第四話:彼氏(仮)とボク
冬休みも残りわずか。思い返せば例年どおりの濃い長期休暇だったと思う。
宿題が分からず癇癪を起こして物にあたる幼馴染――今年は幸いにも、折りたたみ式テーブルを真っ二つにされたこととドアノブを引っこ抜かれただけで済んだ――をはじめ、実妹は某宗教団体の教祖――しかも目的は世界征服――だと判明。
何よりインパクトがあったのは喋る猫との遭遇だけど、この猫と過ごす時間こそがボクに癒しを与えてくれてるわけだから、世の中捨てたもんじゃないなぁと感心してみたり。
……というかさ、ボクの周囲にいる人達の中で一番まともなのが動物ってどうよ?
乾いた笑い声を出すボクに、ネコは胡乱な眼差しを送ってくる。
疲れが溜まってるだけだから気にしないで。
そう弁解をしたところで、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「誰だろう?」
リビングにミクがいる場合は率先して玄関に向かってくれるけど、あの子は只今外出中。どこに行くのか訊ねても、意味深な笑みを浮かべるだけだった。
行き先ももちろん気にかかるけど、寧ろあの表情、五歳児のする顔じゃない。
膝の上からネコを下ろして、インターホンと回線が繋がる受話器に手を伸ばす。
「どちら様ですか?」
「……俺」
ボソッと、ただ一言。
「……今開ける」
一年も付き合えば誰だか分かる。
「随分と憂鬱そうやな」
受話器を置いて意図的に溜息を吐くボクを訝しんで、ネコが首を傾げた。
「まぁ色んな意味で難儀な相手だからね」
廊下に出て玄関に向かう道すがら、初めてショータローと出会ったときのことを思い出してしまった。
あれは中学生になって初めてのゴールデンウィークを終えた次の日のこと。
ウララが季節外れの風邪をひいてしまって、学校帰りにでも見舞いに行かないと後が煩いだろうなぁ、なんて考えながら廊下を歩いていたときだった。
廊下は六人くらい余裕で横に並んで歩ける幅がある。その一番窓際を歩いていたボクの前に、黒いヌリカベが立ちはだかった。
さすがに声には出さなかったけど、突如視界を覆ったそれにギョッとし、思わず後退する。よくよく見ればヌリカベは黒い生地の服で、等間隔で縦ラインに金色のボタンが留めてあった。
数瞬の間をおいて男子の制服だと認識して「すみません」と言いつつ横に退こうとしたら、その男子もボクと同じ方に足を踏み出してて、またもぶつかりそうになる。
右へ、左へ、もう一歩脇によって、今度は逆の足を横に出し……ても!どういうわけか前に進めない!
後方を歩いていた生徒がボク達を胡乱な目つきで追い抜き、前方からやってきた女子生徒はこいつら何やってんだって顔して通り過ぎていく。
さすがにここまで行動が被ると、冗談なんかじゃなく、本気で目の前の黒い制服がヌリカベに見えてくる。苛々しながら相手を睨み上げるが、長すぎる前髪の所為で表情が窺えない。
おかげで相手が何を考えているのか全く分からなかった。ボクのように苛立っているのかもしれないし、踏み出そうとしてもボクとかち合うので困惑してるのかもしれない。……いや、もしかして。
「とりあえずボクはこっちに進みますんで、君はそっちに進んでください」
指示を出してボクが足を踏み出そうとしたら……案の定立ちはだかりやがった!
