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19 Q.何で女体化するの? A.仕様です 

「──おおよそは、うちのリィエルが調べた通りだな。坊主、オメェよく生きてんなぁ、ってのが率直な感想だがな。普通とっくに死んでるぞ」


 ヴァイスがエデルミリアと連れだって戻ってきたのは、更に10分程した頃のことである。

 朗らかなエデルミリアと対照的に、ヴァイスの表情は芳しくなく、思わず固唾を飲んでしまう玲だった。


 座布団に腰を下ろすなりそう口火を切ったヴァイスに、エデルミリアは眉を寄せる。


「なんだい、そんなにマズイ状態なのかい?」


 リィエルの話を聞いた限り、エデルミリアが特に危なかったと感じたのは、やはり『魔力門(ゲート)』の移植である。


 如何に召喚適性、依代適性が高く、そして腐る程の魔力を有していようとも、人間と天界種、魔界種とではそもそも肉体的な構造も性能も違っている。


 どれ程リィエルが適合するように改変してから埋め込んだとしても、その溝は埋められない。


 それを指して「よく生きていた」というのは確かにその通りであるが、それがどういう訳か馴染んでしまっているらしい現状において「よく生きている」と称するのは、どういう訳なのか。



 エデルミリアの疑問は尤もだったようで、ヴァイスは小さく頷きながら続きを語る。


「『魔力門(ゲート)』の移植に伴って作られた『魔力路』──面倒だから『ルートL』と呼称する」


「えと、リィエル……のLっすか?」


「バーロー、オメェ! 超絶LovelyリィエルたんのLに決まってんだろうが!」


("超絶"はどこへいったし…)


 努めて口に出さないようにしながら心の中でツッコミを入れる玲。

 どうやら今回は口から漏れるようなことはなかったようだ。



「──『ルートL』に対して結び付いた既存の9本。このうち、現状稼働してるのは2本だな。この2本については『ルートA1』『ルートA2』、残る7本については『ルート3』から『ルート9』とする。ああ、"A"は"Active"の"A"だ」


 特に文句が無かったことから話を再開したヴァイスによって、玲の『魔力路』に仮名称が付けられていく。


『ルートL』に比べると些か安直だが、わかりやすくもある。

 恐らく、残る『魔力路』の何れかが稼働するようになった場合"A"が付くのだろう。



「『ルートL』についちゃ、不思議なことに何ら問題無ねぇ。が、他の9本は酷くオンボロだ。謂わばジャンクパーツを無理矢理接合してどうにかこうにか動かしてますってな具合だな。そりゃオーバーヒートしやすいだろうよ。どころか、真っ当に考えりゃ、そもそも魔力行使に耐えられるとは思えねぇくらいだ。普通の奴ならボカンだろうぜ」


 ボカンというのが何のことなのか、流石の玲でも何となく理解した。


「そこで、オンボロルートでは補い切れなくなった負荷は『ルートL』に逃がす形で崩壊を防いでるみてぇだ。これが1ルート1発なら魔法の大小に拘わらず発動出来る理由だな。まあ、『ルートL』に強引にくっついてるがための恩恵…ではあるな。正直にわかには信じられねぇんだけどよォ、そんな状況は。何にしても、これがもし全て独立していたなら──」


