21 開幕! 天魔シンクロマラソン大会!
『──さあ、今年もこの季節がやってまいりました! 入学から僅か4日後! その間は魔法関連の授業は一切行わないという徹底ぶり! 新入生にとって最初の難関にして余りにも高い絶壁! 今年はいったい何人の生徒がゴールテープを切ることが出来るのか! 第28回第6高校天魔シンクロマラソン大会! 今年も実況はわたくし、逢坂 武文でお送りいたします!』
金曜日──。
天魔第6高等学校の中でも一際異彩を放っている建物がある。
某野球団のスタジアムのようなドームは、演習場と呼ばれている。
内部の造りは中央にだだっ広い石畳が敷かれた正方形のフィールドがあり、その周囲から少し離れてまさしくスタジアムのように360度に渡って客席が設けられている。
ドーム中心には天井から吊るされた大型スクリーンが8枚あり、それは従来ならば石畳のフィールドを映している。
ただし、今日に限っては別である。
スクリーンには石畳ではなく、整備されたグラウンドが映っていた。
そう、今日は金曜日。天魔シンクロマラソン大会の日である。
『さて、昨年より引き続いて、解説には校内で唯一全生徒の顔と名前を完全に把握していらっしゃる、本校教頭の天津原 陽華先生をお招きしております』
『どうも』
スピーカーを通して響く2つの声は、演習場の喧騒に負けじと反響する。
そう、中々に騒々しかった。
この演習場には2年生、そして3年生が集まっていた。
近い未来に試合で相対するかもしれない生徒の情報を掴む上でも、この観戦は重要なことである。
とは言え、騒がしい理由は単に1年生を除く全校生徒が集まっているから、というだけではない。
スクリーンに映るグラウンドの風景の中に、1つとんでもない奴が入り込んでいるからだ。
『えー、ところで天津原教頭、先程から気にはなっていたのですが……今年はまた、随分と気合いの入った生徒さんがいらっしゃるようですね…』
『……あれを気合いが入っていると称して良いのかは甚だ疑問ではありますが、ええ、よく目立ちますね…』
スクリーンに映るは、天魔第6高等学校付属総合運動公園。
ジャージ姿の生徒達で埋め尽くされているそこに、ただ1人だけ、どう考えても運動をする格好ではない者がいた。
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実況音声は、総合運動公園にも流れていた。
だから、向こうでも注目を浴びているということはよくわかる。
否、仮に実況が聞こえなかったところでそれは変わらないだろう。
何せ、自分が観ている立場だったのなら、まず間違いなく目を疑うに決まっているのだから。
「えっと……玲くん、それは…」
「……」
陽光に煌めく黒檀の長髪を1本に結った璃由が、その紫水晶の瞳を丸くしながらそう言った。
璃由が先に声を発したから口にこそしなかったが、それは雅も棗も同様だった。
いや、どころかこの公園に集まっている1年生全員が己が正気を疑っていた。
蒼い炎に結われた紅蓮のサイドテールに、果てしない空のような瞳。雪のように白い肌。
そして、その肌に負けないくらい白い──純白の、まるで穢れを赦さぬと言わんばかりに真っ白なウェディングドレス。
そう、ウェディングドレスである──。
大胆に開いた肩、そして大きく谷間を覗かせる胸元。
明らかに動きにくかろうティアードスカート。地面に溢れる長いトレーン。
例えどんなに控えめに見積もったところで、これから走ろうという者がする格好ではなかった。
そもそも一高校生がする格好でもないし、縦しんばそれを呑み込んだとて、こんなところに着てくるようなものでもない。
では、何故赤月 玲はそんな格好をしているのか。
理由は簡単。これがリィエルによって組み込まれた『天魔の十字架』の服装換装機能によるものであるからだ。
リィエルが言うには、乱数によって第6高校女子制服かそれ以外になるかが決定し、そして第6校指定の制服でなかった場合にはさらにランダムで無数の服装の中から選出されるとのことである。
まず第6高校制服に至る可能性は5分の1程度らしい。
そして残る5分の4の確率で、どんな服になるかもわからないのである。
しかも一度服が選択されると、何度やり直そうがしばらくの間はその装いに固定されてしまう。
つまり、ウェディングドレスになってしまった以上、当分はどれだけ『魔力門』を開き直そうともウェディングドレスになってしまうのである。
流石に何処を捜してもいないだろう、女体化した上にウェディングドレスを着て走る等というけったいな輩は。
いや、それを言うなら女体化の時点でもお釣りが来るのだが。
『く、くふふふ…! よ、よく似合っているぞ玲…! ま、まさかそれを引き当てるとは…!』
肩を震わせてそう言った霊体化中のリィエルに、玲は拳を叩き込みたくなったが、殴ったところで当たらないし、当たったところで殴り返されるだけだろうからやらないが。
この分では相当レアリティの高い服装のようだ。
いや、そんなことはまったく以てどうでもいいのだが。
「それ、どう考えても走れねぇだろ。何考えてんだ?」
『どう考えても走れないでしょうに、何を考えているのでしょうか彼──彼女は』
雅と放送席の陽華がほぼ同時にそう漏らした。
陽華に至っては、ご丁寧に彼女と言い直してくれていた。
「好きでこんなカッコしてるんじゃねぇよぉ!」
目から滝のような涙を流しながら、玲は地面に広がるスカートを持ち上げる。
持ち上げたところで、長すぎてまるで足は見えなかったが。
余談ではあるが、スカートに隠れている靴もちゃんとハイヒールである。
最早何をしにここにいるのか、自分でも意味がわからない玲だった。
「えっと、似合ってる…よ? うん、凄く綺麗」
何だか困ったような笑みを浮かべる璃由。
必死にフォローしようとしてくれているのだろうが、元々が男である玲にとって、それはあまり嬉しいものではなかった。
というか、ウェディングドレスを着せられて「似合ってる」とか「綺麗」とか言われて喜べるおめでたい男がいるのなら、一度見てみたいくらいだった。
「これにブーケとベールがあれば良かったのにね。ああ、あと指輪もだね」
『サイドテールにベールは何とも邪魔だろうし、ブーケは手が埋まってしまうからな。泣く泣く削ったが、やはり欲しいところだったな…。ともすれば、指輪くらいはつけておくべきだったか…』
ようやく笑いが落ち着いたリィエルが、棗の言葉にそう返して何だか悔しそうに眉を寄せた。
そのリィエルに、念話で絶叫をあげる玲。
(やめてぇえええっ!? お前オレに何を求めてんのっ!? ベールにブーケってマジで邪魔にしかならねぇよねっ!? てかそんなこと考える前にさ! どう考えてもこのカッコはおかしいだろぉおおおっ!!! 何考えてこんな服仕込んでんのっ!!? どうすんだよ! 幻妖と戦うって時にこんな格好になったらさぁああっ!!!!)
