メンチカツ
怪談話のような、謎解きのような、不思議な話です。
せつなさを欲している方におススメの、私自身大好きな作品です。
とても短い、読み切りショートショートですので、気軽に読んでみてください!
偶然、大学時代の友人Tに会った。仕事を終え、駅に向かっている時だった。
卒業して数年経っていたが、一目でTだとわかり、声をかけた。Tも俺と同じくスーツ姿のサラリーマンになっていた。Tは、最近この近くの営業店舗に異動になったという。素直に再会を喜び、飲もうぜ、ということになり、男二人で近くの居酒屋に入った。
社会人として、いっぱしの大人になったつもりでいたが、Tと話すと学生時代に戻って、子供みたいにはしゃぎ、しょうもない昔話で大爆笑したりしていた。そこに、俺が注文した『特製メンチカツ』が運ばれてきた。すると、大笑いしていたTの顔が、ふと真剣になった。
「どうした?」
気分でも悪くなったのかと、俺が聞くと、Tは首を振って、
「不思議な話があるんだけど、聞く?」
と切り出してきた。
それは、Tがまだ新米だった頃の話だった・・・。
Tは、賃貸仲介の営業マンで、引っ越ししたい人の話を聞き、条件に合う物件を勧め、一緒に物件を見学し、契約を取る、簡単に言えばそういう仕事をしている。
ある男性のお客さんが来た時のこと。30代半ばくらいのサラリーマンだった。
『転職したので、今の職場に近くて安い部屋を探したい』
という希望だったので、その条件に合うものを何部屋か勧めたが、男性は家賃を理由に断り続けた。どうも、家賃の安さを第一条件としているらしい。そう察したTは、ある条件付きの部屋を提示することにした。それは、いわゆる事故物件だった。
告知義務があるので、Tは男性に事故物件であることを前置きし、その部屋の資料を見せた。すると、『家賃、間取り、場所、全部理想通りだよ!』と男性はすごく喜んだ。事故物件であることはあまり気にしていない男性に急かされ、すぐにその部屋を見くに行くことになった。
3階建ての、1階1Kのその部屋は、マンション自体がまだ新しかったこともあり室内も普通にきれいで、男性はますます気に入った。
この部屋は、3年前に女性が首を吊って自殺し、その後まだ誰も住んでいないという状況だったのだが、この調子だとこの男性は何も聞かないまま契約してしまいそうだったので、Tは、『事故の内容は話さなくていいですか?』と聞いた。すべて聞いて納得してから決めてほしいと思ったからだった。
男性は、う~んと考えて、『じゃあ、一応聞いとこっかな』と軽く答えた。Tが内容を伝えると、男性は『3年も経ってるし、大丈夫じゃね?』と笑った。なんともあっさりとしたいい人だった。
こうして、双方とも納得して契約が完了した。
聞いていた俺は、
「その男もだけど、お前もいい奴だな」
と、おもわず言った。なんで? という顔をしているTに、
「だって、わざわざ本当のこと言わなくてもいいんじゃね? 契約取れない方がまずいじゃん」
「それはダメだよ。お客さんにも悪いし、部屋にも申し訳ない」
「部屋にも?」
「そうだ。部屋だって、ちゃんと気に入ってくれた人に住んでもらいたいはずだから」
ちょっとムキになって言うTを、俺はわかったわかったとなだめ、内心ほっこりした。
続けていいか? と、Tがまた真面目な顔になった。
「でもやっぱりその部屋は、完全な事故物件だということが、わかったんだ」
「完全なって? どゆこと?」
「完全は完全だよ・・・」
Tは、一つ息を吐いて、続きを話した。
男性がその部屋に引っ越して、1ヶ月ほど経った頃。Tの元に男性から『助けてほしい』と電話が入った。
『ここ一週間、深夜になると、女性の声が聞こえて眠れない』
と、疲れ果てた声で訴えてきた。事故物件とはいえ、そんなベタな心霊現象が起こるのか? すぐに信じることができなかったTはとにかく男性の話を聞くことにした。
深夜に聞こえるというその女性の声は、『見つけて、見つけて』と壊れた再生機みたいに何度も何度もリピートするらしい。20代くらいの若い声だという。
『この部屋って、首吊りじゃなくて、どこかに死体が埋まってんじゃないの?』
