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15 邂逅! 閻魔様と神王様と魔王様!

「おお……すっげぇ…」


 門を潜った玲は、辺りを見回して息を呑んだ。

 門の周囲は円形の石畳によって整備されていたが、そこより先に道が無かった。

 いや、あるにはあるが、それを道と称していいのか疑問であった。


 何か、無数の透き通った直方体が宙に浮いていた。それは規則正しく並んでいて、有り体に言えば石畳から空に続く階段になっている。


 視線をその階段らしきものに合わせて上げていけば、途中で複数に分岐していた。そのうち1つを辿っていた玲の目の中に、宙に漂う巨大な白亜の城が映り込む。


 別の道を辿ってみれば、やはり行き着く先には巨大な白い建物があった。


 何れにしても言えることは、どれも桃色の空に浮いている、ということだ。ちょうど雲の上に建物が建っていて、それらを光の階段が繋いでいるようである。


 そこまで辺りを見回して、玲はようやく気づく。自身が立っている門の周りの石畳も例に漏れず、白い雲の上に作られているということに。



 まさしく、雲の上の世界──。それが、玲が持った霊界への印象であった。マスタードラゴンとか天空人とかが住んでいそうである。



「すげぇけど……うん?」


 しばらくその幻想的な景色を堪能していた玲だったが、ふと辺りのキナ臭さを感じて眉をひそめた。

 何か、空気が張り詰めているような、そんな気配を感じたのだ。


 気のせいかとも思ったが、よくよく見てみれば、着物を着た人影達があちこちで慌ただしく動いているのが目に止まった。



 ──階段を慌てて駆けていく者。


 ──文字通りの雲海を進む舟を漕ぎながら、怒号をあげている者。


 一度気づいてしまうと、異様に騒々しく感じる。まるで何か大変なことが起きているとでもいうかのようだ。



「いったい何の騒ぎだ、これは…」


「いや、お前が扉を蹴破ったせいじゃねぇの?」


「それならここに鬼達が集まってくるだろうが」


「それもそっか。んー、じゃあやっぱ、何かあった感じか…」


「そのようだ……。うん? どうやら私の声が聞こえなかったのは、内側から結界が張られていたせいらしいな。しかもこれは……いつぞやの父上と母上の夫婦喧嘩の時並みに強力なものだな…」


 壊れた門扉を撫で付けながら神妙にそう呟いたリィエル。

 その言葉だけでも、えらくとんでもないことが起きているだろうということを窺い知るには余りあった。


 引き合いに出された、天界の王と魔界の王の夫婦喧嘩──。

 想像も付かないが、そもそも想像したくもない。



「ああ、リィエル様!」


 そんなふうに玲達が何事かと訝しんでいると、雲海を掻き分けて1隻の小舟がこちらに向かって近づいてきた。


 乗っているのは1人の少女。薄紅の和服に額に生えた1本の角。これが鬼族のようだ。

 外見的な年齢が実際と一致するのかは甚だ疑問だが、見た目は玲と殆ど変わらぬ年代くらいだろうか。



「いいところに戻ってきてくださいました! どうか、どうかお二方をお止めください! このままでは霊界だけでなく、人間界にも影響が及んでしまいます!!」


 鬼族の少女は玲達の前に着地するや否や、泣き出しそうな表情でそう言った。

 その掴み掛かりそうな勢いには、さしものリィエルもたじろいでいた。


「な、なんだ、まさか本当に父上と母上が喧嘩でも始めたのか?」


「あ、いえ……。喧嘩をなさっているのは、ヴァイス様と閻魔様です…」


「……何故父上と閻魔が?」


 まだ夫婦喧嘩というのならば話はわかるが、何がどう拗れれば天界の王と霊界の王が喧嘩なんぞ始めるというのか。

 顔をしかめるリィエル。流石にこれはわからない。



「それが……その……ことの発端は昨日、リィエル様がいなくなったことからなのですが……」


「私が? ……ああ、まあ黙っていなくなったのは悪かったが……。今朝、父上達に連絡は寄越した筈だぞ?」


「ええ、それはそうなのですが……。『守護天魔(ヴァルキュリア)』契約に応じるためには、霊界(うち)の承認が必要ですよね? 恐らくその連絡でリィエル様が人間界に召喚されたと知られたのでしょう……。何故、何時(いつ)承認したのかと、ヴァイス様が閻魔様に直接問い詰めにお見えになりまして…」


「あー……」


「それで……その……あれやこれやと話が飛び火して、大喧嘩に発展した次第です……。今は『黒檀の丘』にて戦闘中のようです…。エデルミリア様も間近で結界を張ってくださっているのですが、それでも、如何せん各界の王の戦闘ですから、凄惨すぎまして……。加減が出来ないお二方ですから、いつぞやのヴァイス様とエデルミリア様の喧嘩が可愛く思える程で…」


