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04 呼んだ!? 呼ばれなくてもやって来る!

「テメェぶっ殺されてぇのか!!」


 青筋を浮かべる3人組。今にも掴みかかって来そうな勢いだ。


「あー…いやー……ワ、ワリィ、つい…」


 口は災いのもととはよく言ったものだ。

 とは言え、ここまで勝手に心中を語ってくれる口というのも、実に困りものではあるが。


「あーあー、せっかくテメェが学校に来たくなくなるよう、親切でやってやったってのによォ」


「オレ達怒らせると痛い目みるぜ?」


「もう止められねぇよな。覚悟しろよ」


 わざとらしく指の関節をバキバキ鳴らしながら、3人組が詰め寄ってくる。

 流石に怒らせるつもりは無かったのだが、厄介なことになったと小さく舌打ちする玲。


 というか、台詞からして打ち切り漫画に出てくる不良のような、何ともこれまたパッとしない印象である。


 ──やはり少年マガジンで勉強し直してから来ていただきたい。


 ……今度は口に出さなかった筈である。



「大体、テメェ何でまだ学校来てんだよ? ァア? 『守護天魔(ヴァルキュリア)』もいねぇだろうがよォ」


『つけ麺』のその台詞は、先程言っていた「学校に来たくなくなるように」という発言と食い違っているのだが、それは流して言葉を紡ぐ玲。

 これ以上の無用なツッコミは薮蛇である。


「えーっと、それについては、実はこういう訳なんだよね…」


 右手で頬を掻きながら、玲が左手の甲を差し出す。

 そこに描かれた紋様を見て、一瞬3人組の表情が強張ったが、しかし3人はすぐに腹を抱えて笑い出した。



「ぷっ…。だっはっははは! な、何だよテメェ、召喚に失敗したからって…くくく……形だけはってことかぁ!? よくそんなヘンテコな刺青シール見つかったなぁ! くっくく……女々しい奴だな、おい!」


「えっ? あ、いやぁ……シールじゃなくてモノホンなんすけど…」


 爆笑する3人だったが、この3人の反応も仕方がないことではあった。



 玲の手の甲に浮かぶ赤い紋様。

 6画からなる不規則な魔族のそれと、神を表す翼が3画。

 計9画の『契約紋』。


 魔族であれば、最上位の第一位階で6画。神であれば、やはり最上位の第一級で翼が3画。


 魔界側の最高峰が魔族であり、神界側の頂は神である。

 そう、喚び出したというそれが魔族ならば最大6画、神であるならば最大3画なのだ。


 つまり、魔族のそれらしき不規則な特徴を持ちながら、神を象徴する翼まで描かれるような『契約紋』など、あり得ないのだ。



 勿論、そんなものは見たことも無ければ聞いたことも無い。

 だから、確かにいきなりそんなものを見せられては、刺青シールか何かかと思ってもおかしくない。


 刺青シールと言えば、グレた高校生にはお馴染みだろう。

 皮膚に貼り付けると、意外とすぐには落ちない優れものである。



「あー傑作だぜ! おい、『守護天魔(ヴァルキュリア)』が喚び出せたっつーんならよォ、喚んでみろよ。ほらよォ。そしたら信じてやるよォ!」


「それは……やめといた方がいいというか…なんつーか……」


 考えなかった訳ではない。


 神王ヴァイスと魔王エデルミリアの愛娘である、リィエル・エミリオール。

 彼女を喚び出せば、嫌が応でも納得するだろう。


天魔具現(リアライズ)』を行えば、普段霊体と化している『守護天魔(ヴァルキュリア)』は実体を持つ。

 そして、それと同時に契約者のもとへと瞬時に現れる。


 だから、喚べと言われればやってやれないことはないのだが。



 だが、である。



 教頭──天津原(あまつばら) 陽華(ようか)、璃由や奏の反応を考えると、彼女がこの場に現れて名乗りをあげてしまったら、余計に騒ぎが大きくなる。

 何せ、『天魔の姫君』である。


 いつかは知れ渡ることだが、始業まで時間の無いこのタイミングで、そんな一悶着は起こしたくない。


 だから、どうしたものか、といったところだった。



 玲が芳しくない反応をするや否や、『つけ麺』はしたり顔で、その矛先を璃由へと向ける。


「桜宮もよォ、こんなへっぽこの大ホラ吹きのことなんか放っといて、オレ等と仲良くしろよ、なぁ。あ、オレ黒峰(くろみね) 大牙(たいが)ってんだけどさ。よろしくぅ!」


