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紅柘榴のスケルツォ  作者: 黒崎蓮
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プロローグ:道具と書いて’ともだち’と読む

 声がしたのは、足元に広がる荒れ果てた畑の中のどこかだった。

 二日も歩き通しでボーっとしている頭に届いた声は、どうにも距離感を掴めない。

「おい、そこの。聞こえないのか? お前の足元だよ。ほら、こんな目立つ色してやってんだから気づけって」

 顔を少しばかり動かして探してみても、割れた土と、腐った作物が転がっているだけ。

 他には、空に顔を出し始めた太陽と、遠くで鳴いている鳥だけだろう。

「もう、あと五歩進め。そうすりゃ見える。あ、面倒くさがるなって!」

 思考がぼやける中、言われるがままに進んでみると、確かに目新しいものがそこにあった。

 ――紅い石。

 透き通ったそれは、鏡のように自分の顔を映していた。

 十五、六歳くらいの小さい体に、大きなリュックを背負っている。

 ショートカットの黒髪は、女の子にしては短く、男の子にしては長い。

 前髪は片方だけ長く左目を隠し、もう片方の目は無気力に自身を見つめている。

「やぁ、こんにちはお嬢さん。さっそくだが憐れな俺を助けてくれないか? 今から言うことをやってくれるだけで良いんだが……っておーい!」

「ごめんね。ボク、知らない人と、ましてや石と話してはいけないって言いつけられているんだ。というか、幻聴の可能性もあるから早く次の町に行って休んだ方が良いな、うん」

 少女は紅い石の声を背中に、すたすたと歩いていく。若干足元がふらついていて、疲労は確かに見えていた。

「……俺は悪魔だ。って言っても、無視して行っちまうのか?」

「それは、いわゆる魔徒ってことかな?」

 石の声に、少女はピタリと足を止めて、質問を返す。

振り向いた彼女の右目に、さっきまでには無かった強い光があった。

「魔徒……になりそこなった存在と言えば良いか。幽霊みたいなもんだ。この石に憑りつくことで、ようやく意識と存在を保っていられる」

 魔徒。それは、大気中の魔力――主に邪気を孕む強い魔力に取り込まれ、その姿を変えてしまった人間の総称。

 魔人や悪魔とも呼ばれるそれは、心を闇に落とした者と言われ、醜い姿や不安定な精神と引き換えに、膨大な魔力や桁外れの運動機能を持っている。

 だが、目の前の石――に憑いているという声は、魔徒のなりそこないだという。

「精神体だけ、魂だけの存在ってことか。意識だけを他の物体に移すことなんて可能なんだね。少なくともボクは聞いたことないけど」

「実際、目の前で喋っている俺を信じてくれとしか言えねーな。……で、だ。俺の正体を明かしたところで、話を聞いてほしいんだよ」

「メリットになる話じゃないと聞かない。これでもボク、けっこう忙しいんだ。どうしてもやらなければいけないことがあってさ」

「そのやらなきゃいけないことも、俺が叶えてやると言ったら?」

 いちいち引き留めるのが上手い奴だ。

 少女は口を閉ざして、先を促す。

「魔徒は、強い感情を糧に存在を維持する。怒りや憎しみなんていう負の感情は分かりやすく強い感情だから、俺たちにはそれに付随する悪いイメージが付いているが……要は強い感情であれば良い。どうしても叶えたい夢や、願いだって、俺たちを存続させる糧となる。賢そうなお嬢さんだから、俺の言いたいことは分かるよな?」

「つまりキミは、ボクの願いから生じるエネルギーで存在を維持し続けたいと」

「そう、願いが叶うまでの間で良い。叶ったら、他の宿主を探すさ。さ、願いを言ってみな。このご時世、あんたみたいなお嬢さんが危険な一人旅をしてでもやらなきゃいけないことって何さ? このゼアル様が叶えてやるぜ」

 疲労でぼんやりとした頭のまま、少女は考える。

 これは、自分の心を喰らおうとする彼の策略という線もある。魔徒の糧は強い感情。人を巧く口車に乗せて心を喰らう魔徒、悪魔の話は飽きるほど昔の物語で知っている。

 ただ、今さら自分の身を案じるほど、命に執着も無ければ、心残りになるような家族も友人も残っていない。

 少女はただ純粋に、友人に託された、かつ自身に課した使命を全うするために生きてきたのだから。

 使命を果たせるのなら猫の手だって悪魔の力だって借りよう。

「笑わないで聞いてくれ。ボクがやろうとしていることはね……」

 続けて、小さな口から紡がれた言葉に、ゼアルは――紅い石は、呼応するように光り始める。

 ゼアルは笑っているのだと、少女はその光から感じ取っていた。

 そして自分自身も、頬の筋肉がつり上がっているのを感じていた。ただその笑みは、笑みと呼べるのかも怪しい、下手くそな微笑みだった。端正な顔立ちが、つり上がった頬のせいで不自然に歪んでしまっている。

「良いねェ。デカい願いだ。あんたの願いが、その心の炎が消えない限り、俺も長生きできるってもんよ。お嬢さん、名前は?」

「ラビルだよ」

「よしラビル。契約をしよう。俺はあんたの心に住み着いて、糧とさせてもらう。俺はあんたの願いを叶える。なに、命を拾ってもらうんだ。これくらいやりきってみせるよ」

 これくらい。

 とても不可能とも思える自分の目的を、そんな言葉で表す魔徒の力を見てみたい。少女ラビルの胸の中に、期待感も生まれる。

「ゼアル。キミならボクの目的をどれくらいで達成できる?」

「ふむ、一年あればってところじゃないか。だからそれまで、友だちくらいの感覚で付き合ってくれや」

「友だち……友だちね」

「あぁそうだ。俺と、友だちになってくれよ」

 ラビルにとってそれは、もう自分には全く縁のない言葉だと思っていた。

 実現にはほど遠い目的、使命。


 石から迸った紅い光が、一筋の線になって、前髪で隠れたラビルの左目に向かう。

 痛みはなかった。ただ眩しく、心地良い何かが不快感無く自分の中に入ってくるのを感じていた。


 ――この世界を、人々を、闇から救い出す。


 そんな使命を自ら背負った少女には、悪魔の言葉も光も、やけに温かく感じた。


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