなかったが、今はお前と契約しているしな。ただその場合、お前の魔力をかなり消費することになるが……って、あぁそういうこと」

 ゼアルの返答にラビルは笑みを浮かべる。可愛らしい顔が、作り笑いかと見間違うほどに歪む。

「人の心を読むなんてデリカシーが無いけれど、おかげで説明の手間が省けたよ。この計画、どう思う?」

「すげー良いぜ。勇者というより、悪魔好みの良いシナリオだ」

 ゼアルは上機嫌に答える。顔があったら、きっと自分より数倍上手な笑みを浮かべているのだろうと、ラビルは思った。


*****


 ――夜。中央広場。

 街中を一日かけて、さながら観光客気分で回ったラビルは中央広場に来ていた。

 時計の針はてっぺんを回っているからか、人の姿は見当たらない。静かに流れる噴水の音を聞いているのはラビルただ一人。

「ゴミ捨て場なんてどこにでもあるけれど、中央広場の噴水はここだけ。誰かが意図的に魔物を生み出しているのか、自然発生的なものなのか。なんにせよ魔物なら、人間を襲うはずだ」

 起きている住人もいないのだろう、動く気配のない風景を、ラビルはじっと見つめる。

 魔物の原動力は人の憎しみ、怒り、絶望。その感情の多くは同じ人間に向けられることが多い。そこに魔物がいて、人間がいれば、襲われるのは人間のほうだ。

「来たぜ」

 ゼアルの声に、ラビルは噴水の周りに歪みが生じているのに気づく。それはやがて黒、灰色、紫色と様々な光を発しながら、子どもくらいの大きさの人の形へと変わっていく。

「インプ、小鬼。魔物と呼ぶにも不完全な邪気の寄せ集めみたいな存在だが、魔物であることには変わりねーし、実際出会っちまったら一般人はどうしようもないな」

 ゼアルの説明に、ラビルはうなずく。目の前に生まれつつある魔物の特徴と名前にはラビルも聞き覚えがあった。街中にたびたび発生し、些細な子どものいたずらのようなものから、残酷な殺人事件まで起こしてしまう危険性未知数の小さな魔物。

「聖石があっても邪気が濃ければ現れるのがインプだからな。インプが現れた街は近いうちに大きな魔物に襲われるっていうジンクスもある」

「そんなに悪い街には見えなかったけど、見かけによらないもんだ」

「どうする。正義の勇者様らしくここで倒しておくか?」

「見てしまったからには職業柄見過ごせないしね。キミの力も見てみたい」

 ラビルの返事に、右手の中指に嵌った指輪が光る。

 キイン、という金属が擦れあうのにも似た音が鳴り響き、ガーネットの光が漆黒の夜を一瞬だけ眩く、妖しく包む。

「――お前の魔力は上質だぜ。契約して正解だったな」

 光が止んで、ラビルの横に立っていたのは、異形の存在。

 夜と同化するような漆黒の髪。封じられていた宝石と同じガーネットの瞳。鋭く伸びた黄金色のカギ爪。

 姿形、その顔は確かに人間と類似していたが、圧倒的に人間とは隔絶された魔力をその身に帯びていた。

 ゼアルは瞬時に地面を蹴り、インプとの距離を詰める。突然のことに驚いたようなそぶりを見せたのもつかの間、インプはゼアルのカギ爪に一刀両断され、悲鳴も上げずに雲散霧消した。

「あっけない。そしてキミの力も十分だね。ボクには余るくらいだ」

「へっ、せいぜい契約中は護身用の武器とでも思ってくれや。存在を維持させてもらっている以上、お前に危害を加えることはないさ」

 わずか数秒のうちに静寂を取り戻した広場に、ラビルと、怪物と化したゼアルが対峙する。目の前の不敵に笑う怪物を、自分の魔力で顕現させたことは、自分の魔力が徐々に抜けていくような感覚からして現実なのだろう。