1ヶ月前は、あんなに明るくいい感じだった男性からは考えられないくらいの怯えた声を聞き、Tも本当なのかも、と思った。Tは男性に、すぐに引っ越しますか? と聞いたが、やはりこの部屋のことは気に入っているようで、『とにかく、この声止まんないかな?』と弱々しく言った。Tは、3年前のことをきちんと調べると伝え、男性の都合がいい2日後に会う約束をした。
Tは、3年前この物件の担当者だった、3つ上の先輩に当時の話を聞くことにした。Tはまず先輩に、『見つけて』の声のことを話すと、先輩は嫌悪感いっぱいの顔になり、『あの女は、まだ迷惑をかけるのか……』と吐き出すように言った。
先輩によると、3年前、その部屋で自殺した女性はシングルマザーで、産んだばかりのわが子と暮らしていたが、赤ん坊はあの部屋で、せんべいを喉につまらせて亡くなった。まだ9ヶ月だった。最初は母親の虐待か? と疑われたが、そうではないとわかった。なぜかというと、その部屋がゴミ屋敷だったからだ。
『脱ぎっぱなしの洋服や、食べかけのお菓子なんかが足の踏み場もないくらい散乱しているような状態だったらしい。だから、赤ん坊はそこからせんべいを見つけて口に入れ、噛むことができず、窒息した……。だから事故って結論になったけど、でもさ、それだって、ほぼ虐待じゃないか。だろ?』
Tは、その時の先輩の口調をまね、苦々しい顔と声で、俺に話した。その先輩に会ったことはないけど、きっと似ているに違いないと、俺は思った。
わが子を失ったその女性は、その数日後自殺した。21才だった。
『後追いみたいにも思えるけど、生きる気力がなかっただけじゃねーかな? もともと生活力もないし。それにさ、ゴミ屋敷をそのままにして逝っちゃったからさ、あと片付け大変だったって、大家さんぼやいてたよ。身元も調べたけど、家族は全員死んでて、保証人に連絡先つかないし、親類もいなくて、大家さんが全部やんなきゃいけなかったからさ。最後まで迷惑かけたくせに、新しい住人を不眠症にするなんて……まじで信じらんねーわ』と、先輩は嘆いた。
Tは、当時の新聞記事も読んだが、先輩の話以上のことは書かれていなかった。
大家にも会ったが、『もうあの女のことで嫌な思いをしたくない。あの部屋はもう封印するから、早いとこ引っ越ししてと、住人に伝えてくれ』と一方的に言われ、まともに話をすることができなかった。
男性は、引っ越したいわけではない。だから、『見つけて』という声を消して、眠れるようにしてあげたかった。
夜中に聞こえる『見つけて』という言葉の意味は、なんだろう?
赤ん坊に関係するのか? しないのか? 『見つけて』欲しいものは、一体何なのか・・・?
答えがわからないまま、男性と会う日になってしまった。
待ち合わせ場所に現れた男性は、見事に疲れ果てた様子で顔もげっそりとやつれていた。Tは、これは本当にただ事じゃないぞと、すぐにマンションに向かった。
部屋にあがらせてもらう。1か月前に見た、何もなかった物件から、ごく一般的な独身男性の一人暮らしの部屋になっていた。
Tはさっそく、『見つけて』という声が聞こえる時の状況を説明してもらう。
『声はたいてい、ベッドで寝ている時、耳元から始まって、『見つけて見つけて』と繰り返しながら、だんだんと遠ざかっていく。で、怖いからじっと耐えていると、また耳元に戻ってきて、また遠ざかって行く、の繰り返し』
話を聞いたTはう~んと考え込んだが、考えたところで何も答えが出てこない。部屋がシーンと静まり返る。『見つけて』と聞こえてくるかも・・・とTの背筋が寒くなっていた時、『そういえば!』
と急に男性が大声を出したので、飛び上がってびっくりしてしまった。男性は、Tのそんな失態には気づかず、
『遠ざかって行く方向がいつも同じだ』
と言った。男性が指差した先には台所があった。
声は、まず耳元で囁いて男性を目覚めさせ、台所へと誘っている、ということなのか・・・?
Tと男性は、台所に立ってみた。
料理はほとんどしないというだけあって、きれいなままのコンロや、流し台があるだけの、なんの変哲もないキッチンだった。
ここに、何か『見つけて』欲しいものがあるのだろうか?