 従来、『魔力門(ゲート)』と『魔力路』は1対1の関係にある。

魔力門(ゲート)』の数と『魔力路』の数は、必ず一致するのだ。


 ところが、赤月 玲の場合はそうではない。

 1つの『魔力門(ゲート)』に対して、凡そ10本の『魔力路』が紐づいている。


 それも、9本のそれらは『ルートL』の終点付近に溶接されたような状態──つまり、直接『魔力門(ゲート)』には繋がっていないのだ。


 各組み合わせが独立していないからこその余剰負荷の分散が可能、ということらしい。

 オーバーヒートについては、やはりオンボロ故にどうしようも無いようではあるが。



 何にしても、そんな不可解な構造でなければ今頃おっ()んでいて然るべきだということに違いはない。



「なるほどねぇ…。そりゃあ確かに『よく生きてる』って状況だねぇ」


 エデルミリアはヴァイスと違って、そこまで魔導的な構造への造詣は深くない。

 それでも今の説明を受ければ、玲のとんでも状況を理解するには十分であった。



「んー、だが、それなら攻撃時に『ルートL』が使われないっていうのはどういう理屈だ?」


 質疑を投げ掛けたのはヘパイストスだった。

 ヘパイストスは鍛冶神ではあるが、魔導の専門家ではない。エデルミリアに比べれば多少は知っていても、その道に詳しいヴァイスには及ばない。



「おう、本題はそこだ。そいつは坊主の女体化にも関連してる。っつーよりは、どっちも坊主を護るためのプロセスの副産物だ」


「オレを…護る?」


 思いがけないヴァイスの言葉に首を傾げる玲。

 それはそうだ、攻撃魔法に障害があるのも、女体化するのも、どう考えたって弊害こそあれども利点等感じられなかった。


 いったいどんな某かが働いた末にあんなことになるというのだろうか。



 そんな玲の思考などお見通しと言う様子で、ヴァイスは少し間を空けた後に続きを語り出す。


「『ルートL』はリィエルの『魔力門(ゲート)』に準拠して作られた『魔力路』だ。わかりやすく言えば、天界種、魔界種向けの変換器だ。どれだけ馴染んでてもそりゃあ変わらねぇ。するってぇと、だ。坊主は人間でありながら、リィエルによく似た性質の魔力を生み出すことになる訳だ。魔力は各々違いがあるんだが、人間とオレ達じゃその差も大きすぎる」


「ふむ……。なるほど、そういうことか」


 1人合点が行ったようにそう呟いたのはクロノスだった。


女子(おなご)になるのも飽くまで結果、厳密にはどれも肉体の変換(キャスト)である、ということじゃな?」


「ほー。流石にクロノスだな。そう、出てくる魔力はどうあっても身体にゃ合わねぇ。変換器が違ぇんだからそいつはどうにもならん。じゃあ、肉体をどうにかするしかねぇだろ? そこで坊主は無意識に、存在そのものを人間からオレ達側に近づくよう、身体を変換するなんつー神業のような魔法を発動してる、ってな具合だ。そして、それに必要な魔力を捻出してんのは勿論『ルートL』から来るものだ」


「要は、そのとんでも魔法でいっぱいいっぱいだから、とてもじゃないけれど攻撃には向けられないってことかい?」


「そういうこった。前進しか出来ねぇ車が180度進行方向を変えようってのは難儀だろ? 同じ方向性の防御方面なら何とかなってるが、攻撃側まで舵取りする余裕はねぇのさ。で、変換魔法はいいんだが、魔力の性質ってのは人間や天界種、魔界種云々以前に、もっと根本的なところから分かれてる。──男であるか女であるか、だ。もうわかっただろ? つまりこの2つの変換の結果が、オメェの女体化って訳だ」


