05 友達100人出来るかな? 下痢野郎から人形趣味にジョブチェンジ!?
「だー…ったく、騒がしいぞお前等ー。何だ朝っぱらからー…」
最早留まるところを知らないその喧騒。だが、そんな騒ぎを切り裂くようにして、気だるげな声と共に教室に入ってきた人物がいた。
1年3組の担任教師──防人 雪奈である。
茶色の長いポニーテールと黒縁のメガネがトレードマークの28歳独身、彼氏無し。
教卓の前へと歩いていく雪奈の姿を見ると、生徒達は慌てた様子で席に着き始めるが、始業まではまだ少し時間がある。
どうやら、あまりにも騒がしかったため、様子見を兼ねて早くやって来たらしい。
眠そうな目で雪奈は教室を見渡し、そうしてその一角──窓側奥の席へとその視線を向けた。
そして、この騒ぎの原因に思い至る。
「おー、陽華から聞いてたけど、マジだったのかー。赤月、お前退学にならなくて良かったなー」
「あ、どうもっす…」
「まあ私としては、別に退学でもよかったんだけどなー。正直、その方が面倒にならないしなー」
「……」
「はぁ……。もう来ちまったし、面倒だからこのままホームルーム始めるぞー。おら、お前等、騒いでねぇで席に着けー」
少々早いが、今更戻るのも面倒だったし、この騒動を落ち着かせるには、問答無用で始めてしまった方が手っ取り早い。
雪奈に着席を促されると、未だ立っていた生徒達も、ざわつきながらではあったが席へと向かい始める。
そんなこんなで、今立っているのは玲と、件の3馬鹿だけである。
「お前等もさっさと座れ。何してんだー?」
「あー……そのぉ…座る椅子が無くってですね…」
「何言ってんだ?」
「こいつの椅子は、この馬鹿共に隠されてしまったようでな」
「ちょっ…! リィエルさん!?」
穏便に誤魔化そうとしていた玲を他所に、ズバリ本当の事を言ってしまったリィエル。
それによって、雪奈や生徒達の視線が、一挙に3人に集まった。
特にリィエルの視線が痛い。
目だけで人を殺せるのではないかという程、背筋がゾッとする。
いや、実際のところ、リィエルは大して睨み付けてもいないのだが、ちょっかいを出した相手の『守護天魔』が、よもや天界、魔界に名高いあのリィエル・エミリオールであった等と知ってしまっては、腰が砕けてしまうのも仕方がなかった。
「いじめとかやめてくれよー面倒だから。『黒霧島』ー。さっさと赤月の椅子取ってこいー」
「黒霧島?」
「黒峰、霧崎、島袋。3人合わせて『黒霧島』。いちいち3人呼ぶの面倒だからなー」
「ああ、なるほど…」
どうでもいいが、この人1日にいったい何回”面倒”と言うのだろうか。
座る席も無いので、玲は頷きながらもそんなことを考え、早くしろと催促するように『黒霧島』に目線をくれる。
だが、未だリィエルに睨まれた時のまま青い顔をしている3人は、しかし半ば無視するように床を蹴りながら椅子に座る。
「あの、オレの椅子……」
「……」
3人は、うつ向いたまま反応しない。どうやらだんまりを決め込むつもりらしい。
「しょうがねぇなー…。赤月、職員室行って多目的室の鍵借りて椅子取ってこいー。余ってるのあるから」
「え、多目的室の場所は流石にわからないんですけど……」
「あー、職員室の誰かに訊けー。私は面倒だからパスで」
「ちょっ……」
「──先生、その必要はないですよ」
声は、教室の後ろ側の出入口から聞こえてくる。
そこに目を向けると、1人の男子生徒が椅子を抱えて教室に入ってくる姿が目に入った。
整えられた白銀の髪。流麗な目に、切れ長の睫毛。
やや細身だが、身長が高くスタイルもいい。
着崩した制服も、『つけ麺』こと黒峰に比べ嫌味が無い。
一言で表してしまえば、清潔感のある好青年、といった具合だった。そう、清純派ホストとでも言えばいいのだろうか。
「やっぱり赤月くんのだったんだね。昨日黒峰くん達の話が聞こえてきたから、もしかしてと思って持ってきたけど。はい、これ。来る途中トイレにあったのを見つけたんだ」
「お、おお……ありがとう」
赤いネクタイをしているということは、同じ1年──いや、どころか、どうやら同じクラスのようだった。
玲のお礼に対してにこやかな笑顔を浮かべた後、その少年は玲の隣の席に着席した。
……お隣さんであった。
ちなみに、璃由の席はその前方である。玲からしても、斜め右前だ。
「獅童院のお陰で取りに行かずに済んだな、赤月ー。じゃあ出席取るぞー」
それから、雪奈が1人ひとり名前を呼んでいく。
面倒臭がっていても、その辺りはちゃんとやるようだ。
「休みの連絡があったのは夜凪で、あと来てないのは刈茅だけかー。……あと5分あるけど、もう遅刻でいいかー」
((よくねぇぇえぇえええっ!!))
