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紅柘榴のスケルツォ  作者: 黒崎蓮
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現実を見ようとしたのは、ただ一人

 ノクターン帝国南部辺境、石造りの建物が並ぶ街ディオナ。

 壁面に蔓や葉を絡ませた建築物に日の光が降り注ぎ、寒々しい朝の街をいくらか温め始めていた。

 開店後間もない石細工の店に、ラビルの姿はあった。

「ほうほう、ここで俺はお前のアクセサリーとして生まれ変わるんだな」

「こんな武骨な石の状態じゃ、持ち歩くにも不便だからね」

 ゼアルとの会話は、心の中で念じれば通じる、’念話’と呼ばれる魔法で外に怪しまれることなくできるようだった。

「いらっしゃい。ずいぶん早いお客さんだ。旅の人かい?」

「えぇ、まあ。おじさん、この石をペンダントとか指輪に加工できませんか?」

 怪訝そうに自分を見る店主の顔は、これまでに何度も見て飽きていた。

 魔物や魔徒の増加、海の向こうの大国との緊張状態と、子どもが一人で外に出歩くだけでも危険なのに、旅をしているのだと言うと怪しまれるとはいかないまでも、不思議がられた。

「ほう、これはガーネットかな? かすかに魔力を感じるけれど、属性が読めないね。炎、と、あと何かが混ざっているような気がするが……」

「へぇ、そうなんですか。その辺で拾って綺麗だなと思ったので持ってきただけだったんですけど。ところで、いくらくらいかかります?」

 この世界に気体のように流れる魔力――通称アステルには、いくつか属性がある。全世界的にアステルを操り、人智を超えた魔法を扱える人口は減っているから、こういった質問をされるのは久しぶりだった。

 確かに石には封じ込められているゼアル自身の炎という属性はある。

 ただその存在をつなぎとめているのは、間違いなく闇属性の魔力。

 人や獣を魔徒や魔物に変えてしまう、邪悪なアステル。

 下手に怪しまれないうちに用事は済ませておきたかった。

「指輪の加工なら、だいたいこれくらいの値段だな。やるなら明日にはできあがるが、どうする?」

 店主が手渡した紙に書かれた金額は、ラビルに払えない額ではなかったが、この先の旅を考えると大きい出費に変わりはなかった。

「じゃあ、お願いします。あと、ここで一番大きな病院を教えてもらませんか?」

「あぁ、良いけど。病気でもしてるのかい?」

「いいえ、ボクが治すほうなんですよ」



 ゼアルを石細工屋に置いて、ラビル一人で街を散策しがてら目的地へと向かっていた。

 ディオナ中央病院。

 街の規模に比べ、目の前の大きな病院を運営できるくらいには安定した資産を持っているようだ。

「それにしても、変な拾い物をしてしまったかな。あの時は疲れていてあんまり頭が回っていなかったけど、ボクがやったことって正真正銘、悪魔との契約だよな。……ぶっちゃけ、あのままお店に置いておくってのもありかも」

 一人旅を始めてからすっかり癖になってしまった独り言をつぶやいて、ラビルは肩を落とす。

 自分の旅に同行人ができるとしても、まさか悪魔が付いてくることになるとは微塵も思っていなかった。

「なあに、ぶつぶつと縁起でもない独り言言ってやがる!」

 耳元、というより自分の内側から聞こえた声に、ラビルは病院への歩みを止める。

 声は間違いなく、置いてきたはずのゼアルのもの。

「お前の魔力を媒体にすれば少しの間だけ意識を移動できるのさ。俺がいない間に変なこと考えてもばれるってわけ」

「はあ、しつこい男は嫌われるよ。で、なんでボクのところに来たわけさ。素敵な指輪にはしてもらえたのかい?」

「いや、仕事の順番的にまだなんだとよ。なに、契約してからお前のことは何も知らないままだからな。治すほうってことは医者なんだろ? ひとつ、お手並みを拝見したくてな」

 医者――と呼ぶには、やや語弊がある。

 ラビルが治す対象が人間の心という観点からすれば、心療科の医者とも呼べるのだが、それともまた別の立ち位置に当たる。

 療心師。

 魔徒や魔物は、彼らを討伐する専門の戦闘集団――封魔師によって倒されると、暗い感情に侵されたアステルを放出する。邪気と呼ばれるそれは、大気中に溶け込み、人々の心を魔に誘い込みやすくしてしまう。

