08 どうしてこうなった!? 理不尽な女体化と、マジで恋する黒峰くん
「うぅ……マジかよぉッ…!」
項垂れて、どこか泣きそうな声でそう漏らした玲に、周囲の生徒達は唖然とした視線を向ける。
そりゃあそうだ、今やっていることは単に『魔力門』を開くだけの筈である。
それがどう間違ったら、突然見知らぬ美少女が登場するような展開になるというのか。
「玲くん……それってやっぱり…」
「みたいだぜ……。どないせいっちゅうんだよ…」
唯一、現状を理解してくれる者と言えば、昨日の鎧戦を見ていた璃由だけである。
「えっと……つまり何か? こいつが赤月だってことか…?」
「そう…なるわね……」
雅の言葉に、璃由が何とも言えない表情で小さく頷く。
その回答を聞いた雅が、やはり言葉を失った様子で玲を見つめる。
「……こんなことがあるなんて…。流石に驚きすぎて、何も言葉が出てこないね…」
普段爽やかな笑顔を崩さない棗でさえ、この事態にはついて来ることが出来ていない様子だった。
そんな璃由達の反応が徐々に伝播していき、遅まきながらも、他の生徒達も状況を認識し始める。
赤月 玲が『魔力門』を開いたら、女の子になった、と。
「……お前はホント厄介ごとに事欠かないなー…。あーっと……赤月…でいいんだよなー?」
「うぅ……。はい~…赤月で間違いないですぅ……」
「……流石の私でも、人間が使える魔法で、『天魔武幻』を除いて姿形が変わるものなんて知らねぇんだけどなー……。どういう訳だー、そりゃ?」
予想外の事態に、流石に傍観を決め込む訳にもいかなくなった雪奈が歩み寄ってきて、玲にそう問いかける。
殴られたりはしないようだった。
いや、本当は「魔法使うなって言っただろー」と殴ろうと思っていたのだ。光っていた時は。
だが、光が収まって現れた、少女となった玲の泣きそうな顔を見て、毒を抜かれたのだ。
「えと……オレ、『魔力門』が無かったんすよ」
「あ? 何だそりゃ…」
どうやら、昨日の検査の結果は雪奈には伝わっていないようだった。
まあ、あの時点で玲の退学は決まっていたのだ。わざわざそんなことを教える必要も無い、ということなのかもしれなかったが。
「オレが知りたいですよ…。……んで、無いと今後困るってんで、そこのリィエルから『魔力門』を1つ、移植して貰った訳なんすけど、なんか『魔力門』が馴染む前に幻妖と戦っちゃったのがまずかったらしくって、不測の事態が……」
「あーちょっと待てー…。……駄目だ、どこから突っ込めばいいんだ……?」
掻い摘まんだ玲の説明に、雪奈は眉を潜めながらこめかみに手を当てて唸り出す。
既にこの会話の中で、幾つものツッコミどころが存在するからだ。
第一に、リィエル・エミリオールの『魔力門』を移植した、という点。
この時点で意味がわからない。
そも、『守護天魔』の『魔力門』を移植して成功したなどという話は、聞いたことがない。
今があるのだから、少なくとも玲はその前代未聞の芸当を達成した、ということになる。それも、よりにもよってリィエル・エミリオールという、とんでもない『守護天魔』が有していた『魔力門』を、である。
そんな「なんと、ビデオ機能を取り付けたテレビなんです!」といったような気軽なノリで出来ることではないのだ。
そして、幻妖と戦った──。
それはつまり、碌に戦闘技術も持たないぺーぺーが、幻妖との戦闘に臨んだ、ということだ。
これは非常に由々しき事態である。
何せ、玲が戦闘を行ったということは、その幻妖は多数の『幻想魔導士』が監視する異界へと通ずる穴を突破してきた、ということなのだから。
そんな相手を、ド素人がどうこう出来る訳がない。
──いや、その『守護天魔』である、リィエル・エミリオールがいる以上、撃退することは可能だろうが。
問題はそうではない。幻妖が『幻想魔導士』の包囲網を突破した、ということが最大の問題なのだ。
とは言え、そんなこと訊かれても、玲には答えようがないし、雪奈としてもそんなことを学生達の前で話す訳にもいかず、気まずい沈黙が生まれようとしていた。
そんな空気を切って捨てたのは、やはりリィエルであった。
「安心しろ、教師。そのことについては、私から天界に知らせてある。既に調査が始まっているだろうさ。それに、見てくれはアレだが、一応『魔力門』自体は機能している。追い追い天界伝でこいつの状況も報告するから、今は気にする必要はない。こいつの面倒は、私が責任を持って見ると約束する」
