16 クロノス様とお茶をしよう! 異世界転移・転生もの!
異世界転移・転生チートハーレム俺TUEEE、私は大好きです。
……いえ、それだけです。
「時に赤月少年よ。昨今の異世界転移・転生ものと言えば、昨今の流行の度合いは目を見張るものがあるのぅ」
「まあ、気軽に小説を書ける時代になったってのもありますけど、やっぱ強いですよね異世界転移・転生ものは。ある種の様式美みたいな感じっすよねぇ…」
「そうじゃのぅ。ところで異世界転移・転生ものが求められることには簡単なところでも筋の通った理由が存在するとワシは思うのじゃが、君は考えたことがあるかのぅ?」
「理由っすか……。単純にブームになってるから、ってだけじゃなく?」
「勿論、巷で流行しておるというのも理由の1ではある。じゃが、書き手と読み手、2つの立場に分けた時、より具体的な理由が存在するのじゃよ」
「具体的な理由かぁ……。それってどんなのなんです?」
「うむ。ではまず書き手側からじゃ。これは単純、話を作りやすいからじゃ」
「え、作りやすい……ですか?」
「ファンタジーのおいて、書き手にとって最も厄介な点は設定の構築じゃ。魔法や魔物、国家や地形、あらゆるものを考えねばならない。これは作品を作る上で、真っ先に立ち塞がる大きな壁じゃな」
「あー、それは確かに。少なくとも最低限のところは決めなきゃですもんね」
「これを更に厄介な問題にしているものが、主人公の存在じゃ」
「え、何で主人公が?」
「異世界への転移・転生が無い場合、主人公というのはその世界の住人じゃ。元々その世界の住人であるが故に、ある程度のことは知っていなければならない。これが物語の核心に迫るものであるとか、秘匿されてきた真実である、といった場合には良いのじゃが、少なからず一般的な情報は知っていて然るべきじゃな」
「ああ……なるほど。そりゃあそうですよね」
「これに拍車を掛けておるのが、登場人物の多くもそれなりの情報を有してしまっている、という点じゃ。こうなると、設定の説明は地の文で行うか、差し障りの無いように会話に紛れ込ませる等の工夫が必要となってくる。平たく言えば、描写が難しくなり、更に設定の後付けも難しくなるのぅ」
「確かに……。下手すると何で知らなかったんだよ、ってツッコミが入りますもんね…」
「じゃろう。さて、これを解消する最も簡単な手段が、主人公、ないしヒロイン等の一部を記憶喪失といった状態にする、というものじゃな。これにより後付けがしやすくなり、更に新たな情報によってイベントを差し込むことも可能となる」
「無くした記憶が物語の核心に迫る鍵であるとかそういった方向にも行けますし、言われりゃその通りっすね…」
「そして、この記憶喪失をより扱いやすくした先にあるものが、異世界転移・転生じゃ。元々別の世界におったのじゃから知らなくても当然。故に動かしやすく、後付けも更に容易となる。また、主人公に対してヒロイン等の登場人物が接点を持ちやすくなる。何も知らない主人公に物事を教える、という形でのぅ」
「その上、元の世界の知識という武器がある分、あらゆる場面で周囲の思いもよらない行動であったりといった主人公の差別化も図りやすくなる……か」
「うむ。つまり異世界転移・転生ものは、初心者の書き手にも易しく、またある程度の設定を構築した時点で書き始めるスタイルの書き手にとっても、舵取りがし易く話を展開させやすいのじゃ」
「ほうほう……それが書き手側の利点っすね」
「他にも考えれば色々あるが、まあ表面的なものを浚えばこれが一番大きいのではないかとワシは思っておる。では次に、読み手側の方じゃが、これも簡単じゃ。物語への没入感の高さじゃな」
「没入感っすか?」
「そうじゃ。まず物語というものは悪く言ってしまえば、妄想の産物じゃな」
「ホントにフォローのしようが無い言い方っすね……」
「じゃが、本質はそうであろう? 神話も伝承も、仮にそれがノンフィクションであろうとも、当事者でない読み手にとっては空想上のものじゃ」
「うーむ、それは確かに……」
「世界には様々な物語が存在する。そして、それらは単に変身願望から来るものじゃ。現実ではあり得ないことも、物語の中でなら追体験することが出来る。書き手は自身の空想を描くことでそれを行い、読み手はそれを紐解くことで体感する」
「あー。そうっすね、うん」
「そしてこれは、異世界転移・転生ものとの相性が非常に高いのじゃ。通常のファンタジーと比較して考えてみると非常にわかりやすい」
「ほうほう」
「うむ。まず記憶がある場合じゃ。この場合、読み手の主人公への自己投影に際して障害となるものがある。知識レベルの差じゃな」
「中世辺りが舞台のファンタジーだとかなり顕著っすね……。文明が違いすぎますし……」
「書き手側の際にも言った描写の難しさも相まって、舞台背景に読み手が馴染むまでに時間が掛かることもある。その分、投影しづらくなってゆくのぅ」