『返り血で染まるウェディングドレス──というのも、また乙なものだろう』
(どこがやねんっ!!)
『安心しろ。見た目はウェディングドレスでも、特殊な魔法技術で作られている。その辺の防具より余程高性能だぞ』
「防御より動きやすさを優先しろよぉおぉおぉぉおおおっ!!」
とうとう口に出しながらそう叫ぶ玲。
目に見える。絶対に裾を踏んづけてずっこけるに決まっている。
血にまみれる前に泥まみれになる。
叫んでいるせいで余計に目立っているのだが、叫ばなかったところで目立つことに変わりはないわけで、もう玲は周りの目などどうでも良かった。
さて、運動公園はこの騒ぎであるし、演習場の方も珍妙な格好の1年生に物議を醸しているし、そしてまた別の場所でもひと悶着が発生していた。
第一魔導具管理室──。
校内地下に造られた、その名の通り魔導具の動作を操作出来るコンピューターが設置された部屋。
この部屋から出された信号に従って、1年生達が両足首に付けている拘束具は効力を発揮する。
つまり、ここは本大会にとって重要な施設である。
そこには2つの影があった。
本校の校長──ハゲ鷹と、この管理室の係員も勤める30代の教師である。
「ええと……あの格好はどういうことでしょう…?」
「さて、な。まあ私としては、自ら餌を提供してくる姿勢は評価に値すると思うが、ね」
「は、はぁ?」
「いや何、こちらの話だ」
モニターに映る花嫁衣装の少女。
あどけなさの残る顔立ちに似つかわしくない狂暴な胸。
谷間を強調させる大胆な服。
清楚な筈のウェディングドレスがここまで凶悪に思えるというのも、その幼さと抜群のプロポーションからくるミスマッチ故であろうか。
ともかく、シャッターチャンスは実に多そうである。
「あ、あのー……校長。あれでは走れないでしょうし、設定値を引き上げる必要は無いのでは…」
わざわざこちらが何かするまでもなく、あれでは走ることなど出来ないだろう。
ともすれば、設定値に細工をする必要など、無いのではないか。
そう、自分が手を汚す必要なんてない。何せ、勝手に自滅するのだから。
そんな淡い期待を乗せた眼差しを突っぱねるように、ハゲ鷹は鼻を鳴らした。
「だとしても、やりたまえ」
「で、ですが……」
「ああ、そう言えば先週の金曜日は、また随分と豪遊したようじゃないか。高級店は、やはりさぞ心地よいものだっ──」
「ななな何でもありません仰せの通りにぃぃいいいいいい!!!」
脂汗をだらだらと流す教師は、ただただ平伏しながら捲し立てるようにそう言った。
いったいこの男の情報網はどこまで巣を広げているのか。
目下最大のピンチを迎えた教師には、そんなことを突っ込む勇気はなかった。
そんなふうに水面下で足を引っ張られようとしていることなど露程も知らない玲は、しかし何だか吹っ切れた──いや、振り切ったような顔をしていた。
さながらそれは「気にしたら負け」とでも言わんばかりである。
何せ、もうどうしようもないのだから。走るしかないのだ、ウェディングドレスで。
まあ、とは言えこんな服装で走るというのは無理があるのだし、そういう意味では「頑張ったけどダメだった」という大義名分は付いたと言えなくもない。
そんな考えを持っていた玲だったのだが、ふと思い出したようにもたらされたリィエルの言葉によって、再び気持ちを逆撫でされる。
『──ああ、そう言えば父上からの伝言だ』
(あ? ……何だよ?)
『「見てるからな。もし優勝しなかったら雷落とすぞ(はぁと)」、だそうだ』
「おい神様!! それ手違いじゃなくて故意なんですけど!? なに、オレ異世界転生するのっ!? どんなチート能力貰えるの!? ──じゃなくってさ!! だったらお前、余計こんな服仕込むんじゃねぇよぉおおぉおおおおおっ!!」
両手で頭を抱えながら、玲は絶叫する。
ただでさえ攻撃魔法に回数制限があるというのに、機動力まで奪われて優勝しろとはこれ如何に。
しかも本人は預かり知れないところで、邪な理由によって不正を働こうとする影まである。
せっかく吹っ切れたというのに、再び絶望感に苛まれる玲であった。