「……まー、そういうことなら…」
リィエル・エミリオールがそう言うなら、一介の教師である雪奈があれやこれやと言う必要は無いだろう。
というか、単純に面倒だった。
何せ、このクラスには玲以外にも重量級の奴が何人かいるのだから。
「おらー、お前等、さっさと続けろー」
雪奈は玲のもとから離れていきつつ、未だうつつを抜かしている生徒達にそう声を掛ける。
そうは言っても、気になって仕方がない。
だが、見せしめに雪奈が手近なところにいた男子生徒の頭を小突いて従わせたのを見て、チラチラと謎の少女と化した玲に意識を割きながらも、生徒達は渋々と各々の作業に取り掛かった。
さて、そんな喧騒の中、校庭の端で寝転んでいる者がいた。
縮れた金髪の不良少年──黒峰 大牙である。
彼と、その取り巻きである霧崎と島袋は、『天魔の十字架』を取得するなり早々にサボりを決め込んでいた。
たかだか『天魔の十字架』の起動確認と、『守護天魔』から武器を貰うだけの作業だ。
そんなもの、別にいつだって出来る。
そんなこんなで昼寝と洒落込もうとしていた黒峰だったが、霧崎と島袋の様子に思わず上体を起こすこととなった。
「なんだあの子……あんな子いたっけか?」
「うおー、マジでマブいなあの子! おい大牙! お前も見てみろって!」
「アァ? んだよ……」
面倒くさそうに起き上がって、黒峰は島袋が指差す先を見る。
そこは、自分達のクラスメイト達がいるところであった。
「……?」
よく見れば、クラスの雰囲気がおかしい。何だか、生徒達の意識が一点に集まっているようにも思える。
いや、どころか、他クラスの者の視線さえも、そこに向かっているようだ。
そうしてその問題の一角を見やれば、見知った人影があった。
1人は桜宮 璃由。今朝方、公開処刑をしてくれやがった女子である。
そして、見るからにやかましそうな刈茅 雅と、隠した椅子をわざわざ持ってきやがった獅童院 棗の姿がある。
腹立たしい面子が固まったものだ、なんて3人を睨み付けていた黒峰だったが、ふとそこにはもう1つの影があることに気がついた。
「……」
遠目でもわかる、整った顔立ち。抜群のプロポーション。
その困ったような様子は嗜虐心を誘い、その泣き出しそうな表情が悪戯心を駆り立てる。
釘付けになる。その紅蓮の髪の少女に。
何故かあの憎らしい赤月 玲の『守護天魔』であるリィエルが側にいる、謎の美少女に。
「なっ! やべぇだろあの子! もしかしてあいつが昨日から来てねぇ夜凪って奴か?」
「かもしれねぇな!」
浮かれる霧崎と島袋。それを他所に、黒峰はふらつくように、いきなり立ち上がった。
その目線は、未だ件の少女に向いて離れない。
「──ちまったぜ」
「どうした?」
「……恋、しちまったぜ…」
「「……」」
立ち尽くす黒峰を見上げながら、霧崎と島袋は内心でため息を吐いていた。
──またか、と。
今朝方手痛い失敗があったばかりだというのに、というか桜宮への恋心は何処へ行った、と。
まあ、今さら言っても仕方のないことではあるが。
2人に出来ることは、悪ぶっている癖に実は人一倍傷つきやすいこの親友を、いざというときに慰めてやるくらいである。
彼らは知らなかった。自分達が意識を向けるその少女が、赤月 玲である、ということを。
それを知ったとき、黒峰は酷く落ち込むことであろう。まあ、言うまでもなく、その時は比較的すぐに訪れるだろうが。
そんな謂れの無い恋心を向けられているとも知らずに、玲はトホホ、と落胆に暮れる。
「もしかして、これからもずっとこうなのかなぁ……」
「……かもしれんな…」
「……不幸だ…」
「流石の上条さんでも女体化はすまい……」
るるるーと泣きそうな表情の玲に、璃由がそっと言葉を掛けてくる。
「で、でもそのお陰で昨日は奏ちゃんを助けられたんだし、大丈夫よきっと…! もしかしたら、まだ移植した『魔力門』が馴染みきってないのかもしれないし…」
「璃由……」
女体化などという意味不明な珍事態を引き起こしても、璃由は変わらずに接してくれる。
ああ、やはり天使だ。──結婚しよう。
「うーん、あの泣きそうな表情が何とも…」