なんてちゃらんぽらんな教師だろうか。
確かに既に時間ギリギリではあるが、それにしたって横暴である。
だが、それよりもまず、玲は気になることがあった。
「……なぁ、リィエルさんや」
「うむ、何だっ?」
「……何故にそこに座ってらっしゃるので…?」
「そこに膝があったからだ」
「山登るみたいに言うんじゃねぇよ……」
玲の膝の上に、リィエルが座っていた。
ちょうど、玲がリィエルを足に乗せて抱える形である。
玲からは顔は見えないが、小さく頭を振っているリィエルの様子を見る限り、何だか妙に嬉しそうで、やめろと言うのも何だか憚られる思いだった。
(……甘えたい年頃なんだろうか…。700歳近いけども…)
腿に伝わる柔軟剤でも入っているのかと言いたいくらいの、柔らかな感触。
どころか、座られているのにまるで重みを感じない。
妹の奏も甘えたがりで慣れているし、流石に見た目が12、3歳にしか見えないこともあって変に意識するようなことも起きなかったが、如何せんパタパタと小さく動く紅蓮の翼が微妙に鬱陶しい。
いや、それ以上に、クラスメイト達からの奇異の視線が痛い…。
何せ、リィエルを除く他の『守護天魔』は、漏れ無く霊体の状態だ。
そりゃあそうである。通常、『守護天魔』の実体化──『天魔具現』には相応の魔力を消費する。
常時実体化させておくなど、とてもではないが出来ない芸当なのである。
従って、大抵は必要な時以外は霊体の状態で待機していてもらうのだ。
霊体の状態なら、飛行能力を持たない『守護天魔』でも宙に漂うことも出来るし、いっそ喚べばすぐに現れるのだから、その時に実体化と同時に喚び出せば事足りる。
ようするに、『守護天魔』を膝の上に乗せて座っているような酔狂な輩は、赤月 玲をおいて他にいないのである。
リィエル・エミリオールを喚び出したという時点でもお釣りが余りある状態なのに、そのとんでも使い魔を実体化したままでちょっと困惑しているだけなどという馬鹿げた魔力量、呆れるを通り越して最早渇いた笑いが込み上げるレベルだった。
そう、図らずも、赤月 玲はとんでもない魔力量であるということを、言外に示しているような状況であった。
(まあ…とは言ってもなぁ……。こうもるんるんされると、拒否るの可哀想だよなぁ……)
リィエルは両親──神王ヴァイスと魔王エデルミリアを指して「過保護な両親」と宣っていたが、過保護と言っても流石に天界と魔界の頂点に君臨するような者が親であるから、こうして甘える機会は、もしかしたらなかったのかもしれない。
「……それにしても、やけに素直に席に着いたな、あいつ等」
仕方なく、玲は違うことを考えてやり過ごすことにした。
どうせ飽きれば退くだろうし、それまでは付き合ってやろうと、左手でリィエルの頭を撫でながらそんなことをぼやいていると、横から回答が差し込まれる。
「昨日、赤月くんが放心している間に一悶着あったからね。防人先生の怖さは身に染みてる筈だよ」
「そうなのか……。えっと、獅童院……だっけ?」
「うん。僕は獅童院 棗。よろしくね、赤月くん。僕のことは、棗で大丈夫だよ」
「よろしく。オレのことも玲で大丈夫だぜ」
棗の爽やかな笑顔につられる形で、玲も笑みを浮かべながらそう返し、それから程無くして、玲の意識は前方の席へと移った。
玲の1つ前の席は、空席である。いや、椅子が無いなどという物理的な意味ではなく、座るべき生徒がまだ来ていない、という意味で。
