06 何やら訳有り? 幼馴染みの2人
まず最初に行われた、学校内の案内。
普通の学校なら、そんなに時間の掛かるものではない。
どころか、そんなものは省略されていても不思議は無いが、こと天魔省が運営する学校ともなると、勝手が違ってくる。
何せ、魔法を学ぶ学校だけあって無駄に広いのだ。校庭だけでも大・中・小と3つもあり、体育館も幾つも存在している。
付け加えるなら、演習場とかいうあからさまな闘技場のような施設まである始末。
さながらそれは、魔法による戦闘を行うことを目的としたものであるように思える。
いや、思えるではなく、事実そうなのであるが。
天魔省──天魔共同四界防衛相が運営する高校は、日本に10箇所存在する。
これらの学校の目的は、将来の『幻想魔導士』、或いは魔法に関与する技術者の育成が第一である。
『幻想魔導士』とは、異界から攻め入ってくる幻妖から人々を護るために戦う戦闘職を差すものであり、であれば、それを育成する学校においては、所謂ところの「実戦」があって当然である。
そんな訳だから、これだけ沢山の校庭や体育館、演習場等の施設があるのはある意味当然である。
寧ろ、無かったら困る。何をしに来ているのだ、と言われてしまうだろう。
──いや、高校生なのだから、勉強だったり部活動だったり、甘酸っぱい青春の1ページだったり、色々あるのだが。
まあ、つまるところ、たかだか案内1つを取ってもそれなりの時間が必要である、ということだ。
説明が必要な施設も、それなりにあるのだから。
従って、校内案内だけでもかなりの時間がかかり、その後に各種教科書等の配布、各授業や今後の行事のざっくりとした説明等があり、それらを終えた頃には時刻は既にお昼を迎えていた。
天魔第6高校では、食券による注文形式を取り入れている。
食券購入の際に料金は必要ないが、ICチップの埋め込まれた学生証をタッチする必要がある。
校内に設置された自販機も、同様である。
食券の発券機のボタンを見るだけでもメニューが非常に豊富なことがわかる。
こうなってくると食堂のおばちゃん達の忙しさが心配になってくるレベルではあったが、そこは流石と言う他にない。
ベテランの業だろう、凄まじいまでのテキパキとした動きで、生徒達の注文を捌いていく。
2、3年生からすれば慣れた光景なのだが、新入生にとって、それは異次元の手際であった。
いったい何本手があるのか、と言いたいくらいである。
そう、普段であれば、在校生にとっては見慣れた光景だったのだが、この日ばかりは様相が違っていた。
ある異分子が、1年生に紛れ込んでいたからだ。
さて、ひとまずそれは置いておいて、そんな食堂の一角──邪魔にならない窓際のスペースに座って食事を摂る玲達だったが、やはり多くの生徒の視線を集めてやまなかった。とはいえ、これでも多少緩和されていると言っていいだろう。
少なくとも、静かに食事を摂れているのだから。
赤月 玲は、それはそれは注目を浴びた。リィエルが霊体化してくれなかったからだ。
学校内を練り歩く間も、それから今に至るまで、リィエルは玲に追随していた。
朝に発覚した、赤月 玲がリィエル・エミリオールを召喚したという噂はすぐに別のクラスにまで伝わり、朝のホームルームが終わってしばらくした頃には人だかりが出来てしまい、中々に騒々しい状況であった。
その騒ぎは、すぐに上級生にも伝わった。
その結果、校内を歩く玲達に対し、授業中の筈の上級生達が殺到。これも校内案内に時間が掛かった一因である。
流石のリィエルも、ちょっと参っていた。
そりゃあ、みんながみんなフレンドリーに接してくるかというと、とてもではないがそんなことはなかった。
殆どの生徒は恭しく、そして恐る恐る話しかけるばかりで、リィエルとしてもいい加減息苦しくて嫌気が差してきたのだ。
その癖、頑なに霊体化しないところを見ると、どこかでまだ親しく接してくれる者を求めているようである。
そんなこんなで、結局リィエルと友好的に接してくれる人間は、玲と璃由を除くと、あとは2人しかいなかった。
「へぇ、じゃあ棗と刈茅は幼馴染みなのか」
「うん、だから僕も防人先生のことはよく知ってるよ。小さい頃は一緒に遊んだりもしたからね。懐かしいなぁ」
その2人とは、玲の隠された椅子を持ってきてくれた獅童院 棗と、そして最後に教室にやって来た刈茅 雅のことである。
璃由と雅は席が隣ということもあって、昨日の内に仲良くなっていたようだ。
そして、その雅と棗は幼馴染み。
玲にとっては、璃由は同居人であり、そして唯一の理解者であり心のオアシスであるため、この4人が一堂に介するのは自然だったのかもしれない。
だが、その自然は周囲からすれば異常であった。
何故なら、このメンバーは容姿1つ取っても余りにも目を引きすぎるからだ。
そう、何も、目立っているのは玲とリィエルのせいだけではなかったのである。
まず、言わずと知れた赤月 玲──。昨日から有名人であるが、今日をもって更に名を轟かせることとなり、しかしそれ以外にもある特徴を持っていた。
赤みがかった黒髪と空のように澄んだ青い瞳をした中性的な顔立ちは、黙っていれば女生徒──特に上級生──からの受けが良さそうであり、何より女装が似合いそうであった。