潤んだ目で璃由を見つめる玲を盗み見て、誰にも聞こえないくらいの声でぼそっとそう呟いた棗。しかし、そんな小さな声も、彼をよく知る雅は逃さなかった。
「黙っとけや顔面詐欺師が。っんとに、何でこんなふうになっちまったかなぁ…」
「はは、これは手厳しいね」
付き合いが長いだけに、この幼馴染みには棗の本性は筒抜けであった。
──いや、いずれ雅は驚愕することになるだろう。棗の裏の顔は、彼女の知る中学時代のそれを遥かに凌駕したものに成長していたということに。
「さて、玲くんの女体化は凄く気になるところだけど、僕達も武器を貰ったりしないとね」
玲と璃由に自身の邪な思惑が露呈する前に、棗は何食わぬ顔で玲達に続きを促した。
実際、他の生徒達は着々と、『守護天魔』を実体化させて武器選びに進んでいる。
このまま何もしないままだと、玲達も雪奈に小突かれてしまうだろう。
言うが早いか、棗は『天魔具現』を発動させ、自身の守護者を顕現する。
群青の縞模様が刻まれた白い毛皮に包まれた、獣の姿。鋭い爪と牙を有するそれは、まさしく百獣の王とでも言うべき迫力がある。
「ほう、棗の『守護天魔』は白虎か。良い『守護天魔』を引き当てたな」
「まあね。流石に天使まではいかないけれど、僕にしてみれば十二分だよ」
自身の何倍かありそうな大柄な白虎の首もとを撫でながら、棗は目を細めて笑う。
棗の醸す雰囲気のせいか、それとも嬉しそうにする白虎のせいか、どこか飼い主と猫のように見えなくもない。
「けど、雅のは僕より凄いよ。珍しさで言えば、リィエルさんにも退けをとらないんじゃないかな」
「そうね。多分殆どいないタイプだと思う」
クランを実体化させた璃由も、微笑みながら太鼓判を押した。
「何だ何だ! 珍しいというと……死神とかかっ!?」
棗と璃由の言葉に興奮気味のリィエルに対し、雅が待ってましたとばかりに口の端を吊り上げる。
その楽しげな2人につられるようにして、玲も落ち込んだ気持ちが幾分か持ち直してきたのを感じていた。
(……つーか、死神っているのかよ……。神ってついてるし、やっぱ神様なのかな…)
そんなことを考えている玲を他所に、
「あたしの『守護天魔』は、こいつだぜ」
と、雅が『天魔具現』を行う。
それによって、雅の魔力により肉体を得た『守護天魔』が、その姿を現した。
1対の漆黒の柔らかそうな翼。赤く染まった頭上のリング。右手に刻まれた、不規則な模様とそれに重なるように浮かぶ1つの円の紋様。
扇情的なローブに身を包んだそれは、まるで堕ちた天使を思わせる。
人間なら、恐らく20代前半くらいの年代の女性に見える。
その容姿も相まって、妖艶な性格だろうと思っていた玲だったが、それは直ぐ様瓦解することとなった。
「おお! そうかお前も来ていたのか、シアちゃん!」
「やっほー! リィエルちゃん久しぶり! うっわー何年振り? 前に会ったのが大体叔父様が男色地獄に落とされた時だから…80年くらい!?」
「ああ、あったなぁそんなことも。いやぁ懐かしいなぁ!」
「あーしあの後すぐに人間界に来ちゃったもんねーっ。人間界でもよろしくねーっ!!」
「勿論だともシアちゃん!」
手を繋いではしゃぎ合う、半神半魔と堕天使の図。
見た目に反して、精神年齢はリィエルと大差無さそうである。
凄まじくハイテンションな堕天使だ。
これを見ると、なんだろう、平和なところなんだろうなぁ天界と魔界って、などと思えてくる玲だった。
その後の紹介で明かされたが、シアは第三級天使と第六位階魔族の間に生まれた混血児らしい。
つまり、半分天使で半分魔族。リィエルと比べると見劣りするが、非常に珍しい『守護天魔』であることに間違いはなかった。
リィエルの話では、便宜上は堕天使と呼称され、彼女は第六位階魔族とされているらしい。
天界側と魔界側の存在間で子供が出来ることは稀であり、少なからず同格である必要があるとか。
事実、クラスの席順と違い出席番号順で行っていた昨日の『守護天魔』召喚において、雅の召喚はちょっとした騒ぎになった。
勿論、先んじて召喚失敗という珍事を巻き起こした玲は、絶賛検査中であったために知るよしもなかったが。
天魔の姫君に、第二級天使、神獣の一角である白虎に、そして堕天使。
玲達4人は、それらを知っている他の生徒達からすれば、気にするなという方が無理な組み合わせなのであった。