 ラビルはその高揚感に、いつもの下手糞な笑みを返す。

「分かったよゼアル。キミの力を借りよう。明日から忙しくなるよ」

「魔徒が魔物を狩るために働くことになるとはお笑いものだが、宿主の言うことは聞かないとなぁ」

 ゼアルは言って、自身の身体を赤い光の粒子へと変換させる。光は水辺を求める蛍のように、ラビルの指輪に収束し、消えていったのだった。



*****


 それからラビルは魔物の気配があるたびにゼアルを連れ、魔物を討滅していった。

 現れる魔物はすべてインプで、たいていは夜中に発生し、ゴミ捨て場を漁ったり、花瓶を割ったりと、少し度を過ぎた子どものイタズラ程度のことをしていた。

 ゼアルが魔物の発生を検知できるため、殺人などの重大な被害までは出ていない。

ただ、街の住人たちの不安は、日に日に重くなる街の雰囲気、住人同士がお互いを疑いの目で見る視線から、大きくなっていることが分かった。

 街に滞在して一週間、夜中に魔物を狩る生活を続けていた。昼間はニックのいる病院に顔を出し、大方の街のトラブルの原因はインプにあるだろうとの報告を続けた。

「魔物退治までするとは……最近の医者はすごいのじゃな」

「まぁ、ボクは腕っぷしにも多少の自信はありますので」

「けっ、よく言うぜ」

 病室。ラビルは日課になったニックへの報告を終えた。魔物はラビルの魔法でも退治できるレベルの低いものであるということで通してある。

「現れるのは決まって夜。街のみなさんにも気づいてもらえるように結構派手に暴れているはずなんですけど、なかなかやじ馬根性を見せる方がいらっしゃいませんね」

「熟睡して気が付かないだけか、それとも気づかないフリをしているだけか……じゃな」

 騒ぎを起こして魔物の存在を多くの人に知らしめる。一連のトラブルが魔物のせいだと多くの人が証言すれば、ニックの目撃証言も信用される。……そんな流れを期待しての行動だったのだが、期待通りにはいかないようだった。

「正義の味方は俺たちの性に合わなかったってわけだな! がっはっは!」

「……気づかないフリを決め込むまで、魔物のせいとは認めたくないんですかね」

 ゼアルの言葉を無視し、ラビルはニックに問いかける。

 要因が魔物にないのなら、同じ住人のうちの誰かが嫌がらせをしているに違いない。現実から目を背けて、そんな感情が街のあちらこちらで噴出しているのは、住人の様子から分かった。

 疑う心も同様に、邪気を生み、その邪気は魔物を生む。

 ラビルたちがいくら倒したところで、インプは増え続けるだけだ。

「この街は二十年前、大きな魔物に襲われてな。まだ聖晶石が設置される前だった。大勢の人が死んだよ。石が来てからは、外からの魔物は寄り付かなくなった。内部から発生はしていたのかもしれんが、今回のように見てみぬフリがされてきたんじゃろうな」

 聖晶石が主要都市以外に設置されたのはここ三十年くらいの話。それまで自衛か封魔師などの外部の力を借りることしかできなかったディオナの街からすれば、聖晶石はまさに救いだっただろう。

 これで魔物に怯える心配などする必要が無い。

 救いの石の効力を疑うことは、何が何でも心の底から拒絶したかったのかもしれない。

「絶対なんてありませんよ、この世界に。聖晶石だって例外じゃない。……少しやり方を変える必要があるようですね。ニックさん、ひとまずボクはこれで」

 ニックからの話を頭の中で咀嚼し、次の策を考えながらラビルは椅子から立ち上がる。そんな少女の小さな手を、ニックは優しく掴む。

「もう良いんじゃよお嬢さん。あんたはよくやってくれた。こんな老いぼれ、そこまで長くも無い。あいつらに信じてもらわんでも、一人でなんとか生きていくさ」

「……それはダメです、ニックさん。その諦めと絶望は、最も心を闇に落としかねない危険な感情なんです。あなたは嘘なんて、ついていないんですから」

 ラビルは言い放って、唖然とするニックを振り返らずに病室を後にした。


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