02 説明しよう! 魔力とは(以下略) その2
「オーバーヒートねぇ…。それって要は、『魔力門』とか『魔力路』に負荷が掛かった場合ってことだよな?」
「まあ端的に言ってしまえばその通りなのだが、細かく見るともう少しあれやこれやある。ひとまずこれを見ろ」
言うなりページを捲るリィエル。
そこには、先程『魔力門』やら『魔力路』やらの説明の際に出てきたデフォルト調のイラストが、2つ並んで描かれていた。
両者の違いは、『魔力門』と『魔力路』の数だ。片方は1つずつ。もう片方は5つずつ。
どちらにも共通することは、『魔力の器』は1つである、ということだった。
「まず大事なのは、『魔力門』の数と『魔力路』の数は一致する、ということだ。この絵の場合、『魔力門』が1つなら『魔力路』の方も1本、『魔力門』が5つなら『魔力路』も5本。1対1の関係にある。『魔力門』は移植でもしない限り増えることはないから、生まれつき1つならそのまま、ということになるな」
「やっぱ増えねぇのか。移植なんてした時点で予想はしてたけど…」
頷きかけた玲だったが、ここである疑問が頭を過った。
「なるほど…。って、あれ?」
リィエルに『魔力門』を貰う前の玲は、『魔力門』が無かった。
『魔力門』の数と『魔力路』の数が一致するのであれば、つまりそれと1対1の関係にある『魔力路』も、必然的に無かったということになる。
しかし、それを玲が言葉にする前に、リィエルがすぐに口を開いた。
「お前が疑問に思っているのは、『魔力門』が無かった自分は、つまりは『魔力路』も無かったということになる、といったところだろう?」
「あれ、また口に出してた?」
「いや、だいたい顔を見れば考えがわかるようになってきた」
「何それエスパーじゃん」
「単にお前が考えを顔に出しやすいというだけだと思うがな…」
苦笑するリィエル。
考えを口にするのも大概だが、口にせずとも顔に書いてあるらしい。
何とも素直なものだと、玲は自分のことながら呆れて言葉も無かった。
「『魔力路』の方は、『魔力門』に合わせて変動する。『魔力門』が増えればその分増えるし、『魔力門』が大きくなればやはり大きくなる。逆に、私のように『魔力門』を取り出した場合、それと繋がっていた『魔力路』の方は消滅するぞ」
「あ、じゃあオレの場合は移植された『魔力門』に合わせて、『魔力路』の方も作られた感じな訳か。なるほどなるほど…」
満足げに頷く玲。
リィエルが言っていた移植した『魔力門』が馴染むというのは、要は『魔力路』の方が『魔力門』に合わせた形で作られ、『魔力の器』と『魔力門』を繋ぐことを指しているようだ。
「さて、では肝心のオーバーヒートだが、そもそも『魔力路』や『魔力門』には、使用頻度の差が出てくるのだ」
「使用頻度ってぇと、つまりは利き手みてぇなもんか?」
「ああ、凡そその解釈で問題ない。つまりは使われやすい回路というものがある、ということだ。よく使われるということは、それだけ負荷が掛かる。ひいてはオーバーヒートも起こしやすい」
そこまで言葉を口にしたリィエルは再びサインペンを手に取ると、『魔力門』と『魔力路』が5つずつある方のイラストに、手を加え始める。
と言っても、5つの内の1つにバツ印を付け加えただけだが。
「負荷が掛かった回路がオーバーヒートを起こすと、壊れる前にそれ以上の稼動を防ごうと、本人の意志に拘わらず一時的に『魔力門』を閉ざし、機能を停止するのだ。そうなったら、その回路からは魔力が放出されない。回路が複数あればまだいいが、1つしか無いと悲惨だな」
「ああそっか、魔力が使えなくなっちまうのか」
「うむ。その通りだ。こうなったら身体強化も消えてしまう訳だから、『魔力門』が1つしか無いくせにでしゃばった奴が戦闘中にオーバーヒートを起こそうものなら──」
捲られたページには、某ログアウト不可能のVRMMORPGにおける、キャラが砕け散る様子が描かれていた。
ご丁寧に空っぽのHPゲージまで描き込まれており、勿論砕けたエフェクトの上に大きく「GAME OVER」の文言がある。
「──このように即刻ガメオベラ、という訳だ」