「それで門を閉じて、霊界全体を結界で包んでいるのか…」


「ええ……。正直、人間界に影響が及ばないようにするのが手一杯なのです…」


「……はぁ。ったく、どうしようもないな……」


 本当に呆れたように、リィエルが深い深いため息を吐いた。

 だが、ふとリィエルを盗み見た玲は、驚愕した。声色とは裏腹に、リィエルの表情が強張っていたからだ。



「玲……急ぐぞ。このままでは本当に人間界にまで波及しかねない」


「え? ちょっ…待っ──あばばばばっばばばばばばばばッ…!!?」


 問答の暇も与えず、リィエルは玲を抱えて飛び上がった。

 やはり、リィエル自身余裕が無かったようだ。


 最早玲に対して負荷避けの魔法を展開することすら忘れて、昨夜(かなで)のもとへと向かった時とは比べ物にならない速度で、飛翔するリィエル。


 その姿を遠目に見送った鬼族の少女は、深々と頭を下げながら「どうかよろしくお願い致します」と、そうすがるような声で呟いた。



 本気を出したリィエルの飛行は、音速など遥かに越えていた。いったいマッハ幾つになるのか、定かではない。

 だが、そんなことを考える余裕は、玲には無かった。


 当たり前である。生身の人間である玲には、この速度の移動は耐えられない。

 既に意識は無かった。泡を吹いて白目を剥いている玲だったが、反射的に『天魔の十字架(ヒュムネクロイツ)』を起動していた。


魔力門(ゲート)』開放による、魔力による肉体強化である。

 咄嗟の行動とはいえ、それは非常に効果的だった。


 いや、していなかったら、大変なことになっていただろう。本当に霊界に迎え入れられることになっていたやもしれない。



 リィエルがそのことに気がついたのは、飛び始めてから数分が経過した頃だ。

 自身の視界に、長い紅蓮の髪が映り込んだことが契機だった。少女の姿になっているということは、『魔力門(ゲート)』を開いたということ。


 それはつまり、何らかの脅威を感じ取ったということに他ならない。

 もし玲が女体化等という珍妙な症状を抱えていなければ、リィエルは目的地に着くまで気づかなかったかもしれない。


 そら恐ろしい話である。


 とは言え、仕方がなかった。


(母上は結界魔法は不得手。あんな化け物クラスの戦闘など、長くは抑えられまい…。母上は、護るより攻める方に特化しているし……急がねば…!)



 さて、飛行を始めて十数分。リィエルが魔法を展開してくれたお陰でようやっと意識を取り戻した玲は、死にそうな程に青ざめた表情で呻く。


「し、死ぬ……マジ…死ぬ……。川が見えた…。死んだ母さんが手ぇ振ってた…」


「す、すまん。というか、実際に『三途の川』を渡った後だと妙に現実味があるな…それは」


 未だに玲の姿は少女のままである。いつまたリィエルが玲のことを忘れてもいいように。

 いや、そんなことに備えたくはないのだが。



「……なんか、ものすげぇ音が聞こえてきたな…」


 虚ろな目をしながらも、玲はそう言って音源を探るように視線を遠くに向ける。

 現在飛んでいるのは、雲の上である。


 と言っても、速すぎて玲には下が白い、ということしかわからなかったが。


「……また随分と激しくドンパチしているようだな…。はぁ……」


 リィエルの漏らしたため息は、この2日で初めて聞く程に失望の色が深く濃かった。


 時おり進行方向から、落雷が可愛く思えるような、そんな音がつんざくように響いてくる。


 そして、遅れて空気がビリビリと振動するような衝撃が伝わってくる。


 リィエルの魔法によって護られていながらこれである。

 近づく度に、どんどんと強まるそれは、玲のさ迷える意識を覚醒させてなおお釣りが来る。


 意識がハッキリしてくるほど、背筋が冷たくなる。



 音と空気の振動だけでも、こう…凄くヤバイとわかるのだ。何をどう血迷ったら、そんな爆撃地帯に自ら近づこうという発想になるのか。

 リィエルに抱えられていなければ、逃げ出したいところである。


 いや、いっそ置いてきて貰いたかったくらいだ。或いは気を失っていたかった。

 人間界にリィエルが降りたというだけで閻魔大王に喧嘩を吹っ掛けるような親バカだ。


 その諸悪の根元たる玲がその場に居合わせたら、いったいどうなるのか。

 音源に、振動の発生地に近づくに連れ、玲は胃がキリキリと痛み出すのを感じていた。





 ********************


「貴様もいい加減子離れしたらどうだ! いつまで娘にべったりしておるのだ! 余の娘は既に一人前であるぞ!! 少しは恥を知れ!!」


「ええい黙れィ!! テメェだって娘に危害が及ばねぇようにあれこれやってるじゃねぇかよォ! 知ってるぞ! テメェこの間、娘の連れてきた彼氏をボコボコにしたらしいじゃァねぇか!! オレと同じだろうがよォッ!!」