 療心師であるラビルは、魔徒や魔物が消滅する寸前に処置を行い、邪気の放出を食い止めたり、心に闇を溜め込んだ人のケアをしている。

「療心師なのさ、ボクは」

「なるほど。俺をあっさり受け入れたのも、いざとなったらどうにでもできるからか」

「どうだろう。他人の心の闇は見て、取り除くことはできても、自分自身のはどうなのやら」

「含みにある言い方じゃねーか。なんだよ、邪気があるなら俺が喰ってやろうか?」

「……考えておくよ」

 ゼアルの言葉を流して、ラビルは院内に入り受付へ向かう。

「流れの封魔師です。種目は第三種、療心師です」

「お疲れ様です。資格の証明書をお見せください……確認いたしました、ラビル様。私の後に付いてきて下さい」

 二、三言のやり取りをした後、ラビルは受け付けの女性の後に付いて院内を進んでいく。

 街に在中している療心師は別として、ラビルのような活動場所を変える人達にとっては、まず病院等の医療機関へ行き活動の許可を貰わなくてはいけない。

「人を助けるのに許可がいるってのか。笑えるな」

「魔徒と意見が合うなんてね。ボクも同感。なかなか滑稽だろ。大きい街ほどこういうのが厳しいんだ」

 魔物や魔徒が暴走し、武力のみでの解決しか望めなくなった場合は戦闘専門の封魔師――療心師に対して滅魔師とも呼ばれる彼らは対処に当たるのだが、療心師の場合は対応の見極めが難しい。

 特に、まだ魔徒にならずトラブルすら起こしていない’患者’を見極め、適切な処置を施すのは困難だった。

「あなたの心には邪気が溜まっていて、放っておくと街を襲う怪物になる恐れがある。なんて、面と向かって言えないからね。一般的な心療科の治療を装って、診察や治療を行うことになる」

「なるほど。やばそうなやつは隔離して、外に出さないようにするのか。ちょうど、この病棟のように」

 長く続く廊下と、左右には等間隔で病室の扉が設置されていた。ゼアルと念話しながら、ラビルは’隔離病棟’に来ていた。

「こちらが患者のデータになります。回診後、レポートを提出ください」

「分かりました」

「では私はこれで」

 ラビルは去っていった女性には目もくれず、渡された紙の束をめくって、目を通していく。

「紛争で親を亡くした子ども。恋人にフラれた男。詐欺師に大金をだまし取られた老人。大きさ問わず、トラウマが心の傷になって邪気を作り出す。何も起こらないうちは、ひとまず言葉を交わして、不満を外に吐き出させる」