……いや、似合うどころか、実際に女装する必要に駆られている訳だが。
そして、長い鴉の濡れ羽色の髪と紫水晶の瞳、お淑やかな雰囲気が印象的な少女──桜宮 璃由も、第二級天使を召喚したことも合わせて、特に1年生の間で人気が高い。
第6校非公式『嫁にしたい女子ランキング』に早くも名を連ねているそうである。
勿論、本人は全く知らないのだが。
さっぱりと整えられた銀髪に、マダムキラーの称号を与えたくなる爽やかな笑顔が特徴の獅童院 棗は、第6校非公式『彼氏にしたいイケメンランキング』への登録の動きがあるとかないとか。
やはり本人はまるで知らないのだが。
チョコレートのように艶やかなハーフアップの髪と挑戦的な赤い瞳、そしてブレザー越しにでもわかる抜群のプロポーションを誇る美少女──刈茅 雅も、1年の間では人気が高い。
本校の校長──ハゲ鷹公認のとあるランキングの上位に仮登録されたとかなんとか。
なお、本人は知るところではない。
そう、『下痢野郎』やら『リィエル・エミリオールを召喚した』やらがなくとも、この4人は非常に目立つのだった。
そこに、件のリィエルまで加われば、寧ろ気にするなという方がどだい無理のある話であった。
「まあ、幼馴染みっつーよりは、ただの腐れ縁だけどなー。あたしは正直こいつにはほとほとウンザリしてるってんだ」
食後のコーヒーを啜りながら、雅が本当にウンザリしたような視線を棗に寄越し、そう言った。
「あはは、相変わらず僕には冷たいなぁ雅は」
「はっ、どの口でほざいてんだか。言っとくけどな、あんな目に遭うのは2度とごめんだぜ、あたしは」
そう言った雅の表情は、本当に不快感がありありと現れていた。
どんなにデリカシーが無い者でも、ここまで嫌悪感を顕にされていれば、嫌でもわかるだろう。
それは、思わず「何かあったのか?」と開きかけた玲の口を縫い合わせるのに十分であった。
「……うん、大丈夫だよ。今度は絶対に、ね」
それまでの棗の涼しげな表情が、僅かに真剣になったのを玲は感じ取った。
きっと、踏み入ってはいけない類いの話なのだろう。
しかし、そのせいか言葉に詰まってしまう。
「そ、それにしてもリィエルちゃん……凄い食べるのね…」
そんな険悪になり始めた空気を変えたのは、玲の心のオアシスこと璃由であった。
流石天使のような慈愛に満ちた女の子。間が途切れたところを見計らって意識を反らしてくれた。
さて、槍玉に上がったリィエルだが、彼女の前には、既に何十人前になるのかというほどの空の器が重ねられていた。
玲達の話もそっちのけに、リィエルはひたすら箸を動かしていた。
……この食いっぷりも、注目の一端を担って余りある。
「美味すぎてつい、な! 無料だしなっ! 人間界の食べ物はやはり最高だなっ!」
リスのように頬を膨らませながらカツ丼を食べるリィエル。
いったいその身体のどこに入っているのかと思う程に、リィエルの食のスピードは早かった。
あまりの食いっぷりに、雅も毒気を抜かれたように苦笑を浮かべている。
どうやら、空気の入れ換えには成功したようだった。
「つーか、『守護天魔』って食事必要なのか?」
胸を撫で下ろしつつ、玲はせっかく璃由とリィエルが切り開いてくれた空気に便乗するように、そう呟いた。
ほっぺについているご飯粒は、後で取ってやろうと思いながら、それから玲は申し訳なさそうな顔をして食堂の奥──調理スペースへと目をやった。
遠目にだが、ヒーヒー言いながらご飯を作っているおばちゃん達の姿があった。
この分だと、まだまだ食べるだろう。昼休みはまだそれなりに残っているし。
そう、第6高に紛れ込んだ異分子とは、リィエル・エミリオールのことである。
その常軌を逸した食いっぷりは、歴戦の戦士達を青ざめさせるに足るものだった。
──合掌。
「いんにゃ、必要無い筈だぜ? 娯楽とおんなじ感覚だとか」
「天界や魔界は、そのせいであまり食は充実していないらしいからね。人間界にやって来た『守護天魔』が一番喜ぶのが、人間界の食べ物だそうだよ」
返答してくれた雅と棗には、もう暗い影は差していなかった。
彼等の言葉に「そうなのか」と頷いた玲だったが、空気が和らいだことで別の心配事が姿を見せ始めたことを感じていた。
──そういえば早朝、リィエルと嫌な約束をしなかっただろうか、と。
(……こいつ、クレープ何個食べるんだろう…)
いや、想像はついている。絶対こう言うに決まっている。「店主、このメニューに書かれているものを全て寄越せっ!」と。
足りない。間違いなく、今あるお小遣いだけでは足りない。
どこか、この学校内に賭場はないか。「賭け狂いましょう!」とか言えるところは無いのか。
或いは、地下でチンチロが出来たりはしないのだろうか。
「あのーリィエルさんや、ちょいと加減してあげないとおばちゃん達が…」
きっと言えばわかってくれる。加減をしてくれる。それを確かめるべくそう口にした玲だったが。
「おばちゃん達がッ! 泣くまでッ! 食べるのをやめないッ!!」
取り付く島も無かった。
この分では、こと「食」に関してリィエルから妥協を得るのは難しそうである。
青くなる玲を他所に、結局リィエルは、豊富な筈の第6校の学食メニューを3周するまで止まらなかった。
余談であるが、おばちゃん達は誰ひとり泣くことなく、これを捌き切った。