「えっ?」


 急に話題を振られた璃由が、驚いたように小さく目を見開く。

 そんな璃由の肩を抱こうとする『つけ麺』だったのだが──。



「あ…っと、黒峰くんって昨日お手紙をくれた人よね? 嬉しいけれど、ごめんなさい。お気持ちには応えられません」


 ──容赦の無いリバーブローが、『つけ麺』を強襲した。


「手紙」「嬉しいけれど」「ごめんなさい」なんて単語が聞こえてしまった以上、最早どこからどう聞いても、ラブレターに対してのお断りにしか聞こえない。

 そして、同時にそのことがある事実を示していた。


 悪ぶっているクセに、正面切っての告白を避け、ラブレターに頼った、と。

 つまり、意気地無し、と。



「璃由さん、璃由さんや……。それはここで言わなくてもいいんじゃないっすかね…」


「あっ……ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」


 玲の言葉でハッとした璃由が、小さく何度も頭を下げながら謝罪をするのだが、ごめんはごめんでも、やはり何だか意味が違って聞こえてくる。


 そして、クラスメイトの眼前でまさかの公開処刑という形となった『つけ麺』は、肩を抱こうとした姿勢のまま硬直していた。



(……短い高校デビューだったな、『つけ麺』。流石に同情するわー…)


 所々から、ぷっと吹き出すような笑い声が聞こえてきて、余計に痛々しかった。



 さて、こうなってくるともう、黒峰こと『つけ麺』が噛みつく対象は1人しかいなかった。


「テ、テメェ! こんの…クソがァア! 恥かかせやがって…テメェのせいだぞ!」


「え、オレ!?」


 胸ぐらを掴んでくる『つけ麺』が、凄まじい形相で睨み付けてくる。

 完全な八つ当たりであった。


「おら、さっさと出せよ『守護天魔(ヴァルキュリア)』!! 喚び出せたんだろ!? やってみろよ!!」


 どうやら、玲の『契約紋』が偽物であると証明することで、恥を上書きするつもりらしい。


 普通に考えれば、在るものの証明は容易く、無いものの証明は難しいし時間がかかるのだが、そんなことはどうでもよかった。


 とにかく、今観衆に晒された自分の失態を、他者に移し変えられれば何でもよかった。



「あー、そのぉ……今はいないんすよね…。喚んだら喚んだで面倒だし…」


 確かに喚んだら喚んだで面倒だが、喚ばなきゃ喚ばないで面倒だ。

 本当にどうしたものかと頭を捻りながら、取り敢えず玲は苦笑を浮かべてお茶を濁す。


 予想通りではあるが、玲の言葉を聞いて、『つけ麺』は真っ赤な顔をしながらも口の端を吊り上げ、嫌らしく笑い始める。


「ァア? いない? 何だそりゃ?」


「えーっと、絶賛日本の朝を満喫しに行ってて…」


「はぁ? やっぱり偽物なんじゃねぇかその紋章! 大体テメェみてぇな『下痢野郎』につく『守護天魔(ヴァルキュリア)』なんかいるわけ──」


「──呼んだっ!?」


 気づけばそこに、彼女はいた。


 さっきベランダを見たときに開けた窓の向こう。

 そこに、3対の紅蓮の翼をはためかせ、リィエル・エミリオールはほくほく顔で滞空していた。


「呼んでねぇぇええぇええ!!」


 来やがった。喚んでもないのに来やがった。



「おまっ、日本の朝を存分に堪能してくるんじゃなかったのかよ! 早いよご帰還がっ! タイミングが悪いよっ!!」


「む、ちゃんと堪能してきたぞ? 富士山の頂上から日の出に燃える景色を拝み、朝焼けに染まる沖縄の海を泳ぎ、そして雪と朝日のコントラストが美しい北海道の雪原を滑り降り、ついでだったから海沿いに日本を1周してきたのだ!」