「あー……」



 魔力は人によって差異があり、人間と『守護天魔(ヴァルキュリア)』ではその性質もより大きく異なっている。

 その『守護天魔(ヴァルキュリア)』の魔力に類するものが捻出されている以上、肉体レベルを引き上げるより他にない。


 そう、謂わば『魔力門(ゲート)』を開いた状態の玲は、半分人間を辞めているような状態ということだ。


 そして、同じように男女では魔力の性質に違いがある。

 埋め込まれた『魔力門(ゲート)』の持ち主──リィエルは女性である。

 リィエルが神であり魔族であり、そして女性だから、肉体を護るにはそれに合わせるしかなかったのだ。



 そりゃあ、これまで『守護天魔(ヴァルキュリア)』から人間への『魔力門(ゲート)』の移植に成功例がなかった訳である。

 どう考えても根本的に不可能なのだ。


 そりゃあ、クランも慌てて止める訳である。

 というか、そんなことを軽々とやろうと思ったリィエルにツッコミを入れたい気分だった。


 本当に、女体化するくらいで済んで良かったというものだ。



 女体化──いや、魔神化、或いはリィエル化とでも呼んだ方がいいだろう。

 言われてみれば、何故だか女と化した際の玲は決まってサイドテールになる。


 リィエルのトレードマークとも言うべき、サイドテールに。

 髪も身体の一部であるのだから、そう言われれば頷けなくはないのかもしれない。



 何故女になるのか。何故攻撃魔法に障害があるのか。

 そういった疑問は確かに解消した。


 が、それは同時に非情な事実を玲に突きつけた。


 どうあっても、『魔力門(ゲート)』を開くと女体化──リィエル化──してしまうということ。

 そして、『ルートL』なる『魔力路』はどうやら攻撃には使えそうにないこと。


 これらはどんなに試行錯誤したところで、どうにもならないだろうということ。

 少なくとも、玲に思い浮かぶものと言えば、完全に人間辞める、などというそれこそ雲を掴むようなものだった。


 いや、どころかいずれ本当に人間に戻れなくなるような事態もあるかもわからない。



「とりあえず現状わかってんのはこんなもんだ。もっと詳しいことやら解決策やらは、仕方ねぇから今後も調べといてやる。感謝しろよ、坊主」


 半ば消沈気味の玲に、ヴァイスがぶっきらぼうにそう言った。

 そして、玲が口を開く前にヴァイスは次の言葉を投げ掛ける。


「はー、閻魔と戦ったり坊主の身体のことを調べたりで疲れたぜー。今日はこれでお開きにしようや。オレは早くリィエルと喋りてぇんだよ」


 感謝しろと言う割に感謝の言葉を言わせないあたり、世話焼きで面倒見がいいのかもしれない。


 ──いや、本当に娘と喋りたいだけなのかもしれないが。



 玲としても、そろそろ帰りたいところではあった。

 霊界の空は桃色のままなので、正直今が昼なのか夜なのかさっぱりではあるが、人間界──日本での現在時刻は疾うに21時を過ぎている。


 流石に今日もあまり眠れないとなると、明日の授業で起きていられる気がしない。



「そうさね。リィエル、今日はこのまま霊界(こっち)にいな。あんたがいたんじゃ、坊やは今夜も眠れないだろうからね」


「む、母上。私だってその辺りの分別はつくぞ」


「あんた、これからは人間界にいることになるだろう? なら、その前にあたし等に時間を作ってくれてもバチは当たらないんじゃないかい? あたし等に隠れて、勝手に『守護天魔(ヴァルキュリア)』契約の承諾の手続きなんぞをしていたのだからねぇ」


「それは……むぅ」


 エデルミリアの言葉に痛いところを突かれた、というようにリィエルは眉尻を下げた。


 それでも何とか玲と帰ろうとするリィエルだったが、本格的にわいのわいのとヴァイスが駄々をこね始めたために渋々「あーもう、わかった!」と頬を膨らませながらそう言った。


 大の男が玩具を強請(ねだ)る子供のように大暴れする様は、本当にこれが天界の王なのかと思うには十分だった。

 それが自分の親ともなれば、恥ずかしさはかなりのものだろう。



「ふむ、ならば赤月少年はワシが送るとしよう。さあ、()こうか」


「え、あ、はい」


 そそくさと立ち上がって歩き始めてしまうクロノスを慌てて追い掛け、しかし部屋を出る前に振り返った玲は大きく頭を下げた。


「えっと、ありがとうございました。その、よろしくお願いします」



 言い残して部屋を後にした玲。それからたっぷり数分。


 ぶーたれているリィエルを宥めていたヘパイストスだったが、唐突にその表情が引き締まった。


 そんなヘパイストスの反応を怪訝に思ったリィエルだったが、すぐにその理由に勘づいた。

 いつの間にかヴァイスの表情が、厳しいものへと変貌していたからだ。


「……父上。あんなみっともない駄々のこね方をしてまで私にここに残るよう引き留めたのは、何かヤバい話があるからか?」


 リィエルの言葉に、ヴァイスは静かに、重々しく頷いた。


「……おう。ま、どうやらそれはオレだけじゃねぇようだがな。エディーの方も、けっこうなもんを持って帰って来たんだろ?」


「やれやれ、あんたは本当、そういうところには鋭いねぇ」


 苦笑しながらそう答えたエデルミリアだったが、すぐにその笑みは消え失せた。



「いいかいリィエル。これから話すことは、いずれはあの坊やが知らなければならないことさ。けれど、今はその時じゃない。既にいっぱいいっぱいだろうからね。だから、時が来たらあんたから話してやりな」


「……わかった」


 しっかりとリィエルが頷いたのを確認すると、エデルミリアはヴァイスと視線を交わす。

 どちらのヤバい(・・・)話を先にするのか、決めるためだ。


 その結果、どうやら先に話すことになったのはエデルミリアのようだった。



「じゃあ、まずはあたしからだ。あたしの話は2つ。1つは昨夜の幻妖について。もう1つは──あの坊やの両親について、だ」


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