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22 赤月転倒! 止まるんじゃねぇぞ!

 スタートラインに引かれた白線。そこから凡そ400人の生徒がずらりと並んでいる。

 そんな列の最後尾に、玲達の姿があった。


 これは璃由の提案によるものだ。


 玲の纏うウェディングドレスの長いトレーンが他の生徒にとって邪魔過ぎるというのもあるが、別の理由もある。


 このマラソン大会は、必ずしも先にスタートした者が優位であるとは言えないからだ。


 毎年ゴールまで辿り着くことが出来る生徒は、実に半分を下回る。

 それはつまり、拘束具の効力によって思うように動けない生徒が多数存在するということなのだろう。


 そう、スタートしようとしたところで、上手く一歩が踏み出せずに転んでしまう可能性が高いのだ。


 それを考慮すると、列の先頭にいるのは愚の骨頂である。

 縦しんば自分はスタート出来ても、後続が倒れ込んできてドミノ倒しになるやもしれないからだ。


 目先のスタートダッシュに囚われず、寧ろ1拍遅らせてスタートを切る方が賢明なのである。

 すぐにそれに思い至った玲達には、勿論不満は無かった。



『さあ、いよいよ戦いの狼煙が上がろうという頃合いが近づいてまいりました。ここで本大会のルールを改めて説明させていただきます』


 モニター越しに1年生の準備が整った頃を見計らって、闘技場放送室の1席に座る眼鏡を掛けた中年の男、逢坂(おうさか)がそう切り出した。


『これから皆さんには、天魔第6高等学校附属総合運動公園のマラソンコースを自力で5周していただきます。現在何周目かは、両足に装着した拘束具のランプによって確認出来ます』


『1周飛ばそうなどという考えは通用しない、ということですね。まあ、そんな愚かな生徒はそもそも走りきれないと思いますが』


『はい、天津原教頭ありがとうございます。今年も相変わらずの辛辣ぶりで安心致しました。制限時間は3時間。ハーフマラソンの平均的なタイムが2時間から2時間半程ですので、拘束具のことを考慮しないのであれば走りきれる時間でしょう。さて、肝心の拘束具の効力ですが、魔力運用の抑制、そして運動能力の低下の2つの作用があります。このうち魔力運用に関しては、『守護天魔(ヴァルキュリア)』とのシンクロ率によって軽減されます』


『『守護天魔(ヴァルキュリア)』とどこまで心を通わせることが出来ているか──それがゴールに辿り着くための大きなファクターとなります』


『『幻想魔導士』にとって、『守護天魔(ヴァルキュリア)』との信頼関係は非常に重要ですからね。是非本大会を通して、それを感じ取って貰いたいところです! しかしながら本大会の肝はやはりここでしょう! 会場はダメージ置換結界によって肉体的損傷が発生しません! よって、本大会では他生徒への攻撃が全面的に認められています!』


『他生徒への妨害は勿論、共闘も自由です。どうせゴールに辿り着けないのならより多くの生徒を道連れにする、くらいの勢いで当たって欲しいところです』


『なお、『守護天魔(ヴァルキュリア)』に運んで貰う、魔法による援護を受ける、他者へ攻撃して貰う等は禁止事項となります! 違反と見なされた場合、その時点で失格となりますのでご注意ください!』


『上位5名には、見習い『幻想魔導士』には手に余る景品が用意されていますので、むざむざチャンスを棒に振らないように。まあ、こちらとしては監視対象が減るので、自滅してくれるのは大助かりなのですが』