「やっぱり嫌がらせかー!」
整髪剤を使ってもあちこち跳ねてしまうのが悩みの短い髪の毛に両手を突っ込んで、ボクは人目を憚らず声を上げる。背後はどうか知らないけど、僕が進もうとする先に人がいなくなったのは確認済みだ。
「一体何?!ボクに何の用?いいかげん喋ってよ!」
そう、さっきから目の前にいる男子生徒は黙秘を続けたままで、うんともすんとも言わない。
ボクより頭一つ半高いから、目の前に佇まれるだけでかなり威圧感がある。おまけにロボットかとつっこみたくなるくらい無表情。……不気味だ。
踵を返してこの場を去ろうかと考えた矢先、真一文字に塞いでいた薄い唇が突如、上下を割った。
「……好きです」
初めて耳にする声は、中学生にしては意外と渋い。声を張り上げて「全体、休め」と命令口調で指示でも出せば、何も理解してなくとも兵隊よろしく、足を広げ手を後ろで交差して休めのポーズでもとりそうだ。
いやいや、そんなくだらないことを考えるよりも……この人、今何て言った?告白?いやいや、まさか。
「付き合ってください」
まさかがキター!え、ちょ、何?これ夢?いや、それよりもまず訊かなきゃ。
「え〜っと、とりあえず理由を訊かせてもらおうか」
「……トメさんが君の守護霊に惚れたらしくって」
………はい?
「トメさんて誰?守護霊って……?」
「俺の守護霊がトメさんで、享年八十三歳。君の守護霊の又座衛門さんに惚れたらしい」
「え、ボクに守護霊なんているの?」
まずそのことに吃驚だ。こんなにも災難に遭ってるっていうのに、守護されたことなんて一度もない。
「……江戸時代に斬首された落武者だって言ってる。君の守護霊になってからやたら疲労することが多くなったって。見た目は物凄くガリガリで、全身から流血してる。目からも血の涙を流してて、歯は九本しか――――」
「もういい!もういいから!」
何だろう。何だか目頭が熱くなってきた。ボクの守護霊になってからって聞いた途端に。
トメさんっていう人も、凄い人に惚れたもんだなぁ……って、ちょっと待て。
「君さ、幽霊見えるの?」
「……母方の祖母の従兄弟の息子の嫁の弟が、宮司をやってるらしい」
それって見えることの理由になるのか?
「あの、最大の疑問なんだけど、君の守護霊がボクの守護霊に惚れたからって、君がボクを好きな理由にはならないよね?」
「……大概の男女は、守護霊が相手の守護霊と恋仲になることで夫婦や恋人になる」
マ・ジ・で・す・か。
「……そういえば、君にいつも付き纏ってる子、今日はいないんだね」
「ああ、ウララ?今日は風邪で休みだよ」
なるほど、と呟いてジッとボク――の左肩の辺り――を見つめている彼に、首を傾げる。
「何か付いてる?」
ゴミかと思って確かめてみたものの、何も引っ付いてない。
けれども奴は見事に言ってくれたわけだ。
「うん、憑いてる」
発言するのにさっきまで間があったのに、今度の質問には即答した。
……というか、明らかに漢字がおかしい。
「……え〜、ちなみに何がツイテルのでしょう?」
言葉にしてから気付く。もしかしてボク、墓穴掘った?聞かないほうが良かった?
後悔先に立たず。
「生き霊。ストレートの黒髪の女の子。目が二重で、熱があるのか虚ろ。俺達と同い年。たまに見かけたことあるから可愛い顔してるのは知ってるけど、腕力が見るからに凄い。君の守護霊から骨が軋む音が聞こえてる」
又座衛門さんに何してくれちゃってるんだ、ウララー!
ちなみにショータローという名前を知ったのは、全快したウララに、ボクの彼氏になったと奴が自己紹介したとき。もちろんボクに対する依存が猛烈な幼馴染は烈火の如く憤怒し、窓ガラスやら教室のドアを素手で破損しまくり、大暴れ。
これも後から知らされたことなんだけど、ショータローはウララに匹敵するくらい校内で有名だった。
“自称”霊感少年として。
何故自称なのかといえば、非科学的なことを信じない人が多いから……らしい。
そういうわけで、よく分からないうちにボクには彼氏(仮)ができてしまったのだ。
(仮)が付くのはもちろん、ショータローの「付き合ってほしい」という返事に未だYESと言ってないからだ。
『ショータロー』ガ現レタ。
『ショータロー』ハ宿題ノ答エヲ要求シタ。
『ビワ』ハ解キ方ダケ教エタ。
『ネコ』ハ欠伸ヲシテイル。