「主人公が記憶喪失の場合は、その点読み手に近くなる訳か……。あ、でも穴喰いの記憶でも結局はその舞台背景のものだから、やっぱり読み手との差異は大きいか…」
「うむうむ。さて、そこで異世界転移・転生ものじゃ。こちらの場合、知識レベルは読み手とほぼ同等。その上で異世界の設定が入ってくる。知識の土壌が同じだけに、主人公の状況や心理描写等も想像しやすくなる。結果、物語へ入り込みやすく主人公の活躍をより楽しめる、といった具合じゃな」
「はー、改めて言われると確かにその通りっすね…」
「このように、異世界転移・転生というものは書き手、読み手の両者にとって大きなアドバンテージがあるのじゃ。気軽に書ける場が整い、書きやすく読みやすい傾向があるとすれば、流行るのは寧ろ必然とも取れるのぅ」
「あ、じゃあ異世界転移・転生もので、冒頭に死んで神様からチート能力を貰うやつ。あれはどうっすか?」
「ほっほっほ。それについては語るまでも無いレベルじゃよ。ファンタジーの醍醐味と言えば、やはり現実ではあり得ない力を使って活躍する爽快感、という点が大きいじゃろう?」
「ですね」
「じゃが、通常ファンタジーじゃとこれは存外難しいのじゃ。最初から主人公をチートにしてしまうと、話によっては殊更に後付け設定が困難になってゆくし、嫌味な雰囲気になってしまう場合も多い。元々その世界におって強者であるならば、それなりのしがらみもあって然るべきじゃろう。そうなると、今度は主人公を最初は弱体化させておけば……という形になるが、これはこれで、肝心の爽快感が生じるまでに時間がかかってしまう。じゃが、異世界転移・転生ものでチート能力を有している場合は、これらを一挙に取り込むことが可能じゃ」
「あ、そっか。チート級の能力があっても元々別世界の住人ですもんね。その世界の知識が無いから書き手も設定を付け足しやすいし動かしやすい。転移だと特にしがらみもまるで無い状態ですし」
「すると設定をキャラに説明させやすく、かつその上でチート能力や現代の知識で颯爽と問題を解決してゆく主人公をも描くことが可能となる。書きやすく、後付けしやすく、活躍しやすく、投影しやすい。まさに異世界ファンタジーの入門口のような、出来上がった雛形という訳じゃな」
「異世界転移・転生俺TUEEE系って、そう考えると流行らない方がおかしいくらいっすね……」
「そして赤月少年よ、君が言った神様というのも、書きやすさを飛躍的に高めておるファクターじゃ」
「あー、というと?」
「神様──ないしはその近似の存在がいない場合の異世界転移・転生においては、そも異世界に行くという時点で大きな問題が発生するじゃろう。何故、どのようにして異世界に来たのか──。つまり『異世界に行く』という事象に対して納得するに足る理由を考えなければならんのぅ。例えばその世界の人間に召喚されたとして、ではその召喚はどれだけの力があれば可能となるのか、その世界にはそれを行うことが出来る者が果たしてどれだけいるのか、その代償はあるのか、等諸々考えねばならんじゃろう。下手をすれば、能力のインフレを起こしかねんのぅ」
「た、確かに……」
「じゃが、神様がいればそれらの前提をすっ飛ばすことが可能となる。何せ神様じゃ。超常の存在じゃからのぅ、何でもありとも言える。すると異世界に行くことも、チート能力が手に入ることも理由付けが不要になる訳じゃよ。書きやすさ、取っつきやすさは口にするまでもないのぅ」
「神様超便利……」
「しかし、じゃ。この神様というものは実に曲者となる場合もなる」
「曲者…? 今聞いてる限りだと、悪い点が見当たらないんすけど……」
「これが発生しうる可能性があるのは、『神様の手違いで主人公が死んでしまった』というパターンじゃ」
「……?」
「神様の手違い──つまりは凡ミスじゃな。誰もいないと思って降らせた雷に主人公が当たってしまった、といったような、あれじゃよ」
「いや、それはわかりますけど……」
「そも、何故その神は雷を降らせる必要があったのか──。実に不可解極まりないのぅ」
「えっ……」
「異世界転移・転生させるということはじゃ、最低限人の生き死にを司るだけの力がある、ということじゃな。下手をすると、どの人間が如何にして死ぬのか、そのすべからくを知っておっても何ら不思議はない。その神が誰もいない筈の場所に雷を落として、果たしてそのようなミスが発生するのかのぅ…?」
「言われれば……そう……っすね…」
「ならば、何らかの理由があったと鑑みる方が自然じゃな。この場合、主人公を殺す必要があった、とかじゃな」
「手違いは方便だった!?」
「すると、よくあるこのような発言も何やら臭いのぅ。『元いた世界に生き返らせることは出来ない。そういうルールだ』というやつじゃ。察するに、元の世界に居られては困る、というのが本心なのではないか、といった具合じゃ」
「うわぁ……あんな何の意味も無さげな台詞にとんでもねぇ意味が生まれちまった……」
「そこから考えてゆけば、チート能力を授けるのも別の動機がありそうじゃな。『簡単に死なれて元の世界に戻ってこられては困る』といったところかのぅ」
「……」
「ともすると、異世界に飛ばされる主人公はまさに道化じゃのぅ。お詫びという言葉に踊らされ、神様に感謝して第2の人生を謳歌しておる訳じゃからのぅ」
「ちょ……」
「殺された主人公はもっと神様とやらを訝しむべきではないかのぅ?」
「ちょいちょいちょい……」
「さて、神に対し不信感を抱かない理由付けとして、主人公が現世に未練がまるで無い、というものがあるのぅ。コミュ障引きこもりであるとかじゃのぅ。ワシに言わせれば、いなくなってもまるで問題ないから間引く対象に選ばれたとでも言いたげな設定じゃが」
「待っ……!」
「別のパターンに『達観している』等と称される場合があるが、本当に達観しておったら神に何らかの思惑があるじゃろうことを見抜いていそうなものじゃ。その上で道化を演じているというのであれば見事という他に無いがのぅ」
「あわわわわ…!」
「元の世界で上手くいかなかった者が異世界でハーレムを築くというのも、甚だ疑問が残るのぅ。コミュ障引きこもりがチート能力を得たところで記憶と知識を引き継いでおるのじゃから、新しい世界でも同じ轍を踏みそうなものじゃが。しかしそうなっておらんところを鑑みると、人格に対しても何らかの修正が加わっておるのではなかろうか。ともすると、或いは主人公は何らかのモデルケースとして異世界に──」
「──だぁああぁあああああ!! ストップストップ!! あんたどこまで多方面を敵に回すつもりなんすか!!」
とうとう、赤月 玲はちゃぶ台を両手で叩いて、対面に座る老人に停止を促した。
そこは、6畳ほどの和室。いるのは玲と、眼前の老人だけである。
白い髪に白い髭をしたその老人は、背中に3対の翼、そして頭上に魔法陣の輪を持っている。
第一級神──時の神クロノス。それが、この老人の正体である。にこやかな笑みの割にダークなところに足を突っ込む、とんでもないじじいである。
「というか、なんでこんな話になってるんすか!」
少し前に自分がした質問を思い返しながら、玲はため息を漏らした。
──クロノス様って時を司る神様じゃないですか。ならオレの過去に何があったかとか、そういうこともわかるんですか?
これが、玲のした質問である。しかし、返って来たのは異世界転移・転生ものについての話であった。
まるで回答になっていない。
「ほっほっほ。逸るでない、赤月少年」
そう言って、クロノスはちゃぶ台の上の湯飲みを手に取り、そうして2口、3口程お茶を楽しんでから、クロノスはゆっくりと口を開いた。
「我々神に対して赤月少年が抱く印象というのは、おおよそ異世界転移・転生ものに出てきそうなそれじゃろう?」
「まぁ……そうっすけど…」
クロノスの投じた毒によってすっかり冷えてしまった背筋を温めようとお茶を口にする玲だったが、既にお茶は冷えてしまっていてそれは望めなかった。
「残念ながら、我等にそこまでの力は無いのじゃよ。異世界に飛ばすことは勿論、チート能力を授けることも叶わん。ましてや人間の生き死にを司ってもおらん。君達の人生は君達のものじゃ」
「あれ……でも鬼族って人間の生前の記録をつけてるんすよね?」
「少し違うのぅ。死者の魂が『三途の川』を渡る過程で蒐集されるのじゃ。じゃから、死んでみるまではどんな生前を歩んできたのかはわからんのじゃ。まあ、ピンポイントで人間界の様子を窺う道具もあるにはあるから、場合によっては全く知らないという訳ではないがのぅ」
それからクロノスは、もう一度お茶を喉に流し込むと、ようやっと玲の質問への回答を示した。
「さて、赤月少年の質問への答えじゃが、"時の神"等と呼ばれておるワシでさえも、直接過去を見ることは叶わなんだ。時間回帰を併用すれば不可能ではないが、知的生命体への回帰は世界への歪みを生むしのぅ」
「ああ、リィエルがそんなこと言ってました」
「下手をすると、存在そのものを消してしまう程に危険じゃからな。じゃから、君の『魔力門ゲート』が奪われたことについては、ワシでは力になれんのぅ」
「そう…ですか……」
「まあ、心配せずとも、今ヴァイスちゃんが調べておる。今日中にわかる話かは定かではないが、ヴァイスちゃんに任せておけば大丈夫じゃろうて」
「はい、そうっすね」
玲はそれからお礼を言って、クロノスに倣って湯飲みを手に取り、口内を潤す。
やはり、そう上手くはいかないか──。
しかし、よもや第一級神とこうしてマンツーマンでお茶をすることになろうとは、流石に予想出来なかった。
何故、こんな状況になっているのか。
話は、リィエルが2人の王の争いを止めた辺りまで遡る。