Tは台所付近とすべての引き出し、棚を見ていった。特におかしな物は見つからなかったが、最後に開けた、コンロの下の扉の奥に、何かがあるのを見つけた。
それは、白い紙の束だった。縦横10㎝くらいの袋状の紙で、『お肉の大村』というピンク色の文字が印刷されていた。油のシミがついたその紙は何十枚も束ねられていた。
Tと男性は、頭に『?』を浮かべながら、顔を見合わせた。
この袋以外、台所から何も出てこなかったし、隠し扉的なものも見つからなかったので、Tと男性は、この店に行ってみることにした。
『お肉の大村』は、マンション近くの商店街にあった。
昭和のにおいが漂う昔ながらの肉屋で、ショーケースには量り売りする肉と、コロッケやメンチカツなどが並んでいた。男性も揚げ物を何度か買って帰ったことがあると言う。
『いらっしゃい』
ケースを眺めていたTたちに、店頭に立っていた女性が声を掛けてきた。愛嬌のある自然な笑顔の年配女性だった。
Tは事情を話し、部屋で見つけた袋を女性に見せたが、
『急にそんなこと言われてもねえ』
と、困った顔になるだけだった。いきなり自殺やらなんやらという話を聞かされたら、そういうリアクションになるよな、とTは思った。写真でもあればよかったが、そんなものは一枚も残っていなかった。この紙は『見つけて』の声に関係ないのか・・・そんなことを考えていたTに、店員の女性が言った。
『よく通ってくれていた、お腹の大きな子なら覚えてるけどね』
時期を聞くと、4年ほど前だと言う。自殺した女性がちょうど妊娠していた頃と同時期だった。
女性の話では、その妊婦は、毎日一人でやってきて、メンチカツを1つ買って行くだけで、それ以上も別の商品も買わないし、誰かと一緒にいるところも見たことはなかったという。
『暗い感じで、絶対目を合わせてこなかったからさ、こっちから話しかけなかったの。そういうの嫌いなお客さんもいるからね』
そう言うと女性は悲し気にため息をついて、続けた。
『もうそろそろ産まれそうだな~って思った日を最後に、その子、来なくなっちゃって。赤ちゃん産んで、引っ越しでもしたのかな~なんて、思ってたんだよ』
女性の話を聞いてTは、その妊婦は、自殺した女性に間違いないと思った。
彼女はシングルマザーで、誰も頼れる人がいなかった。だから、いつもたった一人で、この店に来ていた。そして、お金をやりくりする中で、この店でメンチカツを買うことが、唯一の心のよりどころで、その思い出として、メンチカツが入っていた袋を残しておいたのではないかと・・・。
『あれ?』
と、Tの隣で男性が声を上げた。袋の一枚に、文字が書かれているのを見つけたのだ。
Tが袋を受け取り見ると、袋の裏面の隅っこに、小さな文字でこう書かれていた。
おいしいです。
いつも笑顔をありがとう。
明日こそ、声をかける。
ありがとうって言う。
老眼鏡を取り出してそれを読んだ店頭の女性は、『かわいそうに』と、わっと泣き出した。4年前の妊婦と子供を亡くし自殺してしまった女性が同一人物であると確信したのだろう。
『声、かけてあげればよかったね~。そしたら、助けてあげられたかもしれなかったのに』女性は、孤独に死んだ女性を思い、涙を流した。
女性が泣き止むのを待って、Tと男性は、女性と共に肉屋の奥にある厨房でメンチカツの袋を燃やし、自殺した女性のために合掌した。
それ以後、あの『見つけて』という声は聞こえなくなった。
Tは俺に言う。
「自殺した女性は、3年間空室だった部屋にやっと引っ越してきてくれた男性に、『見つけて』と必死に訴えて、メンチカツの袋をあの店まで届けてほしい、と願った。で、いつも笑顔で接客してくれた店頭の女性に、『ありがとう』と伝えたかったんだと思う」
確かにそれもある。でも俺は、少し違う印象を持っていた。
「泣いてほしかったじゃないかな?」
「え?」
不思議そうな顔で聞き返すTに、俺は続ける。
「自殺した女性は、自分のために泣いてくれる人、自分と赤ちゃんのために心からの涙を流してくれる人が、たった一人でもいいからいて欲しかったんじゃないかな」
それが、毎日通った肉屋の店員だったと、彼女にはわかっていたんだと、俺は感じた。
Tは、なるほどね……と呟き、
「自分のために泣いてくれる人を『見つけて』って、彼女は言ってたのか……」
「そうだよ。お前、彼女を救ったな」
俺の言葉に、Tは悲しいような照れたような泣き出しそうな複雑な顔になって、もう冷めてしまった特製ミンチカツを頬張った。
おわり
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この話は、他人にはどうでもいいようなやつまらないものでも、本人にとっては、なくてはならない『世界』のように大切に思っていることを持っている人を描きたいと思い、書きました。
そういう人がいるなら、自分がしているごくあたりまえな事も、どこかの誰かの大切な『世界』になっているかもしれない。だから、普通に生活しているだけでいいんだと、それでいいんだと、オールOKだと、自分を肯定したい気持ちもありました。
そんなことを、少しでも感じていただけると嬉しいです。
毎月4日と18日に、短編小説を投稿していますので、次回も読んでいただけると嬉しいです。
今日は、本当にありがとうございました。またよろしくお願いいたします。
りさこりさこ