 陽華(ようか)の情け容赦の無いそんな言葉に、闘技場でモニターを眺めている在校生達は苦笑を浮かべた。

 何せ1年前、2年前には自分達も同じ立場だったのだ。


 その際も実際にズルや不正を働いた生徒はいたのだが、それらは一切見逃されずに失格とされた。

 この学校の教員の目の厳しさを肌で感じた瞬間であった。



『さあ、それでは1年生の皆さん、準備はよろしいでしょうか!』


 細々としたルールの解説が済んだところで、逢坂はよく通る声でそう問い掛ける。

 それに対して1年生達は、各々が駆け出しやすいように構えを取った。


 そんな中、さて玲はと言えば──。


「ええい、ままよ!」


 スカートを手で持ち上げ、何とか走り出そうと腰を落としていた。


「れ、玲くん、その…頑張ってね」


 それを見て同情したように璃由が苦い笑みを作りながらそう言った。

 しかしその手には、クランから借り受けた薙刀が握られていた。


「璃由さん、なんだかやる気満々のご様子っすね…」


 思わずそう呟いた玲。

 お淑やかで誰にでも優しそうな璃由であるが、どうやらこの大会では強敵になりそうだ。


「うん、私は絶対に『幻想魔導士』にならなくちゃいけないもの。だから、今日の私は容赦しないわ」


「おおぅ……まさかそんな好戦的な言葉が出てくるとは…」


「へっ、あたしだって負けねぇからな! 赤月にゃワリィが、景品はあたしがいただくぜ!」


「これは僕達も負けてられないね、玲くん。頑張ろう」


「……無茶言いやがるぜ……。ま、やるだけやるけどさ」


 どうやら、璃由も(みやび)(なつめ)も、ウェディングドレスなんぞを着こんでいる玲と協力する気は無いようだ。

 寧ろ、またぞろ突拍子も無いことをしでかすんじゃないかと危惧しているくらいである。



『──それでは! 位置について!』


 スピーカーから響くその声を合図に、公園には静けさがもたらされる。

 嵐の前の海のような、そんなピリピリとした空気が流れ、思わず玲は固唾を呑んだ。


 死傷しない結界内とは言え、攻撃された瞬間には痛みを伴うし、最終的には精神的な疲労として蓄積される。

 特にろくに動けないであろう、そしてリィエルを召喚したと知られている玲は、とりあえず潰しとこうと考えるには十分な存在である。



 ──フルボッコにされそうであった。



 そりゃあ、冷や汗も浮かぶというものである。

 首に手を掛けられたような緊張感が実に不快だが、出来ればスタートしないで欲しいところでもある。


 しかし、無情にも──順当にも、その時はやって来た。



 スタートラインの横に設置された台の上に立った男性教員が、上空に向けたスターターピストルの引き金に指を掛け、そして──。


『──スタートッ!!』


 逢坂の声と共に、銃は大きな音をあげた。

 そしてその瞬間、全生徒の両足に付けられた特殊な軽金属製の白い拘束具が、青いランプを灯す。


 その途端、両足に急激な重量感がもたらされた。拘束具がその効力を発揮し始めたのだ。


 まるで見えない手に足を引かれるように、地面に縫い付けられたとさえ思える両足はまるで前へ進まず、生徒達は璃由の予想通りに、その大半が悲鳴をあげながらその場で前のめりにずっこける。