「殺せんせーか何かかお前はっ!! フットワークが軽すぎるわ!!」


「ヌルフフフフフ、殺せるといいですねぇ、卒業までに」


 いつもの調子でネタに奔走する契約者と『守護天魔(ヴァルキュリア)』。

 それを見て苦笑する璃由と、玲の先程の考え同様のことを思ってため息を漏らす霊体化中のクラン。


 そして、『つけ麺』達は勿論、クラスメイト達は窓の向こうのその少女を見て呆然としていた。



 頭上に浮かんだ魔法陣の輪。2本の雄々しい角。黄金よりも美しい、蒼い焔を纏った金色のサイドテール。

 宝石のように煌めく、深紅と新緑のオッドアイ。


 柔らかそうな紅蓮に染まった3対の翼。大きく肩の出た漆黒のドレス。

 右腕に刻まれた不規則な紋様。


 魔法陣の輪と3対の翼が第一級神であることを表しており、その腕に浮かぶ6画の紋様が第一位階魔族であることを示している。

 だから、戸惑った。


 この少女が何者であるか、(にわか)には想像がつかなかった。或いは、ついていても信じがたかった。



「まあ実際のところ、何やらお前が困っていそうな気がしてな。こうして戻ってきてやったのだ。感謝するといいぞ!」


「あれ、お前実体化して飛んでたんだろ? 実体化中って念話は出来ねぇじゃん」


「契約者と『守護天魔(ヴァルキュリア)』はリンクしているからな。言葉を交わさずとも、心の動きくらいはわかるのだ」


「そうなのか……。いや、助かったような、ありがた迷惑なような……」



 玲と会話を交わしつつ窓から入ってきた少女を遠巻きに見つめていた生徒達だったが、次第にその反応が変わっていく。


 各々の霊体と化している『守護天魔(ヴァルキュリア)』が──契約者にしか見えない自身の相方が、誰に言われるでもなく、誰に見られるでもなく、頭を下げ始めたのだ。


 それが、このあらゆる設定を付けまくったような少女が何者であるか、どれ程凄まじい者であるかを如実に語っていた。



 そして、過った予想が、確信へと変わっていく。


「お、おい……あれって」


「まさか…」


「嘘でしょ…!?」


 次第に、教室内を生徒達の囁き声が包み込む。

 そんな感嘆の合唱の中、『つけ麺』が声を荒げる。


「な、何だ、誰だよテメェ! テメェが『下痢野郎』の『守護天魔(ヴァルキュリア)』だってのか!?」


 声こそ荒いものの、その顔色は真っ青を通り越して白くなっていた。

 自身の『守護天魔(ヴァルキュリア)』の反応、そして、玲の隣──眼前に降り立った少女が発する威圧感に、呑まれていたのだ。


「ふん、聞かれたからには答えねばなるまいな」


「ちょっ…! 待っ──」


 腕を組み、威風堂々と立ちながら『つけ麺』を見据える少女は、その佇まいに偽り無しとでも言わんばかりに、制止しようとする玲に構わず、やはり堂々とした声色で続ける。



「那由多の強者(つわもの)払い除け、三千世界に敵は無し! 悪逆無道を打ち砕く、天衣無縫の大魔神! 我こそは、赤月 玲の『守護天魔(ヴァルキュリア)』! 天魔の姫君──リィエル・エミリオールだっ!! さあ者共、かしづけひれ伏せ甘やかせっ!!」



「「……」」


 しんと静まり返る室内。

 まるで時が止まったかのように、物音ひとつあがらない。


 だが、それは嵐の前の静けさに同じ。

 空白の時間は過ぎ去り、そして、嵐がやって来る。


「リィエル・エミリオール!? うわ、本物だぁっ!!」


「え、赤月くんの『守護天魔(ヴァルキュリア)』!?」


「そんな馬鹿なっ…!」


「『下痢野郎』に天魔の姫君!? おいおい何だよその取り合わせっ…!!」


 悲鳴に近いそんな声を皮切りに、教室中がどっとざわめき出す。

 最早恐慌状態に近しいそんな喧騒の中、玲は頭に手を当てて深く息を吐き出した。


「あー……やっぱりこうなっちまったよ…。どうすんだよこの騒ぎ…」


「む、ところでお前、椅子が無いようだが?」


「ああ……こいつ等に隠されちまったみたいでさ。何でも学校に来たくなくなるように親切でやってくれたんだと。けど、探しに行くにも、もう始業まであんまり時間ねぇしさ」


「──ほう」


「ひぃッ…!!」


 玲の目線を辿って、リィエルの視線が再び『つけ麺』達へと注がれる。

 床に足をついているため、身長差も手伝ってリィエルが3人を見上げる形なのだが、まるで巨人に見下ろされているかのような恐怖を感じて、不良少年達の足が笑い始める。



「……よく見てみれば、なんだそのツッコミ待ちとしか思えん格好は。アクセサリーを付ければいいというものではないぞ。やるなら短ランか長ランか特攻服か、最低限リーゼントくらい作ってから出直してこい。そんなんでは、”スピードの向こう側”にも”ピリオドの向こう”にも辿り着けんぞ」


「やっぱそう思うよなぁ」


 やはり、感想は玲と同じだった。



(不良の印象が、少し古いような……)


『……やはり同じ印象を持つのですね、このお二方は…』


 わいのわいのと騒ぐ玲とリィエルを見ながら、璃由とクランはそんなことを考えていた。

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