クラス内の席順は玲を除いてあいうえお順であり、無人の座席は玲の前方と廊下側後方の2席だけなので、つまりは前方のそれが刈茅、そして廊下側が夜凪の座席であるのは間違いない。
雪奈の言葉通りであるならば、休みの連絡は無いようだ。
とは言え、既に本来のホームルーム開始の時間が迫ってきている。流石に来るのが遅すぎるようにも思えた。
(男だか女だかわかんねぇけど、間に合うといいな…刈茅)
──と、そんな時だった。
「うげっ、雪姉なんでもう来てんだよ! まだチャイム鳴ってねぇじゃんかっ!」
そんな声と共に、教室前方から1人の女生徒が入ってきた。
チョコレートのような深い色合いの長い茶髪のハーフアップ、活発そうな大きく赤い瞳。
ボタンを外したブレザーからは、溢れ出さんばかりのスタイルの良さが感じられる。
どうやら、刈茅というのはこの女の子で間違い無さそうだ。
「学校では防人先生って呼べって言っただろーが」
「へいへい、防人先生。ったく細けぇな。従姉妹なんだしいいじゃねぇか。あ、まだセーフっしょ?」
「ムカつくから遅刻にしようかなーどうしようかなー」
「だぁあああぁああ! ごめんなさい防人先生っ! あたし皆勤賞狙ってんだよ! これからはもっと早く来るからっ!」
「ったく、わかったからさっさと席に着けー。ホントに遅刻にするぞー」
「あざっす!」
それからその少女は、大慌てでこちらに向かってきた。まあ、席が玲の前なのだから、当たり前なのだが。
そうして、自分の席の後方──昨日『守護天魔』召喚を失敗したとして話題になった男が、振り子のように定期的な動きをする幼女を抱えて座っている様子を目に止めて、凍りついた。
「……」
「……えっと…」
予想はしていたが、やはり『守護天魔』を実体化して膝に乗せておくなど、おかしな光景だし仕方がない。
だが、しばらく呆然と見つめられ居たたまれない気持ちになり始めた玲が言葉を出す前に、その少女は席に座りながらこう言った。
「良く出来てんなぁ……それ。最近の人形って、動くのか。……召喚失敗したから、せめて形だけってことか?」
「おおぅ……」
やはりというか何というか、設定増し増しが過ぎるリィエルは、初見で『守護天魔』であるとは認めてもらえないようだった。
勿論、最たる理由は玲が『守護天魔』召喚に失敗した、というものであるのだが。
ひとまず、ホームルームが終わるまでは苦笑いでお茶を濁すことにした玲。
そんな玲に、少女は何か、どうしようもなく可哀想なものを見るような目をしながら、
「まあ、なんだ……その。あたしで良かったら、いつでも相談乗るぜ? だから……変な道に走んなよ?」
と、それだけ言い残して前に向き直った。
「……」
誤解を解こうとすれば、まず間違いなく騒ぐだろうし、かと言ってこれはキツい。
そんなおり、足にプルプルとした振動が伝わってきた。
見なくともわかる。声を殺してリィエルが笑っているのだ。
(……こんのヤロー…。唐突に動きが一定になったかと思ったら、そういうことかよ…)
きっと表情も真顔になっていたのだろう。なるほど、人形めいた可愛らしさのリィエルが徹底したら、確かにそう思われても仕方がないかもしれない。
──いや、もしかしたら、魔眼やら何やら、使ったのかもしれないが。
結局、その誤解はホームルームの後にすぐ解けることとなったが、再び教室内が騒然としたのは言うまでもない。
「下痢野郎」なる汚名の件はかなり印象が薄れてありがたかったが、代わりに玲は、校内施設の案内が始まるまで多くの生徒達から質問攻めを受けることとなった。