『ああっと! やはり今年もスタートラインの悪魔は健在だぁあ!! 僅か数歩のところで多くの生徒が倒れてしまったぁああ!!』


 辛うじて持ちこらえたとしても、周りの生徒が倒れ込んでくる。

 そうでなくとも、既に倒れた生徒にもつれてしまう。


 甲子園球場に魔物が潜んでいるように、ここ天魔第6高等学校附属総合運動公園にも悪魔が住んでいる。

 結界がなければ、今頃とんでもない大惨事である。下手をすれば大怪我も十分にあり得る光景だった。


 眼前のそれを見て、玲は思う。

 璃由の言葉に従って、すぐに動き出さなくて良かった、と。


 スタート地点は阿鼻叫喚、あんなところに巻き込まれてしまってはタイムロスも大きいし、体力の消費も計り知れない。

 実に璃由様々である。


 そしてそれらを逃れた生徒達の歩みも、然して速いものではない。



 さて、こうもスタート直後に転倒しやすいのには、明確な理由がある。

 拘束具によって身体能力が抑制されるのは、足だけなのだ。


 つまり、それ以外の部位に関しては何ら変化は無いのである。

 足だけが、まるで鎖付きの鉄球でもくくりつけられたかのように重くなってしまうのだ。

 その認識の齟齬が、特にスタート直後は非常に大きな影響を及ぼす。


 そこに魔力の抑制までも絡んでくるのだから、慣れるまではそう容易く動けないのである。



 その点、璃由の提案によって合図と同時に動き出さなかった玲達は、どれだけ動きづらいものなのかを視認することが出来た。

 この差は大きく響くだろう。


 そしてたっぷり10秒程待って、スタートラインのドタバタが落ち着いた頃──と言っても未だ倒れた生徒達の山は健在である──、璃由は小さく頷いた。


「うん、じゃあ私達も」


「行くか!!」


 璃由の言葉に続く雅。それらを皮切りに、4人はほぼ同時に地面を蹴った。



「──おぶっ!?」


 ──蹴ろうとした。



 しかし、玲の足はセメントで固められているんじゃないかと思うほどに、微動だにしなかった。

 そのせいで、勢いよく飛び出そうとしていた玲は、半身の勢いそのままに地面へと轟音をあげながら叩きつけられた。


「れ、玲くん!?」


 最早ボディプレスと称した方がしっくりきそうなその様相に、2、3前に進んでいた璃由達が思わず足を止めた。


「お、おい大丈夫かよ…?」


「うぐぐぐ、何これぇえ…!! 全く走れねぇじゃねぇかぁああ…!!」


 砂ぼこりで汚れたもとは純白だったドレスを気にする余裕も無く、立ち上がった玲は何とか前に進もうとして、またぞろ地面へと不時着する。


「ぷぎゃぁあっ…!!」



 嫌がらせとセクハラの申し子──ハゲ鷹によって、玲の拘束具のみ、脚部運動能力の抑制値が異常に高められている。

 その設定値は、魔力が使えない人間であれば歩くことはおろか、足を動かすことすらほぼ不可能なレベルである。


 そして同時に、魔力運用の阻害率も他の生徒が25%であるのに対し、玲のそれは45%。つまり、およそその能力が半減しているようなものだ。


 魔力量がどうこういう問題ではない。その魔力を用いるための能力が半減しているのだ。


 ただでさえついこの間まで魔法とは無関係だった素人の玲からすれば、半減でも痛すぎる。

 魔力に不慣れな上、『魔力炉』や『魔力門(ゲート)』の状態も普通ではない玲からすれば、その能力が半減したら魔力が扱えなくても何ら不思議はないだろう。



 ──が、それは勿論この場の誰も知らない。



「おいおい……確かにけっこー動かきづらいけどよー、そこまでじゃねぇだろ…」


 呆れ返ったように半眼になって(かぶり)を振る雅。

 彼女自身も確かに足が随分と重くなったように感じてはいるが、魔力が使えるのだし、慣れてきてしまえば何とかなりそうに思えていた。


 故に、初っぱなでずっこけるのはわかるが、どの程度なのかを把握した後ですら動けないというのは理解出来なかった。


「大丈夫、玲くん?」


「お、おう…ありがと」


 薙刀を地面に突き刺して玲を助け起こした璃由が、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 その璃由にお礼を言うなり、もう一度動き出そうとして──やはり動かない足にバランスを崩して再三の転倒。


「ぴぎゃえっ…!!」


「ああ……せっかくの綺麗なドレスが台無しだね…」


 心配するところはそこではないだろうと棗の言葉に内心ツッコミを入れつつ、しかし玲は頭を悩ませた。



 ──このまま、という訳にはいかない。

 璃由達は、玲のいっそ見事なまでの倒れっぷりに呆気にとられてしまい、二の足を踏んでいる。


 ただでさえ動きづらい上に、拘束具の効力を確かめるべくスタートを遅らせているのだ。


 自分達のことを省みずに玲を心配して立ち止まってくれる彼女達の優しさは本当に嬉しい限りなのだが、自分のせいでそんなみんなの足を引っ張る訳にもいかない。



 この大会の景品も勿論だが、ここで優れた能力を示せば『幻想魔導士』のライセンスも取得できる。


 スタート直前に、璃由の発した言葉が脳裏を過る。



 ──私は絶対に『幻想魔導士』にならなくちゃいけないもの。



 あの言葉にどんな想いが隠れているのかはわからないが、自分と違って、彼女達はきちんとした志を持ってこの学校にやって来たのだろうし、だとするならば、それこそこちらに構わず前に進んで貰う必要があった。