「愚痴を聞いてやるってことか。なんだ、酒場のマスターでもできるじゃねーか」

「程度の小さいのものならそれで良いし、むしろ酒場のマスターの方が適任のこともあるね。さて、まずは手始めにこの部屋にでも……」

 ラビルは説明しながら、目の前の扉をノックする。

 ニック・ハール。

 扉の横には患者の名前らしき単語が書かれていた。

「誰だい、あんたは。また先生が変わったのか」

「こんにちはニックさん。ボクは流れの医者です。仕事を紹介してもらいがてら、患者さんの診察を頼まれまして。体調はいかがですか?」

「おうおう慣れたように嘘を吐くもんだな」

 念話で感心するゼアルを無視して、患者――ニックの様子を伺う。

 六十代くらいの、頭頂部が禿げ上がった白髪の老人。ベッドと机、小さな窓があるだけの簡素な病室に、彼は囚人のようにぽつりと居た。

「……ふん。あんたみたいな子どもを寄こすようになるとは、この病院も本当に忙しいんだな。老いぼれの戯言を面倒がって聞き流しているだけかと思っていたよ」

 ニックの嫌味に、ラビルは口元に笑みを浮かべて、診察の準備を始める。

 机の上にノート、金属製の杯のようなもの、そして一振りのナイフ。それを見て老人は顔をしかめる。

「あなたに危害を加えるつもりはありませんよ。ボクはあなたを診に来ただけ」

 ニックの警戒心を解くように優しく言って、ラビルは杯に手を添える。

 満たされていたのは透明な液体。液体は波紋を描いて、何かの映像を映し出しているように見えた。

「しばらく、この中を覗いていてくれませんか」

 言われた通り、ニックは杯の中を覗き込む。波紋の広がりは、映し出されている彼の顔を歪めていく。

「これで何が分かるんだよ」

「これは心鏡の杯。杯に満たされた水は鏡。鏡は自分自身の姿を映し出す。自分の気づかない部分も、ありのままね。ニックさんには見えなくても、ボクには彼の心が見える」

「なんだその反則アイテムは」

「心のすべてが見えるわけじゃない。強く残っている風景、記憶--例えば、心の傷、闇とかね」

 ゼアルはラビルの視線の先を、指輪越しから眺める。

 波紋から、はっきりと映像が映し出されていく。

 町の中、建物にの雰囲気や色合いから、ディオナの町だろう。

 場面は移り、細い路地、集合住宅のゴミ捨て場が映る。いくつかの黒い影がうごめいて、捨てられたごみ袋の周りをゆらゆらと動いていた。

 人の形をしていたが、人影とは言えなかった。日が差し込む方向に影は伸びておらず、形には厚みがあるように見えた。

「魔物だな」

「みたいだね」

 ゼアルとラビルは認識を一致させる。真っ黒な衣服を着た人間とも取れたが、それらが纏う雰囲気も、受ける印象も人間のそれではない。

 影たちは動きを止め、捨てられた袋を開けていく。中のごみを取り出して、無造作に路地へ放り投げていく。

 散らばっていくごみ。中には食べかけのパンや魚もあり、実際には感じない腐臭までもが漂ってきそうだった。

 視界が小刻みに揺れる。視界の主--ニックの恐怖がそうさせているのだろう。道端を歩いていたら突然正体不明の影に出くわせば、この反応も無理はない。

 映像は変わって、一気に視界が暗くなる。

 ラビルも見覚えがある、噴水が置かれた中央広場。そこに、誰かを待つように男が一人立っていた。

 時間帯は夜のようで、街灯がかすかに男の姿を映し出している。

 彼に近づいたのは、決して待ち合わせ人ではない、何か。

 夜よりも暗い黒色の影が、男に近づいていく。男はそれに気づいた様子はなく、影と男の姿が重なっていく。

 影から突起物が突き出され、一瞬遅れて液体が辺りに噴出された。街灯で照らされた鮮やかな赤色から、それが血液であることは間違いなかった。

 蹲りぴくりとも動かなくなった男に一瞥もくれず、影はこちらに振り替える。顔があるわけではなかったが、なぜか笑みを浮かべているような気がして、総毛立つ。

「儂は見たんだよ。怪しげな影がゴミ捨て場を荒らしたり、人殺しをしている場面をな。最近になってこの街で犯人不明のトラブルが多発している。街の者に話しても信じてもらえないんだ」

 一通りの映像が終わり、ニックが口を開く。

 街の中で何かしらのトラブルが起きていることは、この病院に来るまでに通りすがる人たちが話しているのを聞いていた。

 心鏡の杯から見るに、犯行は魔物によるもの。であれば、魔物討伐を専門にしている封魔師に依頼するのが筋だが、信じてもらえないというのはどういうことだろうか。

「この街には大きな聖晶石がある。魔を寄せ付けることは本来ならあり得ない、あってはいけないことなんだ。儂が話しても、この街の者は信じようとせん。そればかりか、頭のおかしい老人として病院に送り込む始末だ」

 ニックの言葉にラビルは思わず表情を曇らせる。

 要するに都合の悪いことから目を背けるための口封じということだろう。そんなことをして何の解決にもならないことは明白だというのに。

 魔を寄せ付けないため、大きな街には必ず聖晶石と呼ばれる聖なる力を持った魔石を設置している。

 しかしその退魔の効力も絶対ではない。設置された場所から離れればそれほど効果は薄くなるし、街の中の邪気が強力であれば魔物が出現する可能性もゼロではない。

「なるほど。それは不本意なことです。ここの医師にはそれを?」

「言ったが同じ返答だった。夢でも見ていたんだとか、そんなことは絶対にありえない、とかな。聖晶石を置くだけで必ず魔物が現れなくなるのなら、今頃この世界は平和じゃろうて」

 まったくその通りだった。それだけ分かっているから、ニックも諦め気味なのだろう、その顔には悲しみよりも疲れが浮かんでいた。

「お話ありがとうございました。ニックさんの見たものは現実ですよ、ボクが保証します。心鏡の杯に映るのは、本人が実際に見て強く残っている風景です。あなたに問題があるのではなく、街の人の認識の問題でしょう。ボクにできることを何か探してみます」

「……信じてくれたことは感謝したい。じゃが、実際どうするんだね?」

「アイデアはいくつかあります。まとまったらまた伺いますよ。ボクは他の患者さんの診察があるので、ひとまず失礼しますね」

「ふむ、まぁ期待させてもらうことにしようか。子ども一人に何ができるか見当もつかんが」

 ラビルはニックの嫌味を含んだ言葉を背中に、病室を後にした。

「で、この状況から何をしようってんだ?」

「まだ何も、ってほどでもないが思い浮かんでないかな」

「おいおいまたハッタリかよ」

「ぼんやりとしたアイデアを形にできるかどうかは、キミにかかっているんだよ、ゼアル」

「……俺?」

 念話で言葉を交わしながら、ラビルは次の病室へは行かず、病院を後にして今晩の宿を取るために再び街へ出たのだった。


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