「なんでや! なんでディアベルはんを見殺しにしたんや…!」
思わずそう言葉を口にする玲。
砕けたキャラのエフェクト付近に「気持ち的にナイトやってます」等という吹き出しまで書かれていては、HPゲージの横に名前が無くとも死んだのが誰なのかよくわかる。
わざわざこんな絵まで用意することはないだろうに、ネタに対してどこまでも妥協しないリィエルだった。
──閑話休題。
絵の内容はともかく、一応は納得しかけた玲だったが、しかし再び頭を過った疑問に思わず眉を潜めた。
一致しないのだ。リィエルの説明と、自分の状況が。
リィエルの説明を聞いていて、玲はまずこう考えた。
自分が鎧戦で魔力を放つことが出来なくなったのは、『魔力門』が閉じてしまったからだ、と。
だが、そうだとすると、おかしいのだ。
玲に移植された『魔力門』は1つの筈だ。ならば、それが閉じていたのなら、魔力を使える訳がない。
確かにあの時、魔力を放出するような真似は勿論、攻撃に転じるような行動に魔力が伴うことはなかったが、けれどもその間だって、玲の身体は魔力による身体強化の恩恵を得ていた。
つまり、魔力は使われていたのだ。
どころか、それ以前の話で、玲の『魔力門』は元来リィエルのものだ。
それが、そう易々とオーバーヒートなど起こすだろうか。
「お前の疑問を解消する答えは、次のページにある。鎧戦で私が助ける直前のお前は、恐らくこういう状況だった」
問われるまでもなく、リィエルはそう言って手を動かした。
示された次のページに描かれていたのは、デフォルメされた少女のイラスト。同じデフォルメでも、今度は水墨画風だった。
サインペンでどうやったらそんな絵を描けるのかとか突っ込みたい気持ちはあったが、もう絵柄についてはとやかく言うまい。
そして、わざわざ女体化状態の自分が描かれているということも、この際置いておこう。
というよりも、それ以前にそこに表された内容に絶句してしまい、そツッコミどころではなかった。
「ちょっ…おかしいじゃねぇかこれ!」
先程のデフォルメ調のイラストのように、そこには少女の他にも『魔力の器』と『魔力門』が1つずつあった。
そこまでは変わらない。問題は、『魔力路』の方だった。
大層太い管と、それに比べると細い管。計2本の『魔力路』が、1つの『魔力門』にくっついていた。
「私だって、信じられなかったがな。どれだけ調べても、こういう結論に至ったのだ」
そう言ったリィエル自身も、その答えには納得がいかない様子であった。
ただ、確かに一見して不満げにも見えるが、どこかうずうずしているようにも見えた。
「この太い方は、私の『魔力門』に合わせて新たに作られたものだ。だが、どういう訳かもう1本『魔力路』が結びついている。恐らくお前が攻撃しようとした時に運用されていたのは、この細い方だったのだろう。そちらがあの魔力砲を放った際にオーバーヒートを引き起こし、『魔力門』も閉じずに勝手に稼動を停止していたようだ。逆に、身体強化に使われていたのは、こちらの太い方だな」
目を見張る玲だったが、それは新たな驚きによって掻き消された。何故なら、次の内容は今以上に、これまでの説明と乖離したものだったからだ。
「そして、今のお前の状況は、こうなっている」
「おいおいおい……。流石にこれは…」
勢いよく捲られたスケッチブック。次のページにも同じく少女のイラストがあったが、『魔力路』の数が変わっていた。
一際太い管が1本。そして、それ以外にも9本。
合計10本の『魔力路』が、1つの『魔力門』に接合されている。
「お前が倒れたのは、残る8本の『魔力路』が一挙に、無理矢理に『魔力門』にくっついた反動だと思われる。ハッキリ言って、ものすっごく異常だな!」
とうとう沸き上がる感情を抑えきれなくなったのか、リィエルが満面の笑みを浮かべながらそう言ってくる。
その嬉々とした表情は、見ている側まで口角が吊り上がりそうな程だった。
「そんな嬉しそうに異常って言われてもなぁ…」
要は、未知への好奇心である。
思えば鎧戦でも、それまでの常識が通用しない鎧について、リィエルはクランに比べてずっと柔軟に考えていた。
その原点は、非常に旺盛な好奇心のようだ。
「さらに意味がわからないことに、この9本の『魔力路』は、どうやら私の『魔力門』の移植に伴って出来たものではないようだ」
「え、それって……」
「うむ、元からあったものだ、ということだな! 本当に訳がわからん!」
ルンルンと上半身を左右に揺らしながら、リィエルが鼻息荒く、そう告げる。
そのあまりの楽しげな様子に、思わず一緒になって動き出しそうになりながら、何とか踏み留まって玲は疑問を口にする。
「なあ、移植に伴ったものじゃねぇってことは、『魔力路』は元々あったってことか?」
「そういうことだな!」
「えーっと、じゃあ……『魔力路』があったってことは、つまりは『魔力門』も…」
「うむ、どうやら以前はあったようだな! 少なくとも9つ!」
「……」
頭がこんがらがってくる。
さっきの説明通りなら、『魔力路』は『魔力門』の数と一致する。そして、『魔力門』に合わせて増減するし、大きさも変動する。
『魔力門』が無くなれば、それに通じる『魔力路』は消滅する。
そも、以前は『魔力門』があったという時点でも聞き捨てならないものなのに、つまり、移植前の玲の状態は、『魔力門』が無いにも拘わらず、『魔力路』の方は9本残っていたということになる。
そして、以前はあったというからには、何かがあって失われた、ということを意味していた。
だが、心当たりはまるで無い。もう意味がわからない。
自分のことなのに、自分が一番わからない。
「──さて、ここまで色々説明したが、やはり何も覚えていないようだな」
「…ほぇ?」
半ば呆然とした様子の玲に、リィエルの言葉が投げ掛けられる。
ピントがあってハッキリと見えたリィエルの顔。
思わずリィエルの顔を凝視して、ようやっと玲は気がついた。
確かに顔は笑ってこそいたが、しかしその目は凍りつく程の深い色を湛えていた。
ここまでのネタに走ったイラストも、その顔に張り付いた笑顔や楽しげな動作も、全ては沸き立つ得体の知れない何かへの嫌悪感をひた隠しにするためのものであるとでも言わんばかりに。
「『魔力門』やら『魔力路』やらの基本は、一応中学校の教育過程に取り込まれている。お前が授業をボイコットでもしていなければ、絶対に耳にしている筈だ。そして──」
ポイッとベッドに投げ出されたスケッチブック。そして、代わりにリィエルの手には、折り畳まれた1枚の紙があった。
どうやら、スケッチブックの裏に隠し持っていたようだ。
「あ、それ……。オレの通知表じゃんか」
「ああ、奏を送り届けた際に拝借してきた。随分成績が良かったようだな。”1特”も非の打ち所がない。なればこそ、知らない筈がないのだ」
現代の教育過程では、基本教科は5教科1特とされている。
国、数、英、理、社。最後の”1特”とは、四界魔導学と呼ばれるものを指す言葉だ。
天界や魔界、そして魔法が身近になったことで、これらを学ぶ科目が作られた訳である。
この四界魔導学では、天界や魔界等の歴史や、魔力についての基本を学ぶことになるのだが、中学過程ではそこまで突っ込んだ内容はなく、飽くまで外回りの簡単な知識を学習するに留まる。
だが、簡単なものとはいえ、学習するのだ。
だったら、縦しんば忘れていたとしても、聞けば思い出す筈だった。
「私は最初、何も知らないお前のことを、抜きん出た馬鹿なのだと思っていた」
「随分な言い様だな…おい。返す言葉もねぇけど…」
「だがな、あの鉄屑との戦いを鑑みて、地頭は悪くないようだと思った。そしてこの通知表を見て、お前を調べて、私はある確信へと至った」
真っ直ぐに、射抜くようなリィエルの視線。
魔眼も神眼も発動していないのに、その深紅と新緑の瞳から不思議と目が離せなかった。
そして、リィエルがそれを口にする。
「魔力等のことを知らなかったのではない。『魔力門』が無くなったのではない。正確な時期まではわからんが、高校入学前に、お前はそれらを奪われたのだ」
「えっ……」
「……お前のその異常には、何かとんでもなくヤバいものが絡んでいる可能性がある」