 ──ので、玲はネタに走ることにした。



「…オレは止まんねぇからよォ…!」


「え?」


「お前らが止まんねぇ限り、オレはその先にいるぞ…! だからよ……。……止まるんじゃねぇぞ…!」


 倒れた姿勢のままで、玲は左手の人差し指で地面を掻くようにして突き出す。

 一度は言ってみたかった、「止まるんじゃねぇぞ」を言えたことに、何だか小さな満足感を得た玲であった。



「……いや…おい、最後尾で止まってんのはお前なんだけどな、赤月団長」


「……」


 冷静なツッコミを入れる雅。やはり雅なら知っているのだろうと思っていたが、急がなくてはならない時でもちゃんと受け答えをしてくれる辺り、男のような荒い言葉遣いに反してその優しさがよく表れている。



 ……どうやらこれではダメらしい。仕方がない。

 もう少しそれらしいネタに走ろう。そう思った玲であった。


「ここはオレに任せて先に行けっ…! なぁに……すぐ追い付くさ!」


「そのカッコでよくそんな台詞ほざけるな…」


「……。も、もう何も怖くない…!」


「……何だ、お前マミるつもりなのか? するってぇとキュゥべえはリィエルってか?」


「……。えっと…え~っと……。オレ……この大会が終わったら……妹に会いに行くんだ…!」


「へー妹いたのか」


「あぅぅ……えーっと、えーーっと……そのぉ……」


 ネタ切れである。

 死亡フラグなど腐るほどあるが、しかしパッと思い付いたものはそれくらいであった。



「雅」


「あん?」


 と、そこへ棗が声を掛けてくる。


「構わないで先に行けってことじゃないかな?」


「あ? ……あー…」


 流石は棗である。

 ネタにはついてきてくれるし、こちらの意図まで察してくれる。

 落ち着いた雰囲気の二枚目。もし自分が女の子なら、惚れていたかもしれない。


 ……いや、まあ先に行けと思っているのなら、直接そう言えば良かっただけなのだが。


「でも、玲くん…」


 璃由は未だに心配そうな顔をしているが、そこへ実況の声が響いてくる。


『おっと早くも差が出てまいりました! 半数の生徒達がスタート地点で止まる中、軽快な足取りで進む一団! その先頭を行くのは──』


「……大丈夫、璃由。絶対、追い付くからさ。だから、行ってくれ」


「玲くん…」



 しばらく瞳を揺らしていた璃由だったが、小さく息を吐き出すと、表情を引き締めた。


「わかったわ。……玲くんなら大丈夫、よね?」


「おう! みんなでトップ総なめにしてやろうぜ!」


 サムズアップでそう答えた玲に笑みを浮かべて、璃由は頷いた。


「それじゃ、玲くん」


「先行ってるぜ。ぜってぇ追い付けよ!」


「おう、任せろ!」


 言葉を交わして、璃由、雅、棗は走り出していった。



「……さて、とは言ったものの……マジでどうすっかなぁ……」


 ああは言ったが、実際どうしたものか。

 足は石になったかのように思い通りに動いてくれない。思いとは裏腹に、これではどうにもなりそうにない。


 そんなふうに頭を悩ませる玲の頭に、リィエルの声が響く。


『……ふむ、これはこれは……』


「えっ?」


 振り返って覗き込んだ玲は、リィエルの左眼が新緑の光を宿していることに気がついた。

 その面白くないと言わんばかりに細められた視線は、長いスカートに隠れる玲の足──その足首についている拘束具に注がれている。



 その視線はそのままに、リィエルは訝しげにこう言った。


『……お前の拘束具だけ、妙に抑制力の設定値が高くされているな…』

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