「それとこれとは話が違うわ! 余の娘だぞ…! そこいらのボンクラの器ではまるで話にならん!!」


「はっ、あーあ、これじゃあ夜魅奈(よみな)ちゃんの花嫁姿は一生見れそうにねぇなぁ!! 可哀想によォ!!」


「それは貴様とて同じであろう! いや、それ以前に貴様など挙式に招く筈があるまい!!」


「ぁんだとォ…!!」



 そこは、『黒檀の丘』と呼ばれるだだっ広い山岳地帯。いや、山岳地帯だった、というべきか。


 凡そ数百キロに及ぶ程広大な空に浮くその島は、小高い山や切り立った崖がある、美しい雲海や夕陽に染まる山肌の景色を楽しめる霊界の名所の1つである。


 草も木も砂も岩も、この島にある物は全てが黒に染まっている。故に、周囲の雲の白さとのコントラストは中々のものであり、桃色の空が沈む夕陽に焼けた頃合いなどは、まさしく絶景である。


 ──絶景、だった。



 今や、あまりの戦闘の激しさの前に、山々は消し飛び、崖は崩落し、平地は穴だらけになり、見るも無惨なものへと変わり果てていた。



 そんな惨劇を作り上げたのは、2人の親バカである。



 牡鹿のような雄々しい角を持つ、短く刈り込んだ金髪を逆立てた大男。神王ヴァイス。


 長い白髪に2本の角を生やした初老程に見える男。霊界の王──閻魔。



 中空をその3対の翼で飛行しながら炎やら雷やらを降らせるヴァイスに対し、閻魔は一歩も動かずにそれら全てを弾き返していく。

 軽々と行われるそれらは、しかし1つとっても常識の範疇を逸脱した威力だった。


 炎が走れば大地は灰塵に帰し、雷が迸れば歪み陥没し消え失せる。そして2つの影が殴り合えば、まるでブラックホールでも生まれたのかと疑いたくなるような、そんな時空の裂け目すら垣間見える。


 まさに神々の争いと称するに足る威力である。



「ったく、いつまでやるつもりだい…? あたしゃそろそろ限界なんだけどねぇ…」


 戦う男達から遥か遠く離れた場所でそう漏らしたのは、比較的原型を留めている黒い大地に立っている1人の女性。

 纏め上げた長い黒髪に椿の(かんざし)を差した、黒い和服を着こなしたその人物こそは、魔界の王──エデルミリアである。


 彼女は1人で、ヴァイスと閻魔が撒き散らす魔法が他に被害を出さないように抑え込んでいるのである。

 とは言え、いい加減苛ついてきていた。


 いったい何時間、同じような話を繰り返しているのか、と。



「母上ーっ!」


 と、その眼前に何かが落ちてきた。

 砂埃を巻き上げながら着地したそれは、愛しの我が娘の姿であった。


「おやリィエルかい? ちょうどいいところに帰ってきてくれたね。幾らか防ぎきれなくなってたんだ。助かった。……ところで、その…青い顔をした人間の小娘は何だい?」


「こいつが朝伝えた私の主様だ。母上、ちょっとこいつを頼む。私は父上達を止めてくる。私の方が早いだろう」


「あいよ。頼んだよ」


 2、3言葉を交わして、リィエルはその場に玲を置いて再び飛び出した。



(ちょ…!! この場に残すなら置いてきてくれても良かったじゃねぇかぁああぁあああ!!)


 玲の心の叫びも知らず、リィエルは激しく火花を散らす遥か彼方の戦場へと一直線に飛んでいく。

 どうやら本当に余裕が無いらしい。



「確か、坊やだって聞いてたんだけどねぇ…。何だい、性転換でもしたのかい? 思いきったものだねぇ」


「ひゃ、ひゃい!?」


 声を掛けられ上擦った反応を返しながら視線を向けると、魔王エデルミリアはその紅い目で、未だ座り込んだままの玲を見下ろしていた。


 リィエルをそのまま大人にしたような、美しい人だった。

 整いすぎた程に綺麗な顔立ちに、刃物のように鋭い眼光。服を貫いて伸びる細長い尻尾。抜群のプロポーション。

 見た目の年齢を問うならば、20代後半から30代前半程度に見える。


 そう言えば、第6高の校長──ハゲ鷹の『守護天魔(ヴァルキュリア)』が"お嬢"やら”(あね)さん”やらと言っていたが、なるほど、これはまさしく”(あね)さん”──極道の妻といった印象である。



 ──無論、激しく怖い。



「はっはっは。そんなに怯えなくとも、取って食ったりはしないから安心しな」


 そう言って笑った魔王エデルミリアにはどこかリィエルの面影が感じられて、玲は僅かだが気持ちの余裕を取り戻した。


「初めまして、お嬢さん。あたしはエデルミリア。リィエルの母親で、魔王なんぞをやってるもんさね。ひとつよろしく頼むよ」


「は、はぁ…」


 よろしくと言われても、と玲は苦笑するしか出来なかった。



 ちょうどその頃、これまで以上に激しい落雷が2つ程発生し、次いで野太い悲鳴が2つばかし、辺りに響き渡